第76話『二人の時間』
Another View つもり
夏の色が薄れ、秋の色が濃くなり始めた。
歩く道には赤やオレンジ色の葉っぱがまばらに舞い散り秋色の絨毯を作り、見上げる空にはまだ絨毯の素材になっていない紅葉の葉が風に乗ってひらひらと舞っている。
色づく街路樹もあと数ヶ月もすれば葉をすべて落とし冬の姿に変わる。寒い冬が過ぎれば再び芽を出して春の訪れを告げる。
季節の移り変わりというものは、人の心が人から人へ移りいくようなもので実に感慨深い。変わらない季節が無いように、変わらない心なんて無いのかもしれない。
そう考えると人間というのは実に都合のいい生き物ではないだろうか? 自分の都合に合わせて誰かを利用し、必要が無くなれば躊躇いなく切り捨てる。利用し、利用される――それが人間の本質だと私は考える。
人間は一人では生きていくことが出来ない。それは一人では誰も利用することが出来ないからだ。誰か一人でもいい。自分に利用される人間が一人でもいれば人生は大きく変わるに違いない。
「……例えばさ」
秋色に染まる葉っぱの絨毯の上を歩きながら私は隣を歩く優誠にこんな質問を投げかけた。
「誰かに追われている――もしもそう気づいた時、優誠。あなたならどう行動する?」
「……唐突だな」
スマホを弄っていた優誠は画面から私の顔へと視線を動かす。
そうして少し考え込んだ末、優誠は口を開いた。
「しばらく泳がせておく。そして相手の動向を探る。もしもそこに敵意があるのであれば容赦はしない」
そう答えてスマホに視線を戻した。
「だから――今は様子見だ」
「何人いる?」
「二人は確実。その後ろにもいるような気がするが……まぁ気にしなくても問題は無いだろう。敵意は無いみたいだ」
優誠は私たちをつけている人間を的確に判断する。
「大方あいつらだろ」
「そうね。私もそう思うわ」
あいつらとは友達の事。
高校に入学して作った優誠以外の友達。
クラスメートの浅川隼人、古宮遥香。一つ学年が上の榊夜乃。そして今年出会った十堂恋歌。
みんな私の友達だ。
きっと、これからもずっと。
「んで、どうする?」
「何が?」
「あいつらだよ。いいのか?」
「いいんじゃない? 遊ばせておけばいいわよ」
「まぁ……お前がそう言うなら俺も気にしないことにする」
「優誠。何を勘違いしてるの?」
「勘違い?」
再び優誠は私を見る。
私の顔を見た優誠は、私から答えを聞く前に何を言いたいか察したようだった。
「遊ばせておけばいいって言っただけで、気にしないなんて一言も言ってない」
「ははははっ! お前とことん性格悪いよな。引っ掛け回すって事かよ」
優誠は笑い出す。
「それのほうが楽しいじゃない」
「まぁお前らしいっちゃお前らしいか。いくらでも付き合うぜ」
私の案に賛同してくれた優誠はもう一度笑った。
優誠は私の事を否定しないし、私も優誠の事を否定しない。
私と優誠は一心同体のパートナーなのだ。お互いをありのままに受け入れ、すべてを共感する。何処にいても離れることなく繋がっている。
「ふふ。そう来なくっちゃ」
「けど、俺たちが付き合ってるのがバレるかもしれないぜ? それでもいいのか?」
「何言ってるの。私とあんたならバレないように引っ掛け回す事くらい朝飯前でしょ」
「万が一って事もあるんだがな。まぁそれっぽい事をしなければバレる要素は何一つ無い」
「手繋ぐ?」
「……なぁつもり。俺の話聞いてたか?」
「冗談よ。けど――どこまでやれるか試してみたくもならない?」
「ならない。めんどくさい事は勘弁してくれ。正直言うと俺は邪魔入らないで欲しかったんだからな」
「たまにはこういうデートもいいじゃない。スリルがあって楽しいわよ」
本気で嫌がってるようならば後ろの連中は巻く気でいたけど、何だかんだ言いながらも優誠もこの状況を楽しんでいる。
その証拠に、優誠の顔には絶えず笑顔が浮かんでいた。優誠は普段からあまり感情を隠す事はしない。だから楽しんでいない時に笑顔を浮かべる事はまず無いし、顔色一つで様々な事を読み取ることが出来る。
「まずはどうするよ」
「とりあえずしばらく歩きましょ。後ろの二人が誰だか把握しておきたい。その更に後ろにいる方は今はスルー」
「俺が言うのもあれだが……後ろの二人はともかく、その更に後ろまで追っ手がいるのが分かるのってだいぶ末期だよな」
「別にいいじゃない。あって損するような能力でもないでしょ。でもま、人間離れしてるとは思うし、たまに自分でも怖いとは思うけど」
「なんだ。つもりもやっぱり怖いとは思うのか。でもまぁ……慣れって怖いわ。こんなおかしな自分を突然のように受け入れているんだからな。」
荒れた中学生活を送っていたせいか、私と優誠はそういった類いのものに酷く敏感だ。
自分たちに向けられる些細な変化なんてものは手に取るように分かるし、会話の中から相手の真意を探る事だって容易い。
「一人は結構手馴れてる感じがしない? 考えられるとして浅川」
この時、私の頭に浮かんでいた人物は浅川ではなかった。正直、浅川よりはこっちに方が可能性としては高い。
それは誰か。あの夏の日の出来事が脳裏に浮かび上がる。
『――笑わせないでください、つもり先輩。そんな心にも思ってないこと言うのやめてくださいよ』
あの夜、化けの皮を剥がしたように突如として現れた恋歌の本性。あれが本来の恋歌の姿なのだろう。
あの子の過去に何があったのか。私や優誠と同じような闇があるのか。
恋歌のあの目は常人に出来るような目ではない。私たちのように、心が果てしない闇に染まっていないと出来ない目だ。
あの夜の出来事を私は優誠には話していない。確証がないことを話すのは私のポリシーに違反する事になる。
「もう一人は素人。気配とか隠す気ないし、ただ単に追いかけてるだけって感じ。だからこれは夜乃会長ね」
「隼人は同意だが、素人のほうは遥香ちゃんって可能性もあるんじゃね?」
「あら、あの子って意外とこういう事好きなのよ。だから素人よりは尾行は上手いもの。まあ私たちにはバレバレだけど」
「普通の人間は自分が尾行されてるなんて気づかないがな」
「それはそれ。これはこれ。とりあえず後ろの二人は浅川と夜乃会長って思っておきましょう」
もしくは――恋歌と夜乃会長ね。
「まだ適当にぶらつくか?」
「お腹空いたわ」
時間はちょうど12時を回ったところ。
朝ごはんを食べていない事もあって私のお腹は空腹を訴えていた。
優誠とは10時頃に待ち合わせをしていた。時間ギリギリまで寝ていた私の朝食を食べる時間は、シャワーを浴び、髪をセットし、出掛ける準備をする時間になっていた。
「何食いたい?」
「そうね……」
ふと、ケーキのような甘い匂いと女の子の笑い声が届いた。
近くのベンチで親子がクレープを食べているようだった。
女の子の口元はクリームで汚れていて、お母さんらしき女の人がティッシュで拭いてあげている。しかし、女の子が一口クレープにかじりつく度に口元が汚れてしまい、その度に母親が拭いてあげているせいか、ティッシュはすぐに空になってしまったようだった。
「――使いますか?」
優誠がポケットティッシュを片手に親子に近づいた。
母親は優誠にお礼を言ってティッシュを受け取る。そのついでに優誠は何か話しているようだったが聞き取ることは出来なかった。
「お待たせ」
「ティッシュなんてよく持ってたわね。女子力アピール?」
「風邪引いたみたいでな。今は薬の効果で収まってるが、鼻水がわりかしやばい」
「大丈夫?」
「問題ない。それよりさっきの親子にクレープ何処で売ってたか聞いたからそこに行こうぜ」
どうやら私がクレープを食べたいのを見抜いていたようだ。言葉はなくても通じ合えるのは実に楽だし、何より嬉しい。
「何処で売ってるって?」
「時計台公園」
「へぇ? 前までクレープ屋なんて無かった気がする。新しく出来た感じ?」
「じゃないか? 俺も記憶にないしな。でもあの公園無駄に広いからなぁ……デートスポットって言われるだけあって。もしかすると見落としているだけかもしれないな」
時計台公園――正式名称は櫻美崎自然公園。
街の1/8近くを使って作られた櫻美崎で一番大きな公園だ。
時計台公園と呼ばれる理由はそのまんまで、公園のちょうど中心にビル三階くらいの高さの時計台があるからというだけ。
時計台はこの公園のシンボルとも言える。風のうわさによると、時計台の下で告白するとその恋が叶えられ、永遠に一緒に恋人といる事ができる――なんて話もあるくらいだ。
この時計台公園がデートスポットと呼ばれるのはこれが一番の要因。それに自然公園という名称だけあって自然も多い。御桜丘程ではないが、春になれば満開の桜が咲き誇り、お祭りのようなムードになる。
私と優誠も時たま時計台公園には行くのだが、その全貌はまだ明らかにしていない。故に時計台公園でのデートは未発見の地に踏み込むようなちょっとした冒険だったりする。
「公園からここまでクレープ持ってきたって事考えると……かなり近いところにあるんじゃない?」
「確かにな。んじゃまぁ行ってみるとするか」
「りょーかい」
普段ならば手を繋いで歩いたりもするのだが、今回は尾行がいるからお預けだ。
後ろの気配は未だに消えていない。一日中付き纏う気でいるに違いない。
「後ろ、気になるか?」
「気になるか気にならないかの二択なら優誠、あなただって気になる。でしょ?」
「そりゃそうだ」
「私はもう気にしない事にしたわ。少なくとも優誠と二人でいる間はね」
私の言葉に何か裏があることを感じ取ったの優誠は眉を潜めながらも、何か言ってることはなかった。
少し歩いて時計台公園に入る。
すると、すぐ近くの屋台から甘い匂いが漂ってきた。
「……探すまでもなかったな」
「……そうね」
「確か向こうにベンチあったよな。場所取りしておこうぜ」
ベンチはちょうど一つだけ空いていて、優誠は荷物を下ろし、サイフを取り出す。
「買いに行ってくる。つもりはここで待っててくれ」
「ありがとう」
私は優誠の後ろ姿を見送りながらも、意識だけは別の方向へ向けていた。
「……夜乃会長が優誠の方に行ったか。まぁ妥当な判断ね。その後ろの方は……やっぱり分からないわ。分かったら分かったで……それは人間やめてるようなものね。ふふふ」
思わず声に出して笑ってしまい、近くにいたカップルが訝しげな視線を私に向けていた。
何処か懐かしいようなその視線。中学時代は毎日そんな蔑んだ目で見られていた。だからどうしても……心地よく感じてしまう。
私は根っから腐りきっている。心が、思考が、行動が――私の中の全てが何もかも腐りきっている。そのせいで常人の思考や行動が私とってはひどくつまらない。
「……」
くだらない事を考えるのはやめにしましょう。
それよりも優誠が帰ってくる前にもうちょっとだけ探りを入れることにする。
見られている――。という事は感じ取ることができる。あとは針の穴に糸を通すように細心の意識をあちらに向けるだけでいい。
「……三人? いや……一人はいなくなった。優誠と夜乃会長のほうに行ったみたいね。いやそれでも……」
三人?
なんで三人なんだろうか。
私と優誠を抜けば浅川、遥香、夜乃会長、恋歌の四人。人数が合わない。一人分多い。
私はスマホを取り出し、手早く優誠の個人メッセージを開く。
「……」
が、そこで手が止まる。
気にしないと言ったのは私だ。ならば気にしないのが筋ってもの。
「とはいえ……」
気になるものは気になる。
「――お待たせ」
そう思っているタイミングで優誠がクレープを二つ持って帰ってきた。
そのうちの一つを私に渡すと、優誠はすぐ隣に腰を下ろす。
優誠が買ってきてくれたクレープは柑橘系の果実やシロップがかかっていた。甘酸っぱい匂いが心を落ち着かせる。
「さすが優誠。私の好み分かってるわね」
「当たり前だ。何年の付き合いだと思ってる」
「かれこれ四年ね。付き合い始めた期間より前まで遡るなら五年かしら? 長いようで短いものね」
はむっとクレープにかぶりつく。
レモンのほどよい酸味が口の中で弾けた。
「この間に本当に色々あったよな」
「どれも二人の思い出ね」
何気なく空を見上げる。
蒼以外何も無い晴天。秋の空は純粋無垢な少女の心のように澄んでいた。
私の心はもう黒に染まっている。黒にどんな色が混ざろうとも黒にしかならない。私の染まった心を塗り替えることはできない。
「決めたわ」
「何を?」
口元についた生クリームをペロリと舐めてから優誠は私を見る。
「今日の夕飯は鍋にしましょう」
「……は?」
「もちろん皆も誘ってね」
ニコリと笑い、片手に持っていたスマホの送信ボタンをタップする。
ブーブーと優誠の方からバイブ音が鳴り、優誠はスマホを取り出した。
「……くっ、ははははっ! なんだよ、もう気づいてることバラしちまったのかよ」
私が送ったのはグルメ。
内容は『みんな暇人ね。今日は私の家で鍋パやるから来なさい』というもの。
「みんな早いわね。さすが暇人」
既読はあっという間に全員分ついた。
同時に見られているという感じが無くなった。
「……散ったみたいだな」
「そうみたいね」
五人分の感じがいっぺんに消えた。
この分だと謎の一人は誰かの知り合いと言ったところだろう。
「これで鍋パまではのんびりと二人で過ごせるな」
「ええ、そうね。最初っからこうしておけばよかったのかもしれないけど」
「まぁいいじゃねーか。残り時間は恋人らしく過ごそうぜ」
優誠が私の腰に手を回した。
軽く抱きしめられるような形になり、ほんの少しだけ体温が上がるのを感じた。
「優誠、愛してるわ」
「ああ。俺も愛してる」
ゆっくりと優誠に口付けをする。
生クリームの甘い味がした。
to be continued
心音です。こんばんは。
鍋パ楽しみですね。次回の話で今後の大部分が出てきます!
それでは次のお話でお会いしましょう!




