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恋と約束の交響曲  作者: 心音
夜乃ルート
21/122

第20話『答えのない迷宮』

すっかり夜の帳が降りた帰り道を俺は一人歩いていた。

道端ですれ違うサラリーマン達は皆どこか疲れきっていて、それとは対象的に、俺は何か満たされたような感覚だった。

甘狐処で食べた宇治抹茶パフェが一つの原因だろうが、一番は皆が協力してくれたことが純粋に嬉しかったからだ。

月明かりに照らされた夜道は静かで、鳥や虫の声一つ聞こえない。俺が歩く音だけが規則正しくリズムを刻んでいた。

途中でコンビニに寄って、ツナマヨのおにぎりを二つと適当に手に取った緑茶を買って家に向かう。今日も珍しく雪原の両親が居たからそれぞれ自身の家で食べることになった。自炊するのも面倒だからこうしてコンビニで夜ご飯を買っているというわけだ。


「ただいまー」


家に入ってそう声に出す。

返事がないのは分かりきっているのだが、習慣となってしまっているせいで中々やめることができない。

薄暗い廊下を歩いてリビングに行き灯りを付ける。ずっと暗いところにいたせいか部屋を照らす灯りが妙に眩しく感じた。

制服からTシャツにジャージという引きこもりのような服装に着替えてスマホを手に取る。

グルメの通知を確認してみるとだいぶ溜まっていた。なんの会話をしているのか気になり開いて見ると、まぁ半ば予想していた通り反町が雪原と十堂に弄られていた。


「……」


相当な量の会話をしているが、そこに榊先輩の名前は一つもなかった。


隼人『盛り上がっているな』


試しに会話に参加してみる。

既読はすぐに四つ付いた。そして、遅れてもう一つ付く。会話に参加していないだけで榊先輩もグルメ自体は見ているようだった。


恋『やっと来ましたか、隼人先輩』


いつも通り十堂が真っ先に反応した。


ゆう『おい待て!!お前まで加わったら俺死んじゃう!!』


つも『あははははっ!!死ね!!』


ハル『つもりちゃんのキャラが崩壊してる……。誰か元のつもりちゃんに戻して』


つも『あははははっ!!』


恋『チャット上でこれだともう救いようがないかと思います』


恋『アーメン』


隼人『殺すなよ』


ゆう『つもりちゃんが死ねば俺はもうからかわれずに済む!アーメン!』


画面越しに喜んでいる反町の姿が頭に浮かんだ。そして――


つも『反町。あんた今すぐ学校においで』


ゆう『なぜ』


つも『殺す』


――無残にも散っていった。

こんなにもバカ騒ぎをしているのにやはり榊先輩は参加してこない。既読は付いているから俺が参加したからといっていなくなるわけではないようで少しだけ安心した。

おにぎりのパッケージを開けて一口食べる。

パリッとした海苔の食感のあとにツナマヨの柔らかい味が口いっぱいに広がる。

ツナマヨのおにぎりはどこか懐かしい味がするから好きだ。好きだけど――物寂しく思ってしまう。

寂しさを紛らわせるために緑茶を煽る。ほどよい渋さと冷たさが喉を駆け巡る。

残りのおにぎりも平らげ、その場でゴロンと横になる。仰向けに転がると真上にある灯りをちょくで受けて眩しい。身体を横にして再びスマホの画面をみる。


「……」


楽しそうに進む会話。

この中に榊先輩もいたらもっと楽しい筈なのに――。


「シャワー浴びるか……」


俺はスマホを近くに伸びていた充電器のコードに差し込んで立ち上がる。

ゴミを片付けそのまま浴室に向かった。

服を脱いで浴室の扉を開くと、締め切った空間の生温い空気がぬるりと肌を撫でる。


「しまった……。学校行く時窓開けておくの忘れてた」


窓は小さく鉄格子で囲まれているから開けっ放しにしていても泥棒に入られる心配はない。日中は窓を開けておくで換気をしているのだが、今日はそれをすっかり忘れていた。その代わり今日は小さな虫などに怯えることなくゆっくりとシャワーを浴びられるだろう。窓を開けておくとしょっちゅう虫が迷い込んでくるから。

じめっとまとわりついてきた湿気と汗を洗い流すために早々にシャワーを浴びる。少し冷ためにしたシャワーは何とも言えない心地よさだった。

10分程度でシャワーを済ませ上がり、冷やしておいた緑茶を一気に飲み干した。

濡れた髪を柔らかい石鹸の香りのする真っ白なタオルで拭いていく。


「ふぅ」


あらかた水分を吸い取ったタオルを仕事をしたいとまだかまだかと口を開いている洗濯機に投げ込む。

寝巻きに着替えるてスマホを手に取った。

会話は俺がシャワーを浴びている間に終わってしまっていたようで、会話の最後は「おやすみ」で締めていた。

その中に榊先輩の言葉もあり、心がほんの少しだけ軽くなった。

俺も「おやすみ」と言っておこうと思ったが、今更だなと思い、画面を消した。


「明日……榊先輩に会ってみようか」


ベッドに身を投げ、うつ伏せのまま考える。

すぐに行動を起こすべきか、少しだけ時間を置くか。

どちらを選んでも結局変わらない気もする。

時間が経っても解決しないものは解決しないし、早ければ早いほどいい結果が生まれることもある。

俺と榊先輩に今必要なことはきっと話すことだ。


会話することで分かることもある。


会話しないと分からないことがある。


ずっとうつ伏せでいたせいかお腹の辺りが圧迫されて気持ちが悪い。体勢を変えて俺は目を瞑る。

光から遮断された闇の奥に榊先輩の姿がぼんやりと映し出される。その表情に一切の光はなかった。


プルルルル――ッ!


突然着信音が鳴り響く。

目を開けると眩しい光が容赦なく目を刺してくる。手探りでベッドから降りてスマホを取る。


「……非通知?」


画面には非通知設定と表示されていて誰からの着信だか分からない。

こういうのは無視するのが一番なのだろうが、気づけば俺は通話をタップしていた。

何故だか出なければならないという気持ちになったのだ。


「……もしもし」


スマホを耳に当てると、ザーと、テレビの砂嵐のような音が聞こえていた。耳を澄ませてみると微かに踏み切りの音もした。

相手側から何か言ってくるという事もなく、あまりの気味の悪さに通話を切ろうとしたその時だった。


『こんばんは――隼人』


その声に俺は聞き覚えがあった。


「――お前……結衣だな? なんで俺の電話番号知ってる、教えた記憶はないぞ」


長谷川結衣――今日の昼に知り合った十堂のクラスメイト。


『僕も教えてもらった記憶は無いですよ。だから――勝手に調べさせてもらったよ。今このご時世、パソコンあれば何でも出来るからね』


電話越しに結衣は楽しそうに笑う。

どうやら文明の機器は己の進歩に満足していて、人々の個人情報をしっかりと保護してくれていないらしい。


「――とか言いつつ、実は職員室の生徒名簿から番号盗み見てきたパターンだろ」


『あ、バレました?』


「どっちにしろお前は一体何をしてるんだよ……。そんなことしなくても教えて欲しいのならちゃんと教えるって」


『いや、聞こうとしたんですけど、隼人そそくさと生徒会室行っちゃったじゃないですか。聞くに聞けなかったからこうして――』


「待て」


今変な事を口走らなかったか?

生徒会室に行っちゃった?

なぜその事を結衣が知っている?

いや待て、単に俺の聞き間違えかもしれない。俺は確認を取るために結衣に復唱要求をすることにする。


「悪い。今なんて言った?よく聞き取れなかった」


『いや、聞こうとしたんですけど、隼人そそくさと生徒会室行っちゃったじゃないですか。聞くに聞けなかったからこうして――』


一字一句間違えずに言い切った。

声のアクセントから言葉の区切りまで完璧なまでに復唱してくれたから疑いようがない。


『こうして――の続き、言いますか?』


「いや別にいい。なんとなく想像はついてる。で、お前はなんで俺が生徒会室に行ったことを知っている?」


『後ろからこっそりとついていきました。昔からこういうの得意でバレないんだよね』


「……どこまでついてきていた」


下手したら会話を聞かれてるような気がしてならなかった。


『さあ、どこまでだと思いますか?』


「分からないから聞いてる」


『大丈夫です、生徒会室で何か会話をしていたとしても、僕は何も聞いていないから。さすがの僕も盗み聞きはしないよ』


「そうか」


にわかには信じがたいが、聞かれていないと思っていた方が気が楽だ。

あんな話、ほいほいと聞かせられるものではない。


『ああですけど、放課後に榊夜乃に会ったよ』


「……お前、何が目的なんだ?」


『……』


結衣の考えていることが全く分からない。

それは答えという概念の無い迷宮に迷い込んだように出口が見つからなかった。

長い沈黙の末――結衣は言葉を選ぶように話し始める。


『――目的……ですか。難しい質問、ですね。強いていうなら僕は隼人の幸せを願ってる。だから――その為の道しるべになろうとしてる感じ……かな、きっと』


少し結衣の声のトーンが落ちた。

しかし、幸せを願っているとは、一体どういうことなのだろうか。

それを訊ねるより早く、結衣は言葉を続ける。


『隼人――君は……今の人生に満足していているのかな?』


諭すように結衣は問い掛けてきた。

哀愁の漂うその声に俺は、結衣が真面目な質問をしてきていることに気づく。


「満足してる――とは、言えないだろうな」


だから俺は正直に答えた。

俺は今の人生は楽しいと思ってはいるが、満足などはしていない。

雪原や古宮達と過ごす日常は楽しい。だが、楽しいだけなのだ。

何かが足りない。そして――何が足りないのかは分かっている。分かっているけど、どうしようもないこと。


『そうですか。わかりました。時間が時間だからそろそろ電話切るね。次会った時にでもメッセージ教えて欲しいな』


「構わんよ」


『ありがとうございます。ではまた近いうちに』


「ああ」


ブツン――と、電話が切れる。

結局俺が聞きたいことは聞けずじまいだったが、それを聞くのはまた今度でもいいだろう。

結衣が電話を掛けてきた本当の理由も分からないままだったが今となってはどうでもいいことに思えた。


「――榊先輩……」


今晩は――長い夜になりそうだった。



to be continued

こんばんは、心音です。

なんやかんやで20話目に突入です。

思い返してみるとよく3日置きにきちんとアップ出来てるなと我ながら感心しています。まあ文章が短いというのもあるのでしょうが(笑)

夜乃ルートもそろそろクライマックスです。本当はもっとシナリオがあるのですが、全ヒロインのストーリーを繋げて書いていくので個別ルートをそこまで深くやれないのがあれなんですよね。この作品は恋愛がメインですので、各キャラとちゃんと恋愛させてイチャイチャさせた――ゲフンゲフン。とまあ、そんなわけでちゃんと恋愛するのは最後の一人だけになると思います。後は完結したら個別ルートをもっとしっかりと書いていきたいと思っていますので、これからもよろしくお願いいたします。

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