第28話『人は一人じゃ生きていけない』
特になんの用事もない土曜日。
俺は久しぶりに高台にやってきていた。
数週間ほど前まで満開だった桜の木も、今や完全に葉桜に変わっていた。
新緑の隙間から零れる光は、まだ散ったまま残っているピンク色の絨毯に、キラキラと光る光のイルミネーションを作り上げていた。
蒼い空は何処までも澄み渡っていて、そよそよと吹く風は草花の香りを運んできた。
「……」
いつも通りの場所でのんびりしている俺の左手には缶コーヒー、右手にはスマホが握られている。
街全体を見下ろせる体勢でいるが、見ているのはそんな街並みではなく、スマホの画面だった。
「あいつ……こんなことやっていたのかよ」
画面には結衣に調べてもらった反町のブログのページが表示されていた。
指をスライドさせて気になった記事を一つずつ見ていく。
「お花見のこともちゃんと書いているのか。ていうか……この写真いつの間に撮ったんだよ」
肖像権の都合上、顔は載せていないが服装を見れば誰が誰だか分かる。まぁ、これくらいで責めるような奴はいないからおそらく平気だろう。
しばらくブログを楽しんでから俺はブラウザを閉じた。もちろん、ブックマークは忘れずにしておいた。ご丁寧にブログが更新されたら通知が来るように設定して。
やることもなくなり、街並みをのんびりと眺めていたが、昼過ぎになったということもあって腹が減ってきた。
一度家に帰って簡単に昼飯を食べてしまおうと思い、俺は高台を後にしようと後ろを振り向いた瞬間だった。
「――やっぱり、隼人先輩でしたか」
「十堂か」
ジーンズのショーパンにTシャツ、パーカーというラフな格好の十堂が立っていた。
「よく会うよな」
「わたしもこの高台はお気に入りですからね。暇さえあれば基本的にここで時間を潰していますよ。今みたいに」
相変わらず無表情を貫いている十堂だが、ほんの少し嬉しそうに見えた。
「先輩はこれからお昼ですか? 帰ろうとしていたみたいですし」
出会った時と変わって、結構喋るようになったなと思う。当初は話してくれてはいたが、自分から話を振るようなことは少なかったし、こうして長い会話をするようなことはなかった。
俺たちと出会って十堂は確実に変わった。
「そんな感じだ。十堂はもう昼飯食ったのか?」
「実はまだだったりします。あまりお腹空いてなかったので、運動がてらここまで来た感じです」
「なるほどな。んじゃ待ってるからさっさと腹空かせろ」
「遠回しなデートのお誘いですか?」
「好きに解釈しとけ」
全く、感情が読みづらいと冗談で言っているのか本気で言っているのか判断がつかない。多少は読めるようになったとはいえ、まだまだだ。
俺は十堂に合わせて再び景色を眺める。
変わりない街並みだったが、風が運んでくる香りだけは変わっていた。
風に乗ってサラサラと流れる十堂の髪。街並みを見つめるその横顔はやっぱり無表情だった。
「――先輩」
「ん?」
「ここで、初めて会った日のこと――覚えていますか?」
ここで。を妙に強調した。
どこか裏のありそうな言い方だったが、深く考えることはやめておくことにする。
「もちろん覚えているぞ」
「あれからもう二ヶ月近く経つんですね。時間の流れは早いものです」
「その二ヶ月の間にだいぶ丸くなったよな、十堂は」
「そうですか? まぁ……確かにそうかもしれませんね。これも――先輩と出会えたからだと思いますよ」
ドクン――と、心臓が高鳴った。
「きっと先輩と出会えていなかったら、わたしはこんな風になっていませんでした。誰とも関わらないで、一人きりで生きていたかもしれませんからね」
「なら良かった。人間は一人では生きられない生き物だからな」
「人は弱いですから。もちろん――わたしもです」
十堂は街並みに指を指す。
「見てください。ここから見える人はみんな虫けらのように小さく見えまよね? 手で覆って、握ってしまえば簡単に潰れてしまう」
「何が言いたいんだ?」
十堂の言いたいことがイマイチ理解出来ず、俺は首を傾げる。
視線は街並みを見たまま、十堂は口を開く。
「先輩は一人で生きていけるなら、一人で生きていたいですか?」
「……難しいな。けど、一人で生きていけたら楽だとは思う」
「わたしも同意見です。人間は一人では生きていけない――支えあって生きていく。誰が定めたルールでもない。わたし達が生きていく上で勝手に定められたものです。実際、めんどくさいじゃないですか。なんで人は――一人では生きていけなくなってしまったんでしょうか」
サァァと、俺と十堂の間を風が通り抜ける。
十堂の言葉は風に乗って空高くへと舞い上がっていく。
空に浮かぶ雲は十堂の疑問を並べたように、ポツポツと浮かんでいた。
「――人に頼ることを、覚えてしまったからじゃないか?」
吐き出すように俺は答える。
「……もっともな意見ですね。これ以上にない的確な答えだと思いますよ」
「お褒めに預かり光栄です」
「どこの役人ですか……」
無表情に十堂は笑う。
「……人に頼らないと生きていけないなんて――弱いですね、私たちは」
くるりと十堂は身を翻す。
「――お腹空きました。何処か行きましょう、隼人先輩」
顔だけこちらに向けて十堂はそう言った。
気づけば30分以上経っていた。話に夢中になって腹が減っていたということをすっかり忘れていた。
「何か食いたいものはあるか?」
「そうですね……」
ほんの数秒考え込む素振りを見せてから十堂は口を開く。
「今はパスタな気分です」
「パスタか。確か駅前に美味しいところがあったような気がする」
「あそこですか。確かに美味しいですけど食べ飽きましたね」
「食べ飽きたって……あの店確かパスタの種類って20以上あったような……。全種類制覇してる感じか?」
「無論です」
えっへん。と、十堂は胸を張る。
しかしそうなると――他に何処か美味しい店があったかなと思う。
とりあえず調べてみようとスマホをポケットから取り出した。
「?」
が、その手を十堂が掴んだ。
握られただけで分かる十堂の手の感触。柔らかくて温かい手だった。
「先輩の作るパスタが食べたいです」
「突拍子もないな」
十堂の提案に俺は驚いた。
が、たまにはそれもいいだろうと思い俺は十堂の手を離してスマホをポケットに戻した。
「家に材料無いから買出しからだぞ」
「ええ……マジですか。帰ります」
「おい!?」
「冗談ですよ」
「あ、おい!」
一人で先を歩いてく十堂の背中を俺は慌てて追う。
「お前の冗談はたまに冗談に聞こえないんだよ!!」
「狙ってますからね」
「タチ悪いぞー……」
二人並んで高台を後にする。
桜見丘モールへの道のりは他愛もない話をしているとあっという間だった。
モールの中は冷房が効いていて、外と違って寒いくらいだった。十堂は捲くっていたパーカーの袖を下ろしていた。
「食いたいパスタは?」
「じゃあここは定番中の定番で、ナポリタンをお願いします」
「了解。じゃあまずは野菜からだな」
「ラジャーです」
それから材料を揃え、ついでに日用品を少し買い揃えてから俺たちは家に向かった。
少し遅い昼ご飯になったが、十堂と二人のご飯は中々楽しかった。
to be continued
心音です。
現実は夏が終わったところですが、この小説はようやく夏に入りましたね。
今回は内容には特に触れません。みなさんも考えてみてください。人が生きている意味を。
それではまた次のお話でお会いしましょう




