261.
護衛を開始して半月以上経った頃、数日この町の驛に留まる事になった。
理由は峻耀が移動で疲れてしまったからだ。
「何か……寒くねぇ?」
夕食後は俺達に与えられた部屋で休憩となり、部屋は退屈だからと庭に出たシモンが二の腕をさすった。
移動中は気にならなかったが、確かに陽が落ちてからは空気がひんやりとしている。
そうか、地球で言うところの、赤道はラフィオス王国からエルドラシア王国に向かう時に通過したから、南に向かっている今は涼しい気候になっていくのか。
「南に移動しているから、気候が変わってきたのだろう。この先は昼間でも寒くなってくるだろうな」
「えぇ~、持ってる外套着てもいいかなぁ」
「ああ、いたいた。ジュスタン! この先はどんどん寒くなるから上着と、中にも重ね着できる衣を持って来たぞ。三人分あるから使ってくれ」
ちょうどいいタイミングで烈陽が服を持って来てくれた。
受け取って確認したら、上着と言っても袖が肘までしかない。
動きやすさ重視かと思ったが、裾は足首まであるものの、後ろにスリットが入っているから動きやすくはある。
「お、袖が短いと思ったけど、意外にあったけぇな!」
「そうだろう? それに基本的に俺達は動いているから、あまり厚着をすると暑くてたまらんからな。それに……俺の尊敬する将軍なんて、長い袖を着ている姿なんて見た事ないしな!」
そう語る烈陽の目はキラキラしていた。
「そんなに立派な人物なのか」
「そりゃもう! とんでもなく強いんだよ! 俺が東宮の護衛をしているのも、あの人の命令だからなんだ。じゃなけりゃ都で将軍の右腕として働いてるところだからな! 早くあの強さに追いつきたいぜ!」
「だったら都で会ってみたいな。できれば手合わせもしてみた……」
俺が言葉を切ったのは、視界に峻耀が入ったからだ。
泣きそうな顔をしている。
あ、もしかして烈陽が峻耀の護衛をしているのは将軍の命令だから、というのを、本当は自分の護衛をしたくないという風に捉えたのかもしれない。
声をかけようとしたが、その前に峻耀が踵を返して走り出した。
その後を雪瑤が慌てて追いかける。
「東宮様! お待ちください!」
「ん? 何だぁ?」
当の烈陽は全く気付いていないようだ。
本人は全く他意なく発言したかもしれないが、これはヘタすると二人の信頼関係が崩れる恐れがある。
仕方ない、フォローしてやるか。
「烈陽、お前は東宮を大切に思っているか?」
「へ? 何を当たり前の事を……」
「さっきの話を東宮が聞いていた。東宮からすれば、烈陽は東宮なんかより将軍のもとで働きたいとずっと思っていた……と感じただろうな」
「そんなわけないだろう!」
よかった。もしその通りなんて言われたら、フォローのしようがないところだ。
「だったらシモンと二本手合わせするくらいの時間の後に追いかけて来い」
「あっ、ジュスタン!」
烈陽の声を無視して峻耀が走り去った方へと向かう。
先に落ち着かせないと、今顔を合わせても感情的に怒鳴り散らす予感しかしない。
この驛では峻耀と俺達の部屋は少し離れていたが、峻耀が向かったのは自室の方だった。
きっと自室に戻っているはず。
走っていると、すぐに峻耀と雪瑤の後ろ姿が見えた。
峻耀は自室に入ると乱暴に戸を閉める。
雪瑤が声をかけて戸を開けようとしたが、中から押さえているらしく開かないようだ。
「雪瑤、俺が話してみる。東宮、二人で話したいから入れてくれないか」
『……ジュスタンだけなら』
小さな返事が聞こえ、戸から手を離したのか、カタッと音がした。
雪瑤は泣きそうな顔で戸の方を見ている。
普段は俺達に塩対応だが、本気で峻耀を心配しているのがわかった。
「こういう時は近しい相手にこそ弱音を吐けないものだ。今は任せてくれ」
声を潜めてそう告げると、雪瑤は眉間にシワを寄せながらも頷く。
峻耀より大きいとはいえ、百五十センチくらいだろうか、小さいのに頑張っていると労いの気持ちを込めて頭を撫でたら手を叩かれた。
子供扱いするなという無言の抗議だろう。思わず苦笑いしながら戸を開ける。
中に入ると、まるで小上がりのような、幅が二メートルほどの大きな椅子のような台に峻耀が座って待っていた。
その顔は拗ねている事を隠そうともしていない。きっと機嫌を取れという事なのだろう。
俺は剣を立てかけ、峻耀の隣に座ると、横向きに膝の上に座らせた。
こうすれば表情も確認しやすいからな。
「さっきの烈陽が言ったのは、将軍を尊敬していると言いたかっただけだからな。ちゃんと峻耀の事も好きだし、峻耀の護衛という仕事に不満もないのは間違いないんだぞ」
「だが……」
何かを言いかけて言葉を飲み込む峻耀。
背中を撫でながらできるだけ優しく語り掛ける。
「烈陽に峻耀のところより、将軍のところで働きたいのか聞いたんだ」
そう言うと、あからさまに身体が強張った。
一定のテンポで背中を撫で続けながら言葉を続ける。
「けどな、あいつは即座に否定した。峻耀の護衛をするのが好きなのは間違いないから安心しろ」
「う~……」
安心したのか、俺にしがみついて泣き始める峻耀。
声を殺しているのは外にいる雪瑤に気付かれたくないからか。
「よしよし、不安だったな。だけど雪瑤も烈陽も峻耀が好きだぞ。俺もな」
少し冷えていた身体を温めるように抱き締めていると、しゃくりあげる声の間隔が少しずつ長くなっていく。
「ジュスタン、その子だぁれ?」
耳慣れた声に顔を上げると、瞳を不安げに揺らしているジェスが立っていた。
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