第5話 翌朝
朝。
通学路。桐ヶ谷駅前、ロータリーの裏。
四月の朝の空気は、子供の頃と同じ匂いがした。
制服のシャツの肩に、まだ少し冷たい風が当たる。
いつも通り、通り過ぎろ。
自分に言い聞かせて、ロータリーを横切る。
失踪地点の路地は、すぐ右手にあった。
通り過ぎる、はずだった。
路地の入口まで、あと三歩。
そこで、足が勝手に止まった。
——気配。
昨日、教室の窓の外で見た歪み。同じものが、いま路地の奥にある。ただし昨日よりも、明らかに濃い。
通学のために行き交う高校生たちは、誰も気付いていない。
駅に向かう会社員も、自転車に乗った主婦も、見えていない。
俺だけが、見えていた。
路地の、奥。
ビルの裏側の影に、何か、いた。
女性の声。
「……っ、誰、か」
押し殺された悲鳴。
続けて、何かが倒れる小さな音。
心臓が、嫌な速さで脈を打った。
——いや、嫌じゃない。十年戦場で嫌というほど聞いた、あの速さだ。
そして、路地の奥から漏れたその声に、ほんの一瞬、知らないはずの懐かしさが過ぎった。
——気のせいだ。こちら側で、こんな声と知り合いだったはずがない。
隠す、と昨日誓った。
関わらない、と昨日決めた。
でも。
鞄の肩紐を握り直す。
体は十八歳のもの。
だが、踏み出した一歩は、十年戦った勇者のものだ。
「……間に合うなら、間に合わせる」
声には出さず、口の中でそう言った。
そして、路地に、入った。




