#5
目を開けると、そこには満天の星空があった。
わたしの街を求める「攻撃者」たちが住む世界とは思えないほど、星々の瞬く宇宙はたまらなく綺麗だった。
まだ負けてはいないみたいだ。全身を駆け巡る激痛をこらえながら、わたしは立ち上がった。
目の前には、美咲姉の家だった残骸が残っていた。
わたしは爆発を受けて窓から放り出されたようだった。二階から投げ出されてこの程度のケガで済んでいるのは、奇跡といってもいい。
『……聞こえるか、ことり?』
「ええ、聞こえてるよ」
片方の耳に残っていたイヤホンから流れる声に返事をしながら、わたしは周囲を見渡した。
「攻撃者はどこ?」
わたしの言葉に、「声」は少し沈黙する。相手の位置を調べているんだろう。
『……そこだ、ことり、お前の目の前にある瓦礫の下だよ』
その声に、わたしは視線を動かした。
大きな屋根の瓦礫の下から、小さな手が生えていた。
「……生きてるの?」
わたしの呟きに、「声」は淡々と答えた。
『ああ。寄生対象の義骸が少しでも作動する限り、情報知性体は死なない』
「でも、もう動けない」
『そうだな。ことり、義骸を燃やせ。そうすればお前の勝ちだ』
わたしは周囲を見回す。
月明かりに照らされた街並み。家の車庫に並ぶ車からガソリンを抜き取れば、義骸を燃やせる。
わたしは足を踏み出した。
ただし、街並みの方にではなく。
小さな手だけを覗かせた、「攻撃者」の方へと。
『ことり? お前』
「攻撃者と話がしたいの? できる?」
『……義骸を通じて会話が可能だ。だが』
わたしは耳元の声に構わず、小さな手の前でしゃがみ込んだ。
「わたしの声、聞こえてる? お願い、返事をして」
わたしの言葉に、小さな手が震えた。
「……ああ、聞こえているよ、この街の防衛者」
可愛らしい小さな手には似つかわない、錆びた声が瓦礫の下から聞こえた。
「残念だが、わたしの負けのようだ。後は好きにするがいい」
感情のない声が響き渡る。
全てを諦めたような、空っぽな凍えた声。
その声に、わたしは軽く目を閉じた。
目蓋の裏に、わたしの原稿の束を手にした美咲姉の姿が浮かび上がる。
わたしの耳に、『うん、いいよ、この話』と話す、嬉しそうな美咲姉の声が聞こえる。
美咲姉、わたしのすることを、見守っていてね。
わたしは軽く息を吐き、そして言った。
「あなたに聞きたいことがあるの」
『……勝者たる防衛者よ、何でも聞くがいい』
「あなたたち情報知性体は、人間にも寄生できるの」
『……ああ、可能だ』
「それは、人間一人に、何体できるの?」
その言葉に、瓦礫の下の声はしばらく絶句していた。
「……地球人一人分の構造があれば、我々全てが寄生することが可能だ。しかし」
「支援者、聞こえる?」
わたしはイヤホンの向こうにいるだろう「支援者」に向かって叫んだ。
「わたし、咲守ことりは。『この街の防衛者』たる咲守ことりは、彼ら情報知性体を、この身体に受け入れる準備があります」
『ことり、お前……』
耳に流れ込む声に、わたしは首を横に振った。
「わたしは、この街のみんなを守りたい。だから戦うよ。これからもずっと。だけど、戦わなくていいのなら、助けられるんだったら、わたし、助けたい、助けてあげたいよ」
わたしたちは、同じ人間同士でも争ったりする存在だ。そんなわたしたちが、宇宙から来た、姿形が全く異なる異星人を受け入れるなんて、すぐにはできないかもしれない。
だけど。わたしの心の中で、美咲姉の言葉が浮かび上がる。
『「日本国政府は、あなた方を国民として受け入れる準備がある」って台詞、わたしすごく好きだなあ』
戦わなくすむのなら。
いや、戦ったとしても、受け入れることができるのなら。
大好きだった従姉の望んでいたことを、わたしは叶えてあげたかった。
『……今回の戦いは、「攻撃者」が降参したことで、すでに済んでいる』
イヤホンから、「支援者」の淡々とした声が聞こえてくる。
『だから、ここから先のことは、ルールとは関係ないことだ。俺たちがどうこう言うことじゃない』
「……ありがとう」
『……礼を言われる筋合いもない』
イヤホンの向こうの声が少し上ずったような気がした。
『ことり、義骸の手に触れろ。それだけで、情報知性体はお前の身体に移ることができる』
「それだけ? それだけで全員が移れるの?」
「……支援者の言うとおりだ」
瓦礫の下からも同意の声がした。
わたしは、そっと手を近づけた。
「防衛者よ、本当に、いいのか?」
瓦礫の下から聞こえてくる声に、わたしはちょっと笑ってみせる。
「違うよ」
「?」
「こういう時は、『今後とも、よろしくお願いします』って言うものでしょ? よろしくね、わたしの店子さん」
それだけ言うと、わたしは義骸の手を握る。
次の瞬間、世界は果てしなく白い光に包まれていった――――――。




