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第43話:特訓の成果と、甘いエナジードリンク

冴木 洵からの冷酷な宣戦布告を受けた翌日から、俺たちの勉強はさらに熱を帯びた。

図書室での放課後の時間はもちろん、マンションに帰ってからの時間も、俺と奏羽はリビングのテーブルに向かい合ってひたすらノートにペンを走らせていた。


「……よし、解けた。この微分の応用問題、答えは『4』だ」


夜の十一時。

俺がシャーペンを置くと、隣で採点係をしていた奏羽がパァッと顔を輝かせた。


「すごい! 大正解だよ、湊くん!」

「本当か? よっしゃ……っ!」


俺がガッツポーズをすると、奏羽は嬉しそうに俺の首に腕を回して抱きついてきた。


「冴木くんの特進クラスで出た過去問なのに、ノーヒントで解けたね! 湊くん、本当にすごいスピードで吸収してる!」

「奏羽の教え方が上手いからな。……あと、零さんのあの地獄のような基礎ドリルのおかげもあるかもしれないけど」


俺が苦笑いしながら答えると、奏羽は「えへへ」と笑って俺の頬に自分の頬をすりすりとおしつけてきた。


「でも、あんまり根詰めすぎないでね。湊くん、ここ数日ずっと遅くまで起きてるから……目の下に、少しクマができてるよ」

「え、そうか?」


奏羽の冷たくて柔らかい指先が、俺の目元をそっと撫でる。

確かに、学年十位以内という途方もない目標と、冴木への対抗心から、俺は焦っていた。睡眠時間を削ってでも、一枚でも多くプリントをこなさなければという強迫観念があった。


「……だめ。今日はもう、ここでおしまい」


奏羽は、テーブルの上に広げられていた俺の参考書やノートを、パタンパタンと遠慮なく閉じてしまった。


「おい、待てよ奏羽。まだ英語の長文読解が残って……」

「だーめ! 湊くんが倒れちゃったら、わたし一人で冴木くんに勝っても、何の意味もないんだから」


奏羽は立ち上がると、俺の手を引いてソファの方へと連れて行った。


「……ほら、座って」

「座ってって……お前な」


俺が渋々ソファに腰を下ろすと、奏羽はキッチンへ向かい、温かいホットミルクを二つ淹れて戻ってきた。

そして、当然のように俺のすぐ隣——肩と肩が密着する距離に座る。


「はい、飲んで。……リラックスしないと、脳が休まらないんだよ?」

「……お前、完全に俺の保護者みたいだな」

「ふふっ。いつもは湊くんがわたしの保護者だから、たまには逆でもいいでしょ?」


俺はホットミルクを受け取り、一口飲んだ。

優しい甘さが、酷使した脳と身体にじんわりと染み渡っていく。

不眠症で苦しんでいた彼女が、今はこうして俺の体調を気遣い、リラックスさせてくれている。その変化が、なんだかとても嬉しかった。


「……なぁ、奏羽」

「ん?」

「お前こそ、大丈夫なのか? 冴木みたいな精密機械と学年トップを争って、しかも俺の勉強まで見てくれて。……プレッシャー、感じてないか?」


俺が尋ねると、奏羽はコップを持ったまま、俺の肩にこてんと頭を預けてきた。


「……プレッシャーがないって言ったら、嘘になるかも。冴木くん、本当にすごいから」


彼女はぽつりと零した。


「でもね、今は全然怖くないの」

「怖くない?」

「うん。……だって、今は一人じゃないもん。湊くんが、わたしのお母様にも、冴木くんにも、真っ直ぐ立ち向かってくれてる。……わたしのために、こんなに一生懸命勉強してくれてる」


奏羽は俺の制服の袖口を、いつものようにぎゅっと握りしめた。


「湊くんが隣にいてくれるから、わたしは『完璧な生徒会長』じゃなくても、ただの『湊くんの彼女』として、誰よりも強くなれる気がするの」


その言葉は、どんなエナジードリンクよりも、俺の心に強く効いた。

彼女は俺に依存しているだけじゃない。俺から力をもらい、それを自分の強さに変えようとしているのだ。


「……そっか。なら、俺も絶対にお前の期待に応えないとな」


俺は空になったコップをテーブルに置き、彼女の頭を優しく撫でた。


「……湊くん」


奏羽が、潤んだ瞳で俺を見上げる。

その甘い視線の意味を、俺はもう間違えなかった。


俺は彼女の細い顎に手を添え、ゆっくりと唇を重ねた。

ホットミルクの甘い匂いと、彼女の体温が交じり合う。

勉強の疲れも、プレッシャーも、この瞬間だけはすべて遠くへと消え去っていった。


「……んっ、ぁ……」


唇を離すと、奏羽はトロンとした顔で俺の胸にすり寄ってきた。


「……充電、完了。これで明日も、凑くんにスパルタできるね」

「お手柔らかに頼むよ……」


決戦の期末テストまで、あと三日。

特進クラスのエリートたちに挑むための、俺たちの甘くて過酷な夜は、こうして更けていった。


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