第12話『午後の生徒会室にて』
「……」
翌日、榊先輩にメッセージで呼び出された俺は昼休みに生徒会室に訪れていた。
雪原達はいつも通り中庭でご飯を食べているであろう。十堂にもメッセージを送っておいたからちゃんと伝わっているはずだ。
二週間に一度くらいはこういう日がある。
生徒会の仕事を手伝って欲しいとか、そういう生徒会関係のことではない。榊先輩と二人で昼ごはんを食べる。それだけのこと。
こんな習慣が始まったのは一年の今頃。そしてそれは榊先輩と初めて出会った時期と同じである。
『……帳?』
『え?』
これが榊先輩と俺との初めての会話だった。
帳――とばり。あの時はこれが人の名前だということには気づかなかった。
榊帳。榊先輩の一つ下の弟らしい。夜乃に帳。二人合わせて夜の帳という単語できるのは親の狙いだろうか。
先輩曰く、俺は弟とそっくりらしいのだ。
そのせいなのか知らないが、榊先輩は俺のことをまるで弟のように扱ってくる時がある。
別に嫌ではない。けど、俺にすることを本物の弟にやってあげればいいのにと思ってしまう。そしてそのことを俺は一度先輩に言ったことがある――。
「――失礼します。すいません、少し遅れました」
ガラッとドアを開けて生徒会室に入る。
「あ!隼人くん!ううん!全然待ってないから平気だよ!」
遅れてきた俺を満面の笑みで出迎えてくれる。俺は笑い返して榊先輩の座る正面の席に座った。
この笑顔を見ることができるのなら弟のことに触れることはしない。
そう。先輩は弟と仲が良くないようだった。弟のことを訊ねた時、それまで笑顔だった先輩の表情が一変した。冬の冷たい海に落とされたかのように暗く冷たい表情になり、蒼い瞳から光が失われた。
誰にだって聞かれたくないことはある。もちろん俺にだって。知らなかったとはいえ、何も考えずに平気で踏み込んでしまったことを俺はその時激しく後悔した。
その日以来、榊先輩と弟さんは上手く付き合えていないと察した俺は弟さんのことについて一切触れないで過ごしてきた。
そして俺はいつの日か思った。榊先輩にとって俺は弟さんの代わりでしかないのかと。けどそれは絶対に口にしない。それこそ今の榊先輩との関係を崩してしまうきっかけになってまうような気がする。
だから結局、現状を維持するのが一番なのだ。悲しい表情の榊先輩は嫌だ。
「……」
悲しい顔と言えば――昨日の帰り際の十堂の表情が頭をよぎった。
俺のあの答えはやはり間違っていたのだろうか。直感で発言したのを今更後悔する。
「あ、あのー……隼人くんどうしたの? なんか顔怖いよ?」
「んー。まぁちょっと昨日いろいろありまして」
「昨日? つもりちゃん達とケンカでもしたの?」
「それはないです。昨日は楽しい時間を過ごしてましたよ」
「じゃあどうして?」
「……」
言うべきなのか、言わないべきなのか。
十堂のことはまず俺と雪原で少しでも解決しておきたい。
でも榊先輩は信用出来る人だ。頭も良いし、きっと俺たちとはまた違う考えを出してくれるに違いない。
「……実は――」
どちらがいいか冷静に判断し、俺は榊先輩に相談してみることに決めた。
俺が話している間、榊先輩は真面目に聞いてくれて、話し終わると「うーむ」と唸った。
「どういうことですかね。やっぱり俺の答えが十堂を悲しませてしまったんでしょうか」
「そうとも言えるし、違うとも言える……かな? 私個人の見解だから何とも言えない。とりあえずご飯を食べながら話そ」
よいしょ――と、隣の席に置いていたカバンに手を伸ばして二つのお弁当箱を取り出し、そのうちの一つを俺は受け取った。
こうして二人きりでご飯を食べる日は榊先輩がお弁当を作ってきてくれるのだ。
「いつもありがとうございます」
「お礼なんていいのいいの。私が作ってあげたいだけだから」
きっと俺に作りたい。ではなく、弟さんに作ってあげたいのだろう。
「お。今日も美味しそうですね」
「ふっふっふ。当たり前だよー!」
得意気に鼻を鳴らす榊先輩。
昨日少し話した通り榊先輩の作る料理はどれも絶品だ。
だが昨日の十堂の料理も実に美味しかった。だからどっちのほうが料理が上手いか聞かれても正直答えることが出来ない。
「さて、話の続きだけど」
榊先輩は黄金色に焼けた玉子焼きパクっと口にほうり込む。
「悲しそうな顔をした理由は、隼人くんが自分で言っていた通りだと思うの。思うんだけど……何がいけなかったのか私にもよく分からない」
「友達。ってのがダメだったんですかね」
「友達でダメなら何ならいいの?親友?それとも恋人?」
思わず苦笑してしまう。
「恋人って……俺たち出会ってからまだ3日ですよ?」
「恋は一瞬。出会ったその瞬間にはもう恋に落ちているってことだってあるんだよ」
「そういうもんなんですか」
しっかりと味付けされた生姜焼きをもぐもぐと食べながら俺は頷き、でも――と、言葉を続ける。
「あの十堂が恋をするってのを考えられないんですけど」
「恋歌ちゃんだって女の子なんだから恋の一つや二つするよ」
「じゃあ先輩もですか?」
ピタリと榊先輩の箸を持つ手が止まる。
「私は……恋はしたくないかな」
「……言ってることが矛盾してますよ?」
先輩の表情に影が差したことに気づいた俺はそれ以上何かを言うのをやめた。
しばらくの間無言でお弁当を食べているとボソッと呟くように榊先輩が口を開いた。
「……隼人くんは、優しいね」
「……」
微かに笑みを浮かべる榊先輩。
俺はそれに答えることはせず、ただ最後まで残しておいた甘い玉子焼きを一口で食べた。
「ご馳走様でした。今日のお弁当もすごく美味しかったですよ、榊先輩」
空になったお弁当箱を自分のカバンに入れようとしたその瞬間、俺は腕を掴まれる。
「――お姉ちゃん」
そう呟き、上目遣いで俺の顔を覗き込む榊先輩。
ほんのりと紅く染まった頬。潤んだ蒼く綺麗な瞳は人を引き付けるものがあった。
「一回だけでいいから……私のこと、お姉ちゃんって呼んでくれないかな」
「それは出来ないってもう何度も言ってる筈ですよ」
「そう、だよね……ごめんね、隼人くん」
俺の腕から手を離して榊先輩は寂しそうに笑った。
「あ、そうだ。恋歌ちゃんのことでちょっと提案があるんだよね」
さっきまでの悲しい顔は何処にいったのか。
榊先輩は先程までと同じ真面目な表情に戻っていた。切り替えの早さは本当に尊敬に値する。
「提案?」
だから俺も普通を装う。
「今週の土曜日か日曜日暇?」
「一応どっちも暇ですよ」
「じゃあみんなでお花見しない? 桜が散っちゃう前に」
「いいですね。じゃあ早速聞いてみましょう」
お花見をするとしたらやはりあの高台だろう。窓から見る限りまだ桜は満開。そんなすぐすぐ散るようなことはないはずだ。
ポケットからスマホを取り出してグルメを開く。
隼人『はい。ちゅーもく』
恋『??』
やはりと言うべきか、十堂が真っ先に反応した。
既読マークが全員分付くのも早い。十堂がみんなに教えたのだろう。でなければこんなに早いはずがない。
つも『どうしたの?』
隼人『榊先輩から遊びの提案だ』
よるの『というわけでー…みんな今週の土曜日か日曜日暇かなー?』
恋『暇ですよ』
ゆう『同じく』
ハル『日曜日なら』
つも『私は土曜日バイト。だから日曜日なら暇』
よるの『じゃあ今週の日曜日、学校からも良く見えるあの高台でお花見をします!』
恋『楽しそうですね』
つも『いいね』
ゆう『おお。行く行く』
ハル『みんなでお花見楽しそう』
どうやら全員賛成のようだ。
まぁこのメンツで暇なときにわざわざと断るようなことをする奴がいないのは明らかだったが。
よるの『私個人、昼じゃなくて夜にしようと思ってるんだけどどうかな? 次の日学校だけど』
先輩の提案は魅力的だ。
何度か行ったことがあるから分かるが、あそこは昼に見るより、夜に見る桜の方が綺麗なのだ。
月という自然のスポットライトが高台に咲き誇る無数の桜の木を美しく照らしあげる。初めて見たとき思わず息を飲んでしまうほどのものだった。
恋『わたしも夜がいいです。あそこの桜は夜が綺麗ですから』
隼人『お。十堂も知ってたのか』
恋『よく行きますからね』
さすが地元民。雪原は知らなかったようだが。
つも『そんなに綺麗なら夜がいいね』
ゆう『俺も』
ハル『ハルカも』
よるの『決まりだね!』
現実のほうで榊先輩は俺に向かってVサインを作る。
流れるようにサクサクと決まるこの流れはいつも通りである。
「時間は何時頃がいい思う?」
「そうですね……。まだこの季節だと日が落ちるのは早いですし、18時半〜19時くらいがちょうどいいんじゃないですか?」
「うんうん。だよねだよね」
「……」
ご機嫌そうに指をスライドさせる先輩を横目で見つつ、俺は再びスマホに視線を落とした。
よるの『時間は19時頃でいいかな?』
恋『妥当ですね。ご飯とかはどうするんですか?』
よるの『その辺はきちんと役割分担しようと思ってるよー』
ハル『お弁当とか作るなら、先輩と恋歌ちゃんが作るのがハルカはいいな』
恋『わたしはいいですよ』
恋『そうなるとわたしがパン系で、夜乃先輩がご飯系って感じでいいですか?』
よるの『いいよー。じゃあお弁当私と恋歌で。他の人はどうする?』
つも『じゃあ私と遥香はお菓子担当で』
ゆう『俺は飲み物』
恋『隼人先輩はどうするんですか?』
お菓子と飲み物の調達係を取られてしまった。となると残っているのは一つしかない。
隼人『場所取りだな』
必要ないとは思うが、何かしら担当しておかないと後々めんどくさい気がする。
何やともあれ、これで役割分担は完了だ。
よるの『うんうん。決まったね』
よるの『じゃあみんな!日曜日忘れないようにね!!』
恋『了解です』
つも『はーい』
ハル『わかりました』
ゆう『了解』
全員の了解が取れたところで俺はスマホをテーブルに置いて、麦茶を一気に煽った。
冷えた麦茶はご飯を食べて少し火照った身体を内側からひんやりと冷やしてくれる。
昼休みも終わりが近づいていて、もう少しだらだらしていたいという気持ちを押し込んで俺は立ち上がった。
「じゃあ先輩。俺はそろそろ教室に戻りますね」
「うん。お疲れ様。今日も付き合ってくれてありがとね」
いえいえ。と、俺は首を振る。
「こんな俺で良ければいつでも付き合いますよ」
「うん。ありがとっ」
榊先輩の笑顔に見送られて俺は生徒会室を後にした。
ドアをしめ、その場に少しの間立ち止まる。
「……弟みたいに扱わないで欲しい。なんて、やっぱり今更言えないよな」
to be continued
夜のお花見かー。いいねー。行きたいですねー。そもそも近くに桜が咲いてるところがないので無理ですけどね!!
さて、今回のお話ですが、夜乃について少し触れましたね。次回はお花見のお話。その次についに個別ルートに入ります。
前振りは分かりにくく出してきましたが、一番深く触れていそうなヒロインのルートに入る予定です。
それでは、失礼します。




