258.
驛に到着し、食事の後に俺達に振り分けられた仕事は敷地内の警戒ではなく、東宮の隣の部屋での警護だった。
ちなみに俺達の反対隣は、東宮の世話をするために雪瑤の部屋となっている。
というわけで、屋敷内を警戒する夜番はいるから、俺達は侵入者がいた時に飛び起きて東宮を守ればいい。
夜の警戒よりも、昼間の移動中にしっかり働いてほしいのだろう。
「藍之介、探索と防音魔法の同時展開はできるか?」
「当然です『探索』『防音』」
「よし、それじゃあ情報交換するぞ。誰か近付いて来るなら教えてくれ」
「わかりました」
最初に俺が黄鱗帝国で見た夢の話をした。
黄鱗帝国ができるまでと、黄龍が城の地下に封印されている事。
封印したのは見た目はダークエルフではなく、普通のエルフの見た目をしていたが、恐らく蘭である事も。
このままでは黄龍が死ぬ間際に帝国を呪い、その責任を成人しているかも怪しい一人の女性が被せられて処刑される事まで話したところで藍之介が立ち上がった。
「主様、来客のようです」
藍之介が気配を抑えて入り口に立って数秒後、いきなり戸を開けて外にいた人物を引き入れた。
「ひゃうっ」
聞こえたのは、まだ声変わりのしていない声。
「何をしているのですか、東宮」
感情のこもらない声で問う藍之介。
東宮は一瞬気まずそうに視線を彷徨わせたが、すぐに胸を張る。
「退屈だったから、そなたらが何をしているのか見に来ただけだ」
「雪瑤に内緒で部屋を抜け出してきた、と」
「う……」
どうやら藍之介は移動している間に、二人の関係性を正しく把握したようだ。
雪瑤の方が少し年上に見えたし、姉のような存在なのだろう。
だが、十歳の男の子に女の子と二人でじっとしていろ、というのは酷な話でもある。
せっかくだから東宮からも情報をもらうか。
「東宮様、よろしければ黄鱗帝国の事、都や城の話を聞かせてください」
「よいのか? 我がここにいて」
すぐに部屋に戻されると思ったのだろう。
東宮は驚いて俺を見た。
「就寝の時間でなければ、護衛と共にいる事に何の問題があるのです? シモン、雪瑤に東宮様は俺達の部屋にいると伝えてきてくれ。ついでに東宮様の分のお茶の用意もな」
「了解」
シモンは椅子から立ち上がると、雪瑤に知らせに出て行った。
この部屋に水差しはあるが、お茶を淹れる設備はなかった。
持っている魔導具を使えば淹れられるが、欲しいと言われても困るので見せる気はない。
ちなみにこの部屋には椅子と丸テーブルが置いてあるものの、椅子は三脚だけだ。
東宮を座らせて、シモンを立たせておいてもいいが、あいつは絶対に不満を顔に出すだろう。
幸い椅子は大きめだし、ジェスと一緒に座る時と同じように東宮を軽く抱き上げ、開いた足の間に座らせた。
さすがに膝の上に一時間以上座らせるのは、三歳までじゃないと俺の足が死ぬ。
「東宮、甘い物はお好きですか? エルドラシア王国で買ったバクラヴァというお菓子があるのです。」
魔法鞄から取り出したお菓子の包みを丸テーブルの上に置いた。
ひと口パイにクリームが挟んであるような見た目のお菓子だ。
カロリーも高そうなので、非常食にもいいかといくつか買っておいたのだ。
「…………」
なぜか東宮が固まっている。
毒見役もいないところで食べ物を出したせいか?
それなら俺が代わりに先に食べれば問題ない。
「これまで食べて身体が痒くなった事はありませんね? 毒見なら俺がするので心配ありません、ほら。」
ひとつ摘んで口に放り込む。
サクサクとお菓子を咀嚼する音に興味を持ったのか、東宮はお菓子と俺を交互に見た。
エルドラシア王国では砂糖やはちみつが手に入りやすいせいか、ラフィオス王国のかろうじて甘い、という程度の平民向けのお菓子とは全然違う。
東宮が頷いたので、もうひとつ摘んで東宮の口元に差し出すと、ためらいながらもぱくりと食べる。
その瞬間、シモンとお茶のセットを持った雪瑤が部屋に入って来た。
丸テーブルの上のお菓子と、もぐもぐと咀嚼している俺達を二度見して雪瑤が叫ぶ。
「何をしているんですか!! 得体の知れない物を東宮様に与えないでください!!」
「失礼だな。エルドラシア王国で愛されているお菓子だぞ。先に俺が毒見もしているから安心しろ。体質に合わない食べ物もないと確認はした」
文句を言いたいのに手順を踏んでいるため反論できないのか、口だけをはくはくと動かしている。
雪瑤は俺をキッと睨んでからお茶を淹れ始めた。
そういえばこういう中国茶は最初の一杯は捨てるんだったな。
テレビでしか見た事のない道具と淹れ方で、雪瑤は手際よく四人分のお茶を淹れて並べた。
「見事な手際だな。雪瑤もお菓子を食べるか?」
「結構です! それより東宮様をどこに座らせているのですか! お腹に手を回すなど不敬ですよ!」
褒められると思っていなかったのか、少し動揺しながら指摘された。
確かに東宮という身分を考えればよくないか。ついジェスのように扱ってしまった。
椅子から落ちないようにと、いつの間にか無意識に手を回していたらしい。
「東宮様、別の椅子を用意しましょうか」
「このままでよい。背中が温かくて心地よいしな」
今なら雪瑤経由で別の椅子も準備できるかと思ったが、俺の提案は断られてしまった。
確かにエルフの里のある山を下りてからは、朝晩は少し冷える。
かといって火を焚くほどの寒さではない。
東宮用の広い部屋に一人でいる事に比べれば、俺に背中を預けて座っている方が快適だろう。
雪瑤は悔しそうな表情を俺に隠そうともしないで部屋から出て行った。




