★聞き役な彼の心の中 その1
ようやく彼視点
「もういいよ。今度は達彦がアッと驚く妄想披露してやるわ!!」
そう宣言した明花は、目の前の出汁巻き卵を全部口に入れて、店を出て行った。
「くそっ……俺の出汁巻き卵……」
好物だって知っていての所業か? だったら性格悪い。
「すみません、出汁巻き卵ください」
「はい、よろこんで~」
店員にそう声をかけた後、若干の後悔が襲ってきた。あんなに強く言うはずじゃなかった。ましてや喧嘩に発展するなんて思わなかった。
明花の妄想がどこかで聞いたベタな展開であることは、正直言っていつものこと。普段は広い心で聞いていた(もちろん、際どい展開になる前に話を遮ってしまうが)。でも今日のは我慢ならなかった。
理由は妄想相手があの原だったから。あの男の噂はよく耳に入ってくるし、当然誰もが知っている事実だ。女癖が悪く、社内・社外問わず手を出しては捨てているらしい。それでも人当たりの良さと爽やかさで、騙される女性は後を絶たない。明花みたいな危機感のない馬鹿は格好の餌食だ。現にお菓子で釣ろうとしていた。原が明花に声をかけようとしているところを何度邪魔して、牽制してやったことか。そんな男をあいつは優しいだと!?
冗談じゃない! あんなぽっと出の最低男なんかに奪われてたまるもんか。大学時代からあいつに男を近寄らせなかった苦労をこんなところでぶち壊されるわけにはいかない。
そんなことを考えているうちに出汁巻き卵がやって来た。アツアツでふわふわのそれを口に頬張り、ちょっとだけ気持ちが上昇した。そのとき、さっきまで明花が座っていた席に腰かけたのは、もう一人の親友だった。
「あれ、達彦くん一人? 明花は?」
「怒って帰った。優奈、来たのか」
「うん、思ったより早く残業が終わったから。すみません、ビールください」
「はい、よろこんで~」
優奈は箸を取って俺の好物を自分の口に入れた。お前も俺からこいつを奪っていくのか。類は友を呼ぶんだな。
「で、何をして明花を怒らせたの? どんな馬鹿妄想も聞き流す天才の達彦くんが、珍しいわね」
馬鹿妄想って、本人がいないところでは結構毒吐くな、優奈よ。
しぶしぶ理由を口にすれば、ケラケラと笑ってビールを一気飲み。豪快な女だ。
「さっさと明花を自分のものにしないからよ。何年片思いなわけ?」
彼氏の前では猫かぶりであろうこの女には、俺の気持ちはお見通し。いい見世物として面白がられている。かといって協力してくれるわけでもなく、ただ静観しているだけ。
「でもさ、妄想の中でも初めて食事に行って、そのままホテルへ……っていうことするような男だって、頭のどこかでは理解しているんじゃないの?」
「そうだけど、いくら妄想でもそれにホイホイついて行くところが駄目だ。あいつは何もわかっていない」
「それって達彦くんにも原因あると思うけど」
その言葉に眉をひそめる。
「俺が原因?」
「そっ。知らずのうちにナイトに守られているお姫さまには、男女の駆け引きも恋愛のイロハもわからないってこと。明花だっていい大人なんだから、本来なら酸いも甘いも経験しなきゃ。明花が無防備で考えなしなのは、害虫を全部跳ね除けて、あの子をぬるま湯の中に囲っている達彦くんの責任」
二の句が継げない俺に構うことなく、優奈は話を続けた。
「害虫を害虫と認識できないんじゃ、騙されても仕方ないよね。純真無垢で人を疑うことを知らない愚かな明花――――そうなるように仕向けた達彦くんが悪いんだもん。だからこのまま親友の地位に甘んじて余裕ぶっこいていると、大事に、だ~いじに守ってきた明花をどこの誰ともわからないクズみたいな男に、ズタボロにされて捨てられてから後悔しても知らないからね」
グサリと心臓が抉られるような痛みが走った。明花の前とは全く違うこの女の本性は、情け容赦なく毒を吐く。でもその毒は正論で、俺はこの女に口で勝ったためしがない。
明花が虫けらどもにズタボロにされる光景を思い浮かべてゾッとする。
「駄目だ、そんなクズに奪われるぐらいなら……」
「ぐらいなら?」
楽しげな優奈に苦虫を噛みつぶしたような表情になるのは、仕方のないことだよな?
「いい加減、覚悟決めたら?」
最近まで静観して、ただ面白がっていただけのくせに。
「……どういう風の吹き回しだ?」
「んー、達彦くんからかうのも飽きちゃったしー、明花の現実の恋バナ聞きたいしー」
「ということは、協力するんだな?」
「達彦くんの心次第では」
しばらく無言で睨み合っていた。フッと俺は口角を上げた。
「いいだろう。もう親友はやめだ」
「ふふっ、そうこなくっちゃ」
新しいおもちゃを見つけたように嬉しそうな顔をする優奈。せいぜい明花をモノにするためにいい働きしてくれよな。
またしばらくお待たせする……かも




