第47話:通知表と、同棲生活の夏休み
「——ということで、本日をもって一学期を終了とします。各自、有意義な夏休みを過ごすように」
担任の長いホームルームが終わり、教室中に解放感に満ちた歓声が響き渡った。
俺の手元には、先ほど返却されたばかりの一学期の通知表が置かれている。
期末テストで十一位という結果を出したおかげで、総合評価は過去最高だった。
「いやー、やっと夏休みだぜ! 湊、お前今回の成績すげぇじゃん! 完全に化けたな!」
親友の陸が俺の肩をバンバンと叩きながら、通知表を覗き込んできた。
「まぁな。でも、これでもまだ『仮採用』なんだ。二学期の中間テストで十位以内に入らなきゃ、奏羽が海外に飛ばされちまう」
「お前、本当にすげープレッシャーの中で生きてんな……。でもまぁ、あの氷の生徒会長と『毎日同棲』できる権利を獲得したんだから、安い代償か?」
陸がニヤニヤと笑う通り、俺の生活はあの日から劇的に変わっていた。
凪瀬夫人の「今日からは、そこから登校しなさい」という言葉通り、奏羽は俺のマンションに完全に居座っている。
毎朝一緒に起き、俺が朝食を作り、二人で並んで登校する。放課後は図書室で勉強し、一緒に帰宅して夜も一緒に過ごす。
それはまさに、新婚夫婦のような甘い日常だった。
「安い代償って言うな。俺の理性が毎日ギリギリなんだぞ……」
俺が深いため息をついた、その時だった。
「——湊くん、ホームルーム終わった?」
教室の入り口から、ひょっこりと顔を出したのは、噂の主である奏羽だった。
彼女は夏服のブラウスに身を包み、いつもより少しだけ軽やかな足取りで俺の席までやってきた。
クラスの男子たちが「おおっ……」とどよめき、陸は「じゃ、俺はお邪魔虫は消えるわ」と逃げていった。
俺の隣の空いている椅子にちょこんと腰掛け、当然のように俺の制服の袖口をぎゅっと握りしめる。
「……湊くん。今日から夏休みだね」
「あぁ。地獄の夏期講習の始まりだな。特進クラスに追いつくためには、一日も無駄にできない」
俺が気を引き締めると、奏羽は少しだけ不満そうに唇を尖らせた。
「……勉強も大事だけど。でも、せっかくの夏休みなのに、ずっと家にこもって勉強ばっかりじゃ、湊くんが倒れちゃうよ」
「俺は大丈夫だって。お前が隣にいてくれれば」
「だーめ。……あのね、湊くん」
奏羽は周囲をちらりと確認し、少しだけ俺に顔を近づけて、内緒話をするように囁いた。
「わたし、夏休み中もずっと湊くんの家にいるでしょ? だから……もっと、湊くんの部屋を『二人の部屋』みたいにしたいの」
「二人の部屋?」
「うん。お母様が『そこから登校しなさい』って言ってくれたんだから、夏服とか、わたしの私物をもっと置いてもいいかなって。……だから今日の夕方、一回家に荷物を取りに帰ってもいい?」
彼女の提案に、俺は思わず顔を熱くした。
今でもクローゼットの三分の一は彼女の服で埋まっているし、洗面所には彼女の歯ブラシが並んでいる。これ以上私物が増えたら、完全に「同棲の部屋」が完成してしまう。
「……わかった。じゃあ、夕方に一緒に凪瀬の家まで荷物を取りに行こう」
「ほんと!? やったぁ!」
奏羽はパァッと顔を輝かせ、嬉しそうに俺の腕にギュッとしがみついてきた。
「じゃあ、帰りにスーパー寄って、夕飯の材料も買おうね! 今日は夏休み突入記念に、わたしがオムライス作ってあげる!」
「……お前、この前の目玉焼きの惨劇を忘れたのか? お願いだから、火を使うのは俺に任せてくれ」
「えー? わたしだって、やればできるもん。お弁当の時は上手くいったんだから!」
むくれる奏羽の頭を軽く撫でながら、俺は苦笑した。
彼女の料理スキルは未知数(というか危険領域)だが、こうして他愛のないことで言い合える日常が、たまらなく愛おしかった。
「よし、じゃあ荷物を取りに行く前に、まずは買い出しだな」
「うんっ! 湊くん、大好き!」
周囲の視線も気にせず、満面の笑みで俺に抱きつく孤高の生徒会長。
学年十位以内という高い壁。そして、一つ屋根の下で四六時中続く、甘すぎる同棲生活。
俺たちの夏休みは、勉強と理性の戦いが交錯する、かつてないほど過酷で、そして最高に幸せな一ヶ月になろうとしていた。




