245.
「全然景色が変わんねぇじゃん。ずっと山と川しかねぇし、歩くの飽きてくるよな~」
歩き始めて四日目、とうとうシモンが騒ぎ出した。
シモンにしては我慢できた方だろう。
正直俺もこの変わらない景色には飽き飽きしている。
「気持ちはわかるが、ジャンヌが明日には集落に到着すると言っていただろう。走ってでも早く着きたいというのなら、走るが?」
「ぐぬぬ……。あっ、そうだよ、身体強化をオレに付与してくれればいけるんじゃねぇ?」
ここまでも歩き通しで疲れているであろうシモンは、数秒葛藤した後に名案とばかりに提案した。
だが、俺の身体強化は自分で使う分には何とかなるが、自分以外に付与するとなると短時間しか持たない。
「藍、シモンに身体強化をかけられるか? 持続時間が一時間以上あるなら頼みたい」
「お任せください。三時間は持続させられますよ『身体強化』」
藍はシモンの肩に手を置き、身体強化を付与した。
「うおぉぉ! すげぇ! めちゃくちゃ身体が軽いぜ!」
その場でぴょんぴょん飛び上がり、無駄な体力を使うシモン。
「それじゃあ、行けるところまで走るか」
「では私が先導しましょう。『身体強化』」
俺も自分に身体強化をかけ、走り出した藍の後を追う。
「わははは! これなら、いくらでも走れるぜ!!」
完全に調子に乗ったシモンが途中で河原の石に足を取られて転んだ以外は、何事もなく集落が見える場所まで移動できた。
最初からやればいいと思うかもしれないが、この全力疾走の後でも景色が変わらないというのは、かなりメンタルが削られるからな。
集落まで走って向かうと、住人を驚かせてしまうだろうから歩いて近付く。
腰の高さの石垣の周りは農地で、石垣の内側に三十軒ほどの古い家が点在していた。
不意に住人の一人がこちらに気付くと、大声で人を集め始めた。
こちらは騎士服の俺とシモン、そして和装の藍という変わった組み合わせだから警戒されて当然か。
「止まれ!! あんた達は何者だ!」
残り十メートルになると、集まって来た中で最も体格のいい男が、石垣の切れ目にある木戸の向こうから叫んだ。
「俺はラフィオス王国の騎士だ。山脈の向こうのエルドラシア王国を経由して来たところだ。黄鱗帝国に滞在する許可を皇帝陛下にいただくため、都へ向かう道を教えてほしい」
叫んでいた男と違って、俺の声は叫ばずともよく通る。
武器になる鍬や鋤を持って集まっていた者達が、口々に話し合っているのが見える。
「証明する物はあるか!? 一人だけこっちに来てくれ!」
「お前達はここで待っていろ」
シモンと藍に待機を命じ、警戒を解くために帯剣していた剣を魔法鞄に収納し、代わりにライフィオス国王と、エルドラシア国王に裏書してもらった身分証を取り出す。
そのふたつを掲げるように持ってゆっくりと近付いた。
「これが身分証だ。そちらへ持って行く」
農具を構えた者達が緊張しているのがわかった。
ジェスがいたら多少警戒も緩んだかもしれないな。
だが、ここにいないのだから仕方ない。
三メートルほどの距離になると、叫んだ男と、一人の老人がジリジリと俺に近付いて来た。
「村長、どうだ?」
どうやら老人の方は村長らしい。
「う~ん……。読めん」
「はぁ!?」
「仕方ないじゃろう! こんなよその国の文字なんぞ見た事もないんじゃ!」
「どうするんだよ! 確認できないじゃないか!」
言い争いを始める二人。
そういえばこの村人達の格好はまるで中国の時代劇に出てきそうだ。
もしかして、文字も漢字を使っているのかもしれない。
その時、石垣の所にいる子供がポツリと呟く。
「あのひと、おみみながいねぇ」
周りの大人達が一斉にその視線を追って藍を見た。
「エルフ様だ!」
「本当だ! エルフ様だ!!」
「エルフ様だと!? すぐに歓迎の準備を!!」
集まっていた半数が走ってどこかへ行ってしまった。
エルフが珍しいからというわけではなく、明らかに崇める対象が来たかのようだ。
当の藍はといえば、当然と言わんばかりに泰然としている。
そういえばこいつ、魔塔主だったフレデリクに『あの方』とか呼ばれていたな。
「エルフ様のお連れ様とは知らず、失礼しました。どうぞ、小さな村ですがお入りください」
さっきまでの態度は何だったんだと思うくらいに、手のひら返しの対応だ。
「村長、どうしてエルフというだけで、そんなに歓迎しているんだ?」
村長は何を言っているんだと言わんばかりに、目を瞬かせた。
「そりゃあ……初代皇帝の友もエルフ様で、数代前にこの黄鱗帝国を更に栄えさせたのもエルフ様の側妃じゃからのぅ。エルフ様はこの帝国にとって縁起のいい存在なんじゃ」
萌の言っていた友というのは皇帝の事……なわけないか。
寿命が違い過ぎる。
もしかして数代前の側妃となったエルフが萌の友かもしれない。
とりあえず王都……この場合は都と言うのか? 都に行かないと情報収集もままならなさそうだ。
幸いこの村は周りの自然が豊かで、俺達というか、藍に対して歓迎の宴を開いてくれた。
途中で藍が俺を主様と呼んだせいで、もの凄く騒つかせてしまったが。
翌日、宴の時に教えてもらった村から三日進んだ距離にある交易都市として栄えている町に向かって出発した。




