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受け継がれる平和。

平和な日々が続きます。

【数年後・港町バース】


 港町バースを一望する高台に、匠と華奈の新居はあった。


 爽やかな潮風が吹き抜ける朝――。


 バキィィィィン!


 二人はいつものように木剣を交え、一日の始まりを迎えていた。


「さぁ、朝飯にしよう」

「はい、あなた」


 匠は日に焼けた逞しい身体つきとなり、華奈もまた、勇者だった頃とは違う穏やかな美しさを纏っていた――。


「やっぱ、筋肉つけるなら肉だね!」


 柔らかな光が包み込むダイニングで、華奈お手製のベーコンをパクつく匠――。


「もう、どこかの王様も(ウィラード)言ってたわね(笑)」


 それを幸せそうな顔で眺める華奈。

 二人はもう、戦場を駆けた勇者と総司令ではない。

 どこにでもいる、仲睦まじい若夫婦だった――。


「匠《《社》》《《長》》! 新型魔冷庫の注文が、とんでもないことになっています!」


 甘い空気をぶった切るように、いきなり現れたこの男は、商業ギルドから紹介された若手商人で、名はボラン。

 魚市場への出荷が終わり、そのまま出向いて来たのだ――。


「なんだ、騒々しい。朝飯の最中だぞ!」


「いやだって《《魔》》《《冷》》を早くよこせと、市場でせっつかれたんですよ」


「じゃ、ヨハネに増産の連絡いれるよ」


 匠はバースへ移り住むと、あの島の原住民たちと手を組み、水産会社を設立していた。

 それに、この世界には「チルド」という温度管理の概念が存在しない。


 そこで匠はヨハネと共同で、魔導機関を利用した保冷庫『魔冷』を開発した。


「もう魚屋じゃなくて、設備メーカーじゃない(笑)」


「魚より魔冷庫の方が、売り上げが良いような気がするな……」


 まずは自社の水産業で運用を始めたところ、魚の鮮度が格段に向上し、その評判は瞬く間に港町中へ広がっていった。


 問い合わせに押され、試験販売のつもりで市場へ流した魔冷庫は、予想を遥かに超える注文が殺到していたのだ。


「稼いでね旦那様。来年にはこの子が生まれるのよ」


 華奈は小さく膨らみ始めたお腹を、愛おしそうに撫でる――。


「そうだね。じゃ、行ってくる」


 匠はまだ見ぬ我が子の姿を思い浮かべ、小さく笑った。 


 華奈の頬にキスをすると、ボランと共に家を出た。



 ※※※※※



【フィルモア城・離れ】


「はーい。あーんしてくださーい」


 ラインハルトと結ばれたメアリー。


 新婚時代のように、夫へ食事を食べさせているのかと思いきや――。


「マーマ!」


 小さな男の子が、口を大きく開けて待っていた。


「はいはい、今食べさせますからね〜」


 だが、その前に元気な声が割って入る。


「お母様! 私がエリオットに食べさせる!」


 メアリーによく似た、五歳ほどの愛らしい少女が弟の前へ飛び出した。

名前はキャロライン。


 勿論黒い眼帯はつけていない――。


「ふふっ、じゃあキャロお願いね。お母さんはラルトの朝ご飯を用意するわ」


「はーい!」


 ラインハルトと結ばれ、二人の子どもに恵まれたメアリー。


 かつて忌み嫌われていた魔眼娘は、今では優しい母として、穏やかで幸せな毎日を送っていた――。



 ※※※※※



【十数年後・漆黒の森】


 黒竜の戦闘服に身を包んだ匠が、漆黒の森を駆けていた。


「パパー、左翼は任せて!」


「ああ、頼んだぞ。麗羅」


 元気よく返事をした少女――麗羅レイラは、父・匠と母・華奈の血を受け継ぐ娘だ。


 二人は散々悩んだ末、日本の名でありながら、この世界にも馴染む響きを持つ「麗羅レイラ」という名を授けた。


 母譲りの黒髪を揺らし、父譲りの鋭いシルバーグレイの眼差しで魔獣を見据える。


「さあ、覚悟しなさい!」


 まだ十三歳。普通ならば、親の背中を追いかける年齢だ。


 だが――麗羅は違った。


 匠と華奈、二人の力を受け継いだ少女は、すでに一人の戦士として完成されつつあった。


 レベルは四百を超え、並の騎士では足元にも及ばない――。


「それじゃ麗羅、左翼は任した」


 娘を心配する父親ではなく、一人の戦士として信頼しているからこその言葉だった。


「うん、行く!」


ザシュ――。


一閃。


グレートベアは咆哮を上げたまま数歩歩き、


ズズン――。


巨体が左右に滑るように崩れ落ち、麗羅はすでに剣を鞘へ納めている。


それは華奈譲りの神速剣――。


 魔獣は、自分が斬られたことすら理解できないまま息絶えていた。


「それにしても、この剣はよく切れるわ〜」


 麗羅が手にしているのは、西洋剣の頑強さと日本刀の切れ味を融合させた細身の直剣。


 匠がヨハネへ特注した、麗羅専用の一振りだった。


「さあ、討伐は終わった。次はエリオット王子に挨拶だぞ」


「キャー! イケメン王子を《《ま》》《《た》》負かせますね!」


 母親譲りなのは美貌だけではない。


 戦いになると一直線に突き進む、脳筋姫騎士の性格までしっかり受け継いでいた。


 一方、エリオットも決して弱い王子ではない。

 王立学校で常に上位にいる実力者であり、次期国王として必要な力を磨いている。


 ただ――相手が悪すぎた。


「麗羅……」


 その言葉を聞いた匠は、深いため息をつき頭を抱える。


「転入生としての挨拶だ! 勝負は禁止だぞ」


「ええー、つまんなーい」


 麗羅は頬を膨らませる。


 しかし、バースではすでに手に負えないほど成長してしまった娘を、さらに伸ばすには、フィルモア王立貴族学校という環境が必要だった。


 要するに、来年の入学に向けた、今回の訪問は重要なものなのだ。


「麗羅。ちゃんとしないと、お前のために特命大使になる決断をしたママに怒られるぞ」


「わわわ……それは勘弁だわ〜」


そして二人の会話を聞いていた一人の少年が割って入る。


「姉さん、また王子に勝負を挑むつもりだったの?」


 会話に割って入った少年――玲恩レオン


 匠と華奈の間に生まれた息子であり、その名はかつて匠を導いた魔王レオンから授かったものだった。


 もちろん、ただ名前を受け継いだだけではない。

 父・匠から受け継いだ強さと、母・華奈から受け継いだ才能を秘めている。


「だってあっちから仕掛けて来るんだもん!」


「……姉さん、本当に母さんそっくりだね」


「何よ、その言い方!」


「いや、褒めてるよ。一応」


 呆れたように笑う玲恩。


 そんな二人の姿を見て、匠は小さくため息をついた――。


「……やっぱり、俺一人じゃ手に負えないな」


 かつて世界を救った召喚剣士と召喚勇者の間に生まれた二人の子供たちは、今日も騒がしい日常を送っていた――。

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