第29話『恐怖の始まり』
「――はっ、はっ、はっ……」
俺暗い廊下を走っていた。
何かに追われているのかと言われれば……そうかもしれない。
そもそもこの廊下はこんなにも長かったのだろうか? 感覚すら――だいぶおかしくなっていた。
「――いやぁぁぁぁぁあああああ!!!」
突如夜の校舎に響き渡る悲鳴。
ガシャーン――ッと、何かが砕け散る音がした直後、悲鳴はピタリと止まる。
不自然な程の静寂の中、俺はその場に崩れ落ちた。
ああ、一体どこで間違えてしまったのだろうか。
タッタッタッ――と、後ろの方からこちらに駆けてくる二つの足音。
「お前……隼人、か?」
「反町……」
振り返るとそこには反町が立っていた。
隣には古宮の姿もある。
「……今の声、夜乃会長……だよね」
「……」
古宮の言葉に、俺も、反町も答えない。
月明かりの一切無い夜。校舎を覆い尽くす闇は俺たちの心もろとも黒く塗り潰していた。
「……ハルカ、そろそろ行くね」
そう言って古宮は来た道を戻っていった。
それに続くように黙って反町もこの場から離れていく。
「……」
そう――勝負はまだ、終わっていないのだから。
「……絶対に、勝ってみせる」
俺は二人にバレないように隠し持っていたぬいぐるみを――しっかりと握りしめた。
今、何が起きているのか――。
時は――そう。七時間ほど前まで遡る。
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「――という遊びを考えてみたんだけど、みんなもちろんやるよね?」
あくる日の放課後――いつものように甘狐処に集まった俺たちにA4用紙に印刷されてクリップ留めされている資料を雪原は集まった面々に配った。
「……校内サバイバル肝試し大会――ですか。面白そうですけど、このサバイバルってところがやたら気になりますね」
十堂の疑問はごもっともだった。
が、それ以前に一つ問題がある。
俺は紙を持つ手をカタカタと震わせている――榊先輩に視線を移した。
「――――」
顔面蒼白だった。
そう。基本的に完璧超人な榊先輩だが、たった一つだけ欠点があるのだ。
「……この遊び、夜乃先輩を、殺しに掛かってる……」
古宮がそう言うのも無理もない。
何故なら榊先輩の欠点は――幽霊なのだ。
「――――」
「おーい……つもりちゃーん。先輩の口から魂出てるぞー……」
「じゃあそろそろルール説明するよー」
反町の報告を雪原は華麗にスルーした。
「というより、わたしは夜乃先輩にこんな欠点があることに心底驚いているんですけど……」
「……恋歌ちゃんは、まだ……知らなかったんだね。夜乃先輩が、幽霊とか、そういう……怖いもの、苦手なのは、二、三年なら、皆知ってる」
「へぇ……そうなんですか。覚えておきますね」
……あ、これ絶対に何か企んでるわ。なんかそんな目をしていた。
十堂は雪原と同じで、あまり敵に回してはいけない存在の一人だ。下手に弱点を見せてしまうと、そこにつけ込まれてしまう可能性が非常に高くなる。要するに――今の榊先輩のようなもんだ。
「――――」
「つ、つもりちゃん。マジで反応無いんだけど」
「放置」
パンパンと手を叩き、注目を集める。
気絶している榊先輩を放置して、この企画の説明を始めるのだろう。
俺は微かに湯気の立つ抹茶を一口飲んで話を聞く体勢になる。
「今回の企画だけど、渡した資料に書いてある通り、肝試しね。ただし、ちょっと特殊な感じものだから、それを今から説明していく」
コホンと咳払いをして、雪原は話を続ける。
「肝試しってホラー的なイメージが強いけど、この肝試しはゲーム要素が強い。必要なのは体力、知力、精神力の三つかな」
一つ目と三つ目は何となく理解出来る。要は校内を歩き回る体力と、恐怖を耐え抜く事が出来るか否かの精神力だろう。だが……二つ目はなんだ? 明らかに異彩を放っている上に、肝試しと全く関係がない。冷静に物事を判断する――ということだろうか?
「それで、今回使うのが――これ」
言いながらカバンから取り出したそれを俺たちの前に掲げる。
「……ぬいぐるみ?」
そう。雪原が取り出したのはぬいぐるみだった。しかし――どうもただのぬいぐるみではなさそうだった。
「なんかそのぬいぐるみ……つもりちゃんに似てるな?」
「それに気づくとは反町もなかなかやるね。これは私に似せて作ったぬいぐるみだよ。もちろん皆の分もちゃんとあるからね」
カバンからは反町っぽいぬいぐるみが顔を出してこちらを見ていた。その隣からは犬神家の一族の如く、足だけがひょっこりと生えた誰かのぬいぐるみがある。スカートを履いているから十堂、古宮、榊先輩の中の誰かのものだろう。
下着まで細かく再現されているらしく、薄水色の下着がもろに見えていた。
「……恋歌ちゃんと見た」
「いや、古宮だろ」
「浅川正解。とりあえず、なんで断言できたのかはあえて聞かないことにする」
俺も、前に透けていたのを見たことがあるとは言えない。まぁ、夏だから。の一言で解決できるような気がしなくもないのだが。
「……つもりちゃん、出すか、しまうか、して欲しいな……。なんか、自分の下着を、見られてる感じで、落ち着かない」
「じゃあ説明用に出しておくね」
雪原ぬいぐるみの隣に、古宮ぬいぐるみを並べる。こうして見ると、なかなか出来がいいし、可愛らしい。
市販品みたいに細かく縫い付けられているし、素材も良い物を使っているっぽい。触ってみると分かるが肌触りが凄くいい。
「なんか……浅川に頭撫でられているみたいで落ち着かない」
「あ、悪い」
触っているところがちょうど頭の位置で、雪原は何とも言えない表情をしていた。
俺は雪原ぬいぐるみを元の場所に戻し、話を聞く体勢に移る。
「このぬいぐるみなんだけど、これが肝試しのキーになる感じね。ゲームの内容を簡単に言うと、肝試しを始める前に、一人三十分、自分のぬいぐるみを校舎の何処かに隠す時間が与えられる。ぬいぐるみを隠したら次の人と交代ね。で、全員が隠し終わったら肝試しスタート。この時にもう全員校舎に入っちゃう感じね」
……一人三十分ね。ぬいぐるみだけを隠すならそんなに時間はいらない。多分ここまで長くしたのは――トラップを仕掛けるためだろう。
「校舎に入ったら私たちがやる事をただ一つ。それぞれが隠したぬいぐるみを探し出す」
ニヤリと、雪原は口元を吊り上げる。
ああ……これはよからぬ事を考えている顔だ。
「制限時間は二時間。この間に一つでもいいからぬいぐるみ見つけて、無事校舎の外まで持っていけたらクリア。逆に制限時間内までに見つけることが出来なかった人は強制的に最下位。ちなみに最下位の人には罰ゲームありだから」
「一位の人が最下位の罰ゲームを決める感じですか?」
「そゆこと。はい、じゃあここまでで何か質問はある?」
「はい」
反町が手をあげる。
「バナナはおやつに入りますか」
「遠足じゃないから」
バッサリ切り捨てた。
次似たような事言ったらただじゃおかないオーラがバリバリ出始めた。
「……はい。持ち物の持ち込みは、自由?」
「良い質問。持ち込みは自由。ただし、生命が危険に晒されるようなものは無しね。危ないから」
ナイフとか、爆弾とか。と、雪原は付け加える。
間違ってもそんな凶器持ってくるような人はこの中にいないと思うのだが。
「他に何か――」
「はいっ!!」
バッと手を挙げたのはさっきまで魂が抜けていた榊先輩だった。
随分と気合が入っている。吹っ切れたのだろうか?
「参加しないのはありでしょ――」
「却下」
「うわぁぁぁぁん!!」
撃沈した。
そりゃここまで来て不参加は無理に決まっている。
俺はテーブルに伏せて泣き叫ぶ榊先輩に静かに合掌した。
「他に何か質問はある?」
「二個以上見つけた場合はどうするんですか?」
「放置。もしくはまだ見つけていない人に教えるのもあり。あ、自分で持って校舎から出るのは無しね」
とりあえず、今までの説明を要約するとこうだ。
ぬいぐるみを隠す時間はそれぞれ三十分。全員が隠し終わったら肝試しスタートで制限時間は二時間。持ち物の持ち込みは生命が危険に晒される物以外は何でもオッケー。見つけたぬいぐるみを二個以上所持して校舎から出てはいけない。勝ち負けはぬいぐるみを校舎から出すのが早いか遅いかで決まり、制限時間内に見つけられなかったら強制的に最下位。そして最下位には罰ゲームがある。
こんな感じだろう。
「……」
この肝試し――ぬいぐるみを隠す三十分でどれだけ多くのトラップを作ることができるかが勝ち負けを左右するだろう。あとは――持ち込むモノにもよるか。
「夜の九時に校門前に集合ね。学校の警備システムはその間に切っておいてください、夜乃会長」
「私頼りなの!? 自分でやりなよっ!!」
「出来たらやってます。だいたい警備システムの電源が何処にあるのかすら分からないから」
「あーもう!分かったよ!! 切っておけばいいんでしょ!切っておけば!!」
ゴクゴクと、時間が経って少し渋くなった抹茶を一気に飲み干し、テーブルに空になった器を叩きつける。
店員さんびっくりしたような顔でこちらを見たが、「あ、この人たちか」とでも言うような瞳でにっこりと笑った。
どうやら常連の俺たちは大抵のことは笑って許されるらしい。
「じゃあ一旦解散。九時にまた集合ね」
この時、まだ俺たちは知る由もなかった。
このサバイバル肝試し大会が――恐怖の連鎖の始まりだということに――。
to be continued
どうも心音です。
夏の定番と言えば肝試しですよね。ということで今回の話は肝試し大会をやるというものです。まあただの肝試しではなかったわけですが。
次回をお楽しみにしていてください。




