第77話『触れてはいけないこと』
「――で、見事なまでに使いっパシリされてるわけだが……みんなはこの状況をどう見る」
「……してやられた、感じ。上手いこと、利用された」
買い物かごを持った古宮は悔しそうにため息を吐く。
「どうもこうも、先輩、自分で使いっパシリって言ってるじゃないですか。今の状況はそれしか言いようがないですよまったく……」
安売りしてる白滝を買い物かごにぶち込んで十堂は肉売り場に向かって歩き出す。
「ところで……何鍋にする予定なの? さっきから材料は入れていってるみたいだけど……」
榊先輩が買い物かごの中を覗き込んで首を傾げる。
「別に適当に入れていってるわけではないですからね? ちゃんと決めてますから安心してください」
「んー、なんだろ? 白滝と白菜、春菊……うーん?」
「……あ、ハルカ、分かったかも?」
「まぁ分かる人は分かりますよ。ちなみにこの後、肉と焼き豆腐、卵を買う予定です」
「ああ、すき焼きか」
後半の三つを使う鍋料理なんてすき焼き以外には考えられない。
「正解です。鍋料理人気投票(個人調べ)ですき焼きはダントツの一位ですから皆さんが嫌いなはずがないと決めつけさせてもらいました」
「個人調べって……何人に聞いたんだよ」
「一人です」
「それは何か違う。ちなみにその一人というのは?」
「無論わたしです」
「おい、調べろよ」
ドヤッと控えめな胸を逸らす十堂に軽くツッコミを入れる。
「じゃあ隼人先輩。先輩は七味唐辛子の七つの唐辛子を全て分けろって言われたやりますか? しかも無報酬で」
「そんな面倒くさい作業を報酬も無しにやるわけがないだろ……」
「つまりはそういう事です」
「……」
俺が何も言い返せないのをいい事に十堂は言葉を重ねていく。
「それにアンケートというのはあくまで意見を聞く為だけのものであって、そこに書いた内容が実現するというわけではありませんからね。それを参考するなり、改善するなりは結局本人次第なんです」
うまいこと言いくるめられた気がする。
けど十堂の言っていることは何一つ間違っていないから反論することもできない。
「……論破、されたね。浅川くん、どんまい」
「ほらほら先輩、肉選びますよ。そんな悔しそうな顔しないでくださいよ」
そう言って十堂は再び足を進める。
その後ろをとてとてと付いていく榊先輩は俺に気遣ってか十堂に話し掛ける。
「まぁまぁ。みんなで鍋パーティーなんてそうそう出来ないよ? 楽しまないと!」
「まだしてませんけどね?」
「俺個人、このメンツなら案外いつでもしてしまうイメージがあるんだがな。去年一週間のうちに何回鍋パーティーしたよ?」
「……二回は、してた。多い時は、五回。学校帰りに、毎日」
「それはえぐいですね……」
「鍋って簡単だし、身体あったまるしだから寒い日が続くと鍋も続いちゃうんだよね」
「まあ気持ちは分かりますけどね。それに鍋にも色々種類はありますから毎日違うのにしていればそこまで飽きはきません。あとは……大勢で食べるってのも飽きない要因の一つかもしれませんね。わたしは大勢で鍋を囲んだ事はありませんから」
「恋歌ちゃんは家族と食べたりはしないの?」
「……わたしは一人暮らしですよ。そんな機会ありませんって」
「あ、それもそうか。でも一人暮らしする前はあるんじゃないの?」
「無いですよ」
「……?」
どうも十堂の様子がおかしかった。口調が妙にトゲトゲしい。
けれど、話に夢中になっている榊先輩はその異変に気づいていないようだった。
古宮の目にも十堂と榊先輩は普通に会話しているように映っているようで、マイペースに両手に牛肉のパックを取って選別している。
「えー、嘘だー。絶対にあるでしょー? 何処かの国のマイナーなメニューってわけじゃないんだから」
笑いながら喋る榊先輩とは打って変わって、十堂の表情は厳しいものだった。心の中を土足で踏み入られてる――そんな不快さと居心地の悪さをミキサーでぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような表情。
これ以上十堂に踏み込んではいけない。そう警鐘が鳴り響いていた。だというのも関わらず、榊先輩は警鐘を無視してさらに踏み込んでいく。
榊先輩のマイペースさ。それは先輩のいい所かもしれないが、その空気の読め無いところが時に人の心を踏みにじる。
「――まぁそんな事どうだっていいじゃないですか」
だから俺は榊先輩が火のついた導火線を加速させないように、この会話を根本から切り、火種を取り除く。
「それぞれ人には事情があるんですから。人の家庭に俺たちのような他人が踏み込んではいけませんって。社会にはそれに適したルールがあるのと同じで、家には家の事情がある。そうですよね、榊先輩?」
榊先輩にも弟の事があった。
だから俺の言ったことは身に染みて理解出来るはずだった。少し傷を抉るような言い方をしたが、今の榊先輩なら乗り越えてくれる。
「それも……そうだね。ごめんね、恋歌ちゃん」
榊先輩は複雑そうな表情で曖昧に笑う。
笑ってはいるがそこにはキチンと反省の色があり、十堂もそれを読み取ったようだった。
大丈夫です。と、言葉を紡ぎ、十堂はいつも通りの無感情な瞳で俺の方へ向いた。
「どうして止めたんですか」
相変わらず無感情な瞳だったが、その言葉には確かに感情が含まれていた。
「だってお前、止めないと榊先輩に酷いこと言っただろ」
「まあそうかもしれませんね」
「だろ? だったら俺はお前を止めて良かったと思ってる。榊先輩は繊細だから、内面に入り込まれて叩かれたら簡単に砕けてしまう」
「夜乃先輩の事、理解してるんですね」
「俺は一度、先輩の内面に入り込んでいる。だから分かるだけだ」
「隼人先輩は優しい。そして、先輩のそういうところのおかげで救われる人がいる。先輩はどんな事も自分の事のように親身になって考えてくれるから」
「それは褒めてるのか?」
「好きなように判断してください。一応わたしは褒めたつもりでしたけど」
「なら褒め言葉として受け取っておく。……ところで、十堂」
「? 何ですか」
聞くなら今しかないと思った。
でも結局、どう聞けばいいのか分からず、俺はむしゃくしゃして頭をかく。
初めて十堂に出会った時に言われた『あの日の約束』について。俺と十堂は過去に接点があったのか。もし接点があったとして、俺は何故そのことを忘れてしまっているのだろうか。
「隼人先輩」
俺が黙り込んでいると十堂の方から口を開いた。
「前にも一度言ったはずですよ。先輩が約束の内容を思い出せずとも、先輩は約束を果たしているんです。それはあの春の桜の舞う日に出会った時から――時計の歯車が回るのと同じように、先輩との約束も動き始めたのです」
「十堂……お前は一体……誰なんだ。十堂がそう言ってくれても俺は納得が出来ないんだ。俺が十堂と出会ったのは今年の春。それより以前に会った記憶も、約束をしたという記憶も残っていない。だからお願いだ十堂。せめてこれだけは教えてくれないか……」
見つめた先にあるのは十堂の瞳。
そのガラス球のように何も灯っていない瞳を見据え、俺は問い掛ける。
「――お前は……誰なんだ?」
そんな馬鹿みたいな質問に恋歌は眉一つ動かさず、淡々と答えを返す。
「――恋歌。わたしは恋歌です。恋の歌を奏で、素敵な恋ができるようにという願いを込めて姉が名付けてくれました。だからわたしは恋歌です。苗字はわたしにとって装飾品でしかない。恋歌という名前でわたしはわたしという存在を維持しているようなものなんです。だから――隼人先輩の質問にもう一度だけ答えます。ちゃんと覚えてください。わたしは恋歌。それ以外の何者でもありません」
「十堂……いや、恋歌」
「そうです。わたしは恋歌です」
苗字は装飾品。
名前だけが自分の存在を維持している。
それはまるで――俺自身を鏡で見ているようなものだった。
「お前は……俺なのか?」
「……」
恋歌は答えない。
ただ黙って俺を見つめていた。
その静寂はやがて自分が今ショッピングモールにいるという事を忘れてしまうほど。
音という音は何もかも消え去り、更には視界も徐々に狭まっていく。
狭まった視界に映るのは恋歌だけ。
あとは黒で塗りつぶされて何も見えない。
まるで俺と恋歌の二人だけが世界に取り残されたような孤独感と喪失感。
穏やかだった心臓のリズムは今となっては叩きつけるような激しさに変わっていた。
苦しい……苦しい苦しい苦しい。
ただ見つめられているだけだというのに……何故こんなにも胸が苦しいのか。
そしてなぜこんなにも泣きそうになってしまうのだろうか。
「――ちょっと二人ともどうしたの……? 顔、怖いよ……?」
その言葉と共に、俺と恋歌の二人だけの世界がバラバラと崩れ去った。
すぐそばで榊先輩が心配そうに俺たちを交互に見ていた。肉を選んでいた古宮も、少し離れたところでジッと俺たちを見つめている。
どう言葉を返そうか悩んでいると、恋歌が先に
「お肉について揉めていただけですよ。安くて味は普通だけど量が多いのを取るか、値段は高い分味はいいけど量が少ないのを取るか。そんなくだらない事で言い争っていただけですから気にしないでください。そうですよね、隼人先輩?」
「……そうだな。くだらない事で喧嘩するのも馬鹿らしい。肉は古宮がちゃんと選んでくれてそうだから心配はなさそうだ」
「そっか? まあ喧嘩してるわけじゃないのなら良かったよ!」
こういう時、榊先輩のお気楽さは都合がいい。
何があったとしても深く突っ込んでくることは無いし、持ち前の笑顔でおかしくなった気持ちを沈めてくれる。
「……お肉、選んだから、次は……焼き豆腐?」
古宮も気づいているのかいないのか。
何事も無かったように振舞っている。
「そうですね。早いとこ買ってつもり先輩の家に向かいましょう。向こうはもう準備整えているみたいですしね」
恋歌がスマホを握っているを見て、俺もポケットからスマホを取り出す。
予想通りつもりからのメッセージが届いており、添付されている画像には反町と鍋の写真が写っていた。
「パパッと買い物済ませて向かうか」
「……了解」
「はーい!」
画面を消すと暗くなった液晶に俺の顔が映る。
「……」
ひどく疲れ切ったような顔に、我ながらため息が出てしまった。
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「――いらっしゃい。待ってたわ」
雪原の家に着くと、Tシャツにショーパンというラフな格好の雪原が出迎えてくれた。
玄関から見えるリビングのソファーには反町が座っているようで、こちらに顔だけ出して手を振っていた。
「お疲れさん」
リビングに入ると反町が話し掛けてくる。
「疲れたんだが」
「いやいや、自業自得ってやつだろ」
「気づかれる方が悪いってか?」
「その通り」
「たく、あとで金は請求するからな。六人で割り勘なんだから大した金額にはならねーから安心してくれ」
「分かってるから安心しろ。ただ尾行していた罰として多少は少なくしてもらうからな」
「反町の案に私も賛成」
会話に雪原も参加してくる。
人数分の湯のみの乗ったおぼんをテーブルの上に置き、腰に手を当てる。
雪原のその格好は妙に様になっていた。
「当然よね? みんなして私と反町の邪魔をしていたんだから。やるのであればもっとバレないようにやらないと」
「無茶言うな。お前の超人的な感覚の前じゃいくら注意したって意味がないだろ……。なんで榊先輩たちはともかく、その後ろにいる俺たちまでなんでバレるんだよ」
「反町も気づいていたわよ?」
俺は驚いて反町を見る。
本人は済ました顔で「まぁな」と答えた。
「つくづくお前ら化物くさい感覚してるよな……」
「ありがとう」
「褒めてねーから」
シッシッと、追い払うように手を振ったあと、湯のみを手に取る。
「……玄米茶か。いい香りだな」
「本当はほうじ茶にしようと思っていたんだけど、ちょうど切らしているみたいだったから玄米茶にしたの」
ホッと落ち着く味と香り。
やはり日本人はお茶が無いと生きていけない。
「あ、玄米茶? 私も飲む!」
「……ハルカも、飲む」
「わたしも頂きますね」
キッチンで買ってきた食材の整理をしていた三人もそれぞれ湯のみを手に取る。
「ああぁあ……あったまる……」
「……日本人に、生まれて……良かった。ハルカ、幸せ……かも」
「お茶請けがあれば更に幸せでしたね」
「夕飯近いからお茶請けはわざと外したのよ。お肉いっぱい買ってきたみたいだし、無駄にお腹膨らませたくないでしょ?」
雪原の言う通り肉の量が相当ある。
肉肉野菜肉野菜肉以後繰り返しのリズムで食べても問題ないほどの量だ。
「俺は肉肉肉肉肉肉のリズムで食う」
「……反町くん、偏りすぎ」
「私は肉野菜肉野菜肉野菜かな? お肉もお野菜も平等に食べたいからね!」
「わたしは肉肉野菜肉野菜肉の王道ですね。やっぱりお肉は野菜より多めに食べたいです」
「……ハルカは、恋歌ちゃんの、逆……かな? お肉より、野菜が、好き。浅川くんは?」
「俺も恋歌と同じだな」
ピタリとみんなの視線が俺に集まった。
何か余計な事を口走ってしまったのだろうか。
「隼人くん今……恋歌ちゃんのこと名前で呼んだよね?」
「え? あー……そうですね」
チラリと横目で恋歌を見る。
恋歌自身、名前で呼ばれること自体は特に気にしている様子では無かったが、周りの驚きように少し戸惑っているように見えた。
「ほら、みんな名前で呼んでるだろ? 俺だけ苗字で呼ぶのをおかしいと思ってな」
「本当にそれだけの理由?」
「もちろん。他に理由なんてないだろ?」
雪原が疑ってかかってくるのは予想出来ていた俺は即答して逆に問い掛ける。
質問に対して質問返しはあまりいいことではないが、一言答えている時点で質問返しの定義は無効化されるし、理由なんてない。という事を強調することで確実な理由が無い限りは反論することもできない。
「まぁいいわ」
目論見通り、あっさり雪原は引き下がってくれた。
「それより今日はご飯を食べながら話したいことあるのよ」
「話したいこと?」
「そ、恋歌は想像つかないかもだけど、去年からいたあんた達なら分かるんじゃない? この時期に話したいことって言ったら」
去年のこの時期を振り返ってみる。
「あ、文化祭か?」
「正解」
そう言えば去年もこの時期くらいに話をしていた。
「あー、なるほどね。今年もみんなで一緒にやる感じなんだ!」
「そのつもりです。今年は新たに恋歌も加わりましたからね。人数一人増えただけでやれることは結構変わります」
「去年は何やったんですか?」
「露店開いたわよ。ホットケーキ屋さん」
「つもり先輩にしては可愛らしいチョイスですね?」
「クラス一つ借りて喫茶店やりたかったんだけど、さすがに人手不足。今年は恋歌加わるから挑戦するのもあり」
「わたしを過剰評価してませんか」
「そんな事は無い。とりあえず話はご飯を食べながらってことで支度しましょ」
雪原はパチンと指を鳴らしてキッチンに入っていった。
to be continued
心音です、こんばんは。
何となく想像はつくかもしれませんが、つもりルートのメインは文化祭です。
秋と言ったらやっぱり文化祭ですからね!
それでは次のお話でお会いしましょう




