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#3

 病院の敷地内を駆け抜けたわたしは、住み慣れた街を走っていく。

 満天の星々が照らし出す世界は、街灯の灯火も家の明かりもなく、ただひたすらに静けさに包み込まれていた。

 私は美咲姉の家を目指しながら、我慢できずに口を開く。

「ねえ、聞こえてるんでしょう?」

『……どうした』

 無愛想な返事に構うことなく、わたしは言葉を続ける。

「街が真っ暗になってる。車も走ってない。誰とも会わない。なんで? どうして街がこんなに静かなの? この街に何が起こっているの?」

『……簡単なことだ。ことり、ここはお前と相手のためだけに用意された「戦場」だからだよ』

 携帯音楽プレーヤーの向こうで、その声は淡々と答えた。

 ―――――「戦場」?

「それって」

『足を止めるな。今捕まったら、お前、死ぬぞ』

 いつの間にか立ち止まっていたわたしは、慌てて駆け出した。

『……ここは「戦場」だ。ここにいるのは、ことり、「防衛者」であるお前と、「攻撃者」であるさっきのあいつ、二人だけだ』

 ノイズ混じりの言葉が続く。

『この「戦場」でのルールはひとつだ。相手を倒すか、降参させろ。それができるまで、お前は元の世界には戻れない』

「倒すって――――」

 先ほどの病院の光景が脳裏に浮かび上がる。

 階下に響き渡る銃声。

 暗闇に光る火花。

 水面に舞い上がった水飛沫。

『まあ、今までに降参したやつなんていないがな』

 それは、つまり。

 住み慣れた住宅街の中をわたしは走る。あの屋根もこの家も、小さい頃からずっと見てきたわたしの街の光景。

 灯りの消えた裕太くんの家を通り過ぎる。

 お母さんが待ってるはずの、自分の家の前を駆け抜けていく。

 裕太くんと手を振ってお別れをした。

 学校に行ってくるねとお母さんに伝えて出かけた。

 今日の出来事が頭に次々と浮かんでは消えていく。どうして、なんでこんなことに。

『ことり、ごめんね』

 美咲姉の涙混じりの声。わたしは通りを走りながら、大声で叫んでいた。

「なんで、どうしてこんなことに? なんでわたしが銃で狙われるの? なんで殺し合いをしなくちゃいけないの!?」

『簡単なことだ』

 わたしの耳元に、再びノイズ混じりの声が流れ込む。

『美咲の後を継いで、お前は「防衛者」になったんだ。世界を「攻撃者」から守る、この星の「防衛者」にな』



『この宇宙には、それこそ無数の星がある』

 今までどおりの淡々とした声がイヤホンから流れてくる。

『そして、同じだけ無数の生物が、この宇宙には存在している。俺やお前のようにな。だが、無数の生物が生きていけるほど、この宇宙には余裕がない』

 地表が数千度にも達する灼熱の惑星。

 個体化した窒素で覆われた極寒の大地。

 そのような環境で生きられる知性体は少ない。

『そんな中で、惑星の寿命も次々と尽きていく』

 膨張する太陽に呑み込まれる故郷の星。巨大隕石の衝突を予測した惑星。

 そうした惑星の人々は、新天地を求めて星々の海に旅立っていくと『彼』は言葉を続けた。

『だが、この宇宙には余裕がない。新天地には先住民がいる』

 だから、戦いが起こる。百三十七億年の宇宙の歴史の中で、数多くの生命体が滅んでいった。新しい住処を手に入れることができずに。宇宙の彼方から飛来した『侵略者』に星を奪われて。

 あるいは、争いの中で、星ごと塵と化して。

「……この戦いも、そうだというの」

『そうだ。ことり、お前たち先住者と、新しい住処を求める者との戦いだ』

「だったら……だったら何で、わたしが戦うの?」

『地球を巡る戦いの、それがルールだからだ』

 ――――――ルール?

『昔、地球もまた他の惑星と同じように、惑星間での戦いを繰り返していた。多くの種族がこの星を訪れ、先住民と戦い、中にはこの惑星に棲みついた者もいる。しかし五億年前、地球を巡る戦いにおいて、惑星を破壊しかねない戦いを、俺たちは禁止することにした』

『この星を巡る戦いに、俺たちはルールを定めた。この星への移住を求める者は、種族から「攻撃者」一人を選び、この星の「防衛者」と戦って勝つこと、とな』

「……どうして、そんなルールを」

『五億年前、俺たちがこの星を調査した時のことだ』

 そのとき、今までの淡々とした口調に、別の何かが混じった。

『その時に分かったんだよ。この星が、宇宙にたった数千個しかない、「封印星」だってことがな』

「封印星?」

『そうだ。この宇宙とあの宇宙とを分ける「くさび」だ。今までに、すでに多くの封印星が星間戦争で破壊されてしまっていた。これ以上封印が弱くなることを防ぐために、俺たちは封印星を巡る戦いについて、ルールを定めることにした。そういうことだ』

 わたしには、イヤホンの向こうにいる『彼』の言葉が、全く理解できなかった。

 五億年前。まだ生物は陸上に上がってきてさえいないはずだ。

 そもそも宇宙人なんて、本やテレビの特番でしか登場しない存在だった。

 それが、人類が登場する前から、星間戦争が行われていて。

 地球が、何かを封印している珍しい惑星で。

 その地球を巡る戦いの代表が、このわたし。

「こんなこと、信じられるわけないじゃない」

 でも。

 病室に鳴り響いた銃声。

 音ひとつないわたしの街。

 そして、光の粒となって現れた、全身血まみれの美咲姉の姿。

『信じる信じないは勝手だ』

 美咲姉の家まで、後わずかだった。

『だがな、この五億年間、みんなが戦ってきたから、お前やこの世界がある。それを忘れるなよ』

「……みんなって、誰?」

『二億五千万年前の頃は、恐竜が多かったな。その後はネズミだ。しばらくして、人類の祖先だ』

 淡々と声は続いた。

『牙で、爪で。斧で、槍で。誰もがな、訳も分からず戦って、そして勝ってきたんだ。美咲も、その前のやつも、その前の前のやつも、急に「防衛者」になって、納得できないまま戦ってきた。そのことだけは、忘れるなよ』

 その声は、淡々と言葉を紡ぐように努めていた。

「……まるで、見てきたみたいね」

 わたしは、荒い息を吐きながら呟いた。

『ああ、見てきたよ。それが「支援者」である俺の役割だからな』

 ぽつりと、イヤホンの向こうからの呟きが聞こえたとき。

 目の前に、美咲姉の家があった。



 合鍵で玄関の扉を開けると、わたしは美咲姉の家に上がり込んだ。いつもの癖で電灯のスイッチに手を伸ばし、この世界には灯りがないことを思い出す。

『美咲の家は灯りがつくぞ』

 耳の奥に流れ込む言葉に、わたしは「え?」と思わず聞き返す。

『ここの家には自家発電の設備があるからな。もっとも、灯りはつけない方がいい。相手にお前の姿が見られる。それよりも、二階の部屋に行け。いつもの部屋だ』

「どうして知ってるの?」

 わたしの疑問に返事はない。わたしは軽く首を振って、二階の美咲姉の部屋へと向かった。

 扉を開けた向こうの光景は、わたしがこの部屋を出て行った時のままだった。

 青白い月の光に照らされた部屋の中央の染みに、わたしは心臓をぎゅっと鷲掴みされたような感覚に襲われた。

『金曜日の夜はだめだからね』

 美咲姉の言葉が蘇る。

「ねえ、美咲姉は金曜日の夜、いつもこんなことをしていたの?」

『……そうだ。五年前からずっとだ』

 それは、美咲姉のスーツ姿を見なくなった頃だった。

『五年前、「防衛者」に初めてなった日、あいつはずっと泣いてたよ。なんでわたしが、こんなことにってな』

 わたしの心に、血で汚れた頬に涙を流す彼女の顔が思い浮かぶ。

『でもな、あいつはすぐに「防衛者」になった。毎週の戦いのために、「戦場」になる街を毎日調べ、武器を調達し、そして淡々と「戦場」に赴くあいつに、俺は訊ねたことがある』

「……何を?」

『どうしてそんなに冷静に戦えるのか、って聞いたんだ。あいつはこう答えたよ。「戦いから戻ればね、従妹の小説や絵が見られるんだ。あの子のいる世界をわたしが守れるなら、こんなこと、何も気にならないわ」ってな』

 わたしの書いた話を読みふける、美咲姉の姿が脳裏に浮かぶ。

『ことりー、この「宇宙人に面談するため、戦闘機に乗り込む総理大臣」っていいよねー』

『ほんと? ふざけてるかなあって思ったんだけど』

 宇宙人が日本に襲来してくる話に、美咲姉は首を横に振って言った。

『ううん、いいよ、この話。宇宙船に乗り込んだ時の、「日本国政府は、あなた方を国民として受け入れる準備がある」って台詞、わたしすごく好きだなあ。うん、すごくいいよ』

 あの時の美咲姉の表情。

 わたしは、何も分かってなかった。

 あの時、美咲姉が戦っていたことを。

 この星を守る『防衛者』として、ひとりぼっちで戦っていたことを。

 わたしの書いた三文小説のように、話し合いで解決できる世界を心から望んでいたことを。

 わたしは悔しくて残念で、涙をぽろぽろと流していた。

『ことり、あまり時間はないぞ。準備をしろ』

「……分かった。やってみせるわ、美咲姉のように」

 わたしは涙を拭った。やってみせる。美咲姉が、わたしを守ってくれたように。

 わたしも守ってみせる。美咲姉が守ってきた世界を。裕太くんやお母さんがいる、大切な世界を。



 わたしは部屋に備え付けられた、美咲姉のクローゼットを開く。

 そこに掛けられているのは、美咲姉にお似合いの大人びた服と、そして、この世界の彼女が身につけていたであろう衣装の数々。わたしは濡れそぼった服を脱いで、防刃ベストを着込み、防弾コートを羽織っていく。『クローゼットの下にある長持みたいなのを開けな』という言葉に従って、わたしは大きな蓋を持ち上げる。

 月明かりの中で黒く光る銃身。

 無造作に放り込まれた、青白く輝く刃。

 あまりに現実感のない光景が目の前に広がる。

『ことり、散弾銃があるだろう。銃身が二つになってるやつだ』耳に流れ込んでくる声に、わたしは淡々と従っていく。

 箱の中から、二連式の散弾銃を取り出す。

 机の引き出しを開け、紙箱に詰められた弾を銃に詰め込んだ。ポケットに入れられるだけ弾を入れた。

『後は、引き出しの中にボタンの付いた小さな箱があるはずだ。それを持っていろ』

 引き出しの奥に置かれていた携帯用音楽プレーヤーよりもっと小さな箱を、わたしはしげしげと眺める。

「……これは何に使うの?」

『その時になったら教える。それまでは間違って押すなよ。後は、窓を開けて銃を構えていろ』

 わたしは窓を開け、銃を置いた。

 銃なんて使ったことがない。

 何かを撃つなんてしたことがない。

 だけど。

 美咲姉のように、わたしも誰かを守れるのなら。

 引き金に手を掛けたまま、わたしはじっと玄関先を見つめていた。

『もうすぐ来るぞ』

「……なんでそんなことが分かるの?」

『お前と相手の位置は、お互いの「支援者」が把握しているのさ。相手もお前が待ち伏せしてることは知ってるよ』

「なのに来るの?」

『みたいだな』

 それだけ言うと、声は黙り込んだ。黙って構えていろということなのだろうと、わたしも口を閉ざす。

 微かなノイズ音だけが世界に満ちている時間が続いた。

『……今からカウントを始める。ゼロになったら撃て。二発撃ったらすぐに弾を詰め替えて撃て。俺が止めろと言うまで繰り返すんだ。いくぞ』

 不意に飛び込んできた声に、わたしの身体が一瞬大きく揺れる。

 大丈夫、大丈夫だ。

『5』

 大きく深呼吸をする。

『4』

 一度目をつぶった。

『3』

 目を開く。青白い世界を、わたしはじっと見つめる。

『2』

 美咲姉、わたし、頑張るから。

『1』

 裕太くん、明日も会いたいな。

『ゼロ』

 家の前に現れた影に向かって、わたしは大きく引き金を絞った。

 大きな音を立て跳ね上がる銃身を慌てて押さえ、わたしは目標に向かって狙いをつける。

 その瞬間、目標が視界に入った。

「な――――――――――」

『ことり、何やってんだ? 撃ち方を止めるな!』

「だって、あれ、あれって―――――」

 叫びながら、わたしの身体は固まってしまっていた。

 わたしの視線の先、美咲姉の家の前で倒れている影。

 それは、人間の、小学校低学年くらいの少女の姿をしていたのだった。

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