第22話:控え室の密室と、ご褒美のおねだり
体育館での合同交流会議は、各校の生徒会役員たちによる活発な意見交換を経て、夕方前に無事終了した。
来賓や他校の生徒たちを見送るため、奏羽は最後まで「完璧な生徒会長」としての役目を全うし、正門で笑顔を振りまいていた。
俺は先に校舎に戻り、旧校舎の図書室へ向かおうとした。
しかし、スマホに一件のメッセージが届いた。
『湊くん、待ってて。……生徒会室の奥の、会長専用の控え室にきて』
生徒会室。
しかも、会長専用の控え室なんて、一般の生徒が立ち入れるような場所ではない。
だが、あの「ご褒美ちょうだいね」という言葉を思い出し、俺は少しの緊張と期待を胸に、人の気配が消えた新校舎の三階へと向かった。
* * *
「失礼します……」
生徒会室の扉をそっと開けると、中はもぬけの殻だった。
役員たちはまだ片付けや見送りに追われているのだろう。
俺はメッセージの指示通り、部屋の奥にある重厚な木製の扉——「会長室」と書かれたプレートの下がった扉をノックした。
「……湊くん? 入っ、て……」
扉の向こうから、消え入りそうな、けれど甘ったるい声が聞こえた。
ドアノブを回して中に入ると、そこは小さな応接セットと仮眠用のソファが置かれた、こぢんまりとした部屋だった。
そして、その仮眠用ソファの上に。
「……奏羽」
ブレザーを脱ぎ捨て、ブラウスの第一ボタンを外し、完全に脱力して横たわっている奏羽がいた。
彼女は俺の姿を認めるなり、弾かれたように身を起こし、フラフラと歩み寄ってきた。
「……っ、湊くん……湊くん……!」
ドンッ、と。
彼女は俺の胸に勢いよく飛び込み、そのまま首に腕を回してしがみついてきた。
「お、おい奏羽! お疲れ様、スピーチ完璧だったぞ。……でも、ここは生徒会室だぞ、誰か来たら……」
「来ないよ……。零が、他の役員を遠ざけてくれてるから……」
奏羽は俺の胸に顔をグリグリと押し付けながら、かすれた声で言った。
「わたし、がんばったよ……。すっごく、怖かったけど……湊くんが、後ろで見ててくれたから……」
「ああ、見てた。本当にすごかった。お前は俺の自慢の生徒会長だよ」
俺が背中を優しく撫でてやると、奏羽は「えへへ……」と気の抜けたような、とろけるような笑い声を漏らした。
一日中「完璧な仮面」を被り続けていた反動で、今の彼女は、図書室の時以上にポンコツで、無防備な甘えん坊モードに突入している。
「……湊くん。ねえ、ご褒美……くれるって、言ったよね?」
奏羽が、ゆっくりと顔を上げた。
潤んだ黒い瞳が、至近距離で俺を見つめる。
甘いシャンプーの香りと、ほんのり熱を帯びた彼女の体温が、俺の理性を激しく揺さぶる。
「……あ、ああ。俺にできることなら、なんだってするよ。何がほしい?」
俺が尋ねると、奏羽は俺のシャツの胸元を両手でぎゅっと握りしめ、少しだけ背伸びをした。
「……わたしを、ダメにして」
「は……?」
「今日一日、ずっと『完璧』でいたから……もう、限界。……だから、湊くんの『声』と『匂い』と『体温』で、わたしをぐちゃぐちゃに……ダメにしてほしいの」
それは、あまりにも破壊力の高い、そして危険なおねだりだった。
「奏羽、お前、自分が何言ってるか……」
「わかってるもん。……ねえ、湊くん。わたしを、膝に乗せて……?」
彼女は有無を言わさず、俺の手を引いて仮眠用のソファへと向かった。
俺が座ると、彼女は躊躇うことなく俺の足の上に跨るようにして座り、再び俺の首に腕を回して、ピタリと密着してきた。
「ひゃっ……!?」
俺の太ももに、彼女の柔らかな重みが直に伝わってくる。
これは膝枕なんて可愛いものではない。完全な密着状態だ。
「……湊くん、心臓、すごくうるさい」
奏羽は俺の胸に耳を当て、嬉しそうにくすくすと笑った。
「そりゃ、こんな体勢されたら……」
「ふふっ。……ねえ、湊くん。あのね、スピーチの時、湊くんと目があったでしょ?」
「ああ。震えが止まって、すごく立派だった」
「あれね……湊くんが『大丈夫』って言ってくれてるみたいで……すごく、嬉しかったの。……だからね」
奏羽はゆっくりと顔を上げ、俺の唇のすぐそばで、熱い吐息をこぼした。
「……キス、して。……息が、できなくなるくらい」
——ブツン。
俺の中で、微かに残っていた理性の糸が、音を立てて切れた。
「……後悔しても、知らないぞ」
「後悔なんて、しない。……湊くん、はやく……」
俺は彼女の腰に手を回し、引き寄せるようにして、その桜色の唇を塞いだ。
「……んっ、ぁ……」
図書室での「触れるだけのキス」とは違う。
俺たちは、今日一日のプレッシャーと、それを乗り越えた安堵を分かち合うように、深く、何度も唇を重ねた。
彼女の柔らかな舌が絡み、甘い吐息が交じり合う。
俺の膝の上で、彼女の身体が小さく震え、力が抜けていくのがわかった。
「……はぁっ、湊くん……もっと……」
密室の会長室。
そこは、完璧な生徒会長が、ただの「湊くんに依存する恋する乙女」へと堕落していくための、秘密の特等席だった。
俺たちは、一条副会長が時間を稼いでくれていることなどすっかり忘れ、互いの熱に溺れるように、甘い時間を貪り続けていた。




