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悪意は去る。そして……。

いよいよミラードとの決闘になります。

【フィルモア城・城前広場】


 ガルゥゥゥ――。


 華奈と匠、ウィラードで三方を取り囲み、人狼ミラードの動きを止めていた――。

 だが奴は、わずかな隙を見せれば、周囲の近衛騎士へ襲い掛かろうとする。


「魔王軍は心配するな。これ以上攻め入るなと命じてある」


 ウィラードは一瞬目を見開き、小さく息を吐いた。


「……そういうことか。匠殿は復讐ではなく、暴君を止めに来たのだな」


「ああ、魔王レオンも同じ考えだ」


 ウィラードは暴君を止めるために攻撃していると理解してくれる。残るは目の前に立ちはだかる原因を排除すればいいだけだと、自分に言い聞かせていた。


「匠殿、どこを狙えばいい」


「心臓の左側だ。そこに核がある。貫けば終わる」


「……これは俺の役目だ。任せて貰おう――」


 匠は刀を静かに振り抜く――。


「――空」


 放たれた斬撃が一直線に人狼ミラードへ迫る。


「ギャォォォッ!!」


 人狼ミラードは本能的にその一撃を避けようと、大きく跳び上がった。


 ――その刹那。


「正気に戻ってください、ミラード陛下ぁぁぁ!!」


 ウィラードが地を蹴った!


 全身全霊を込めた豪剣が、宙に浮かぶ人狼ミラードの胸を貫く。


「ギャアアアアァァァ!!」


 刃は寸分違わず、心臓の左にある核を貫いた――。


 ドサリ――。


 核を打ち砕かれた瞬間、ケルベロスの因子は霧散し、人狼ミラードの身体は人の姿へ戻っていく。


 だが――。


「ウガァァァ!」


 瞳に宿る狂気だけは消えていなかった。

 起き上がったミラードは本能のまま、この場で最も力の劣るラインハルトへ襲い掛かった。


「最後まで欲に呑まれたか」


 匠の姿は、すでに消えていた。


 ズバァァァァン!!


 次の瞬間、ミラードの身体は袈裟懸けに断ち切られていた。


「……」


 戦いは終わりを迎え、九死に一生を得たラインハルトが、震える声で頭を下げる。


「ありがとうございます、たく――」


 ズバァッ!


 礼を言い終えるより早く、匠の剣が閃いた。


「なっ!?」


 ラインハルトの首筋へ迫っていた漆黒の使い魔が、真っ二つに裂けて地へ落ちる。


「ミラードの執念が生んだ使い魔だ。危うく君は乗っ取られるところだった」

「わっ、わわわ(汗」


 匠は刀先に突き刺さった漆黒の使い魔を軽く持ち上げて見せた。

 その醜悪な使い魔を目の前にして、ラインハルトは思わず仰け反る。

 すると――。


 ゴワァ!ズン!


 突然ワイバーンが舞い降りた――。


「ダメー、ラインハルト様を殺しちゃだめぇぇぇ」


 村の転移魔法陣が使えなくなったため、ワイバーンで様子を見に来ていたメアリーが飛び降りる。

 ――そしてラインハルトを庇うように両手を広げた。


「んっ? メアリー、何か勘違いしていない?」


「ダメですの! ラインハルト様は誠実な方なので、殺しちゃダメです!」


「いや、狙っていたのはこれだよ」


 匠は刀先に突き刺さった漆黒の使い魔を軽く持ち上げた。


「はっ……!? う、うげぇ……気持ち悪い……。よ、よかった……そうだったのですね」


 誤解はすぐに解けた――。

 だがすぐに疑問が湧く、なぜ必死にラインハルトを庇う必要があったのか――。


「あのな……ラインハルト君は、メアリーの《《大》》《《事》》な人なんだろ」


そして匠はさらりと、誘導尋問を流してみた。

そして――。


「ええ、そうなのです……。けど勘違いでよかった……本当に、よかった……」


 安堵の息を漏らしたメアリーの瞳は潤み、ラインハルトを見つめるその眼差しは、《《恋》》する乙女そのものだった。


「メ、メアリー……久しぶり……けど……みんなの前で、その……肯定は――」


「あっ!……ヒャウ!!」


 ようやく自分が何をしていたのか気づいたメアリーは、耳まで真っ赤に染め――。

一瞬だけ、匠を睨むが、恥ずかしさの余り俯いた。


 近衛騎士たちは微笑ましいものを見るような生暖かい視線を送り、ラインハルトも照れくさそうに頭を掻く。


「青春じゃのう……」


 場違いなほど穏やかな声が響く――。


 いつの間にか城の広場へ姿を現していたパパ・ヤーガだった。邪悪な気配を察知して駆けつけたものの、戦いはすでに決着していたらしい。


「さて、ウィラード。国王代理を立てねばならん。我と華奈がおれば要件は満たせる」


「……私に、その大役が務まるのでしょうか」


「見渡してみい。この場で王国を預けられる男は、お前しかおらん。代理じゃ、気負う必要はない」


「……承知しました」


 ウィラードは静かに頷くと、改めて匠へ向き直る。


「匠殿、こちらは私に任せてほしい」


「ああ。魔王軍は瓦礫の撤去を終え次第、魔人族領へ帰還する」


 こうして、どこか騒々しくも苛烈だったドタバタ劇は、ついに終わりを迎えた――。


 ミラード討伐という使命を果たした魔王軍は、復興作業を終えると静かにバキ・ラカンを後にした。



 ※※※※※



【夕方・フィルモア城・大広間】


「それにしても流石じゃのう。逃げ出した貴族どもの爵位停止を命じるとは……」


 パパ・ヤーガは感心したように頷き、語る。


 ウィラードは城外へ、真っ先に逃げ出した文官や貴族たちに対し、王城への立ち入り禁止と、爵位の一時停止を命じていた。


「王民を守るのが貴族の務めです。それを放棄して我先に逃げた者に、国を預けるわけにはいきません」


 私兵を率いて戦った者ならまだしも、有力貴族の多くは戦場から逃亡した。

 ウィラードは、それだけで統治者としての資格を失ったと判断したのである。


「よい判断じゃ。膿を出すには絶好の機会だからのう」


 満足そうに頷いたパパ・ヤーガは、ふと周囲を見渡した。


「さて、今宵くらいは働いた者たちを労わねばなるまい」


「ええ。ただ……祝宴を開くには少々問題がありまして」


 ウィラードは苦笑する。

 魔導機関が破壊され。後数日は水も湯も使えないのだ。


「今夜は少々むさ苦しい宴になりそうです」


 戦いに参加して近衛騎士たちは、その後の瓦礫の撤去で、汗と土埃にまみれている。


 その言葉を聞いたパパ・ヤーガは横にヒラヒラと手を振り杖を軽く掲げる。


「その程度なら問題ない。わしがおるではないか。──リフレッシング」


 柔らかな風が大広間を吹き抜けた。


 汗も汚れも瞬く間に消え去り、騎士たちは驚いたように自分の身体を見回す。


「おおっ!」


「助かりました!」


 歓声が上がる中、ようやく戦勝を祝う宴の支度が整うのだった。



 ※※※※※



【大広間・慰労会】


 フィルモア城の魔導機関は停止したままで、広間を照らすのは壁際に並ぶ無数の蝋燭だけだった。


 揺らめく炎は石造りの大広間を暖かな光で包み込み、昼間まで死闘が繰り広げられていたとは思えないほど、穏やかな空気を作り出している。


 その上座に座る代理国王ウィラードだけは、落ち着かない様子で何度も周囲を見回していた。


「た、匠殿……まずは紹介をしてもらえるだろうか(汗)」


「彼らは七魔神。魔王レオンに仕える側近たちです」


 会場には七魔神が勢揃いしていた。

 策略を司るフォルカスを除けば、誰もが国を滅ぼしかねない怪物ばかりである。

 なのでウィラードは肝を冷やしていた──。


「皆ありがとう。私はフィルモア国王代理のウィラードだ。よろしく頼む」


 ウィラードの挨拶に応えるように、七魔神は一斉に胸へ手を当て、正式な礼を取った。

 魔族とは思えぬ整然とした所作に、近衛騎士たちは思わず目を見張る──。


「レオンが来てくれれば話はもっと早いんだけどね」


「お、おい匠殿……魔王レオン様と、どんな関係になっているんだ!?」


 あまりにも気軽に話す匠に対して、ウィラードは魔人族領で本当に何があったのか、真剣に聞きたそうだ。

 そして今晩の主人公といえば──。


「イヒィィ、せっかくヒキガエルになる予定でしたのにネェェェ!」


「意地悪アビーは嫌いです!めっちゃ苦労したんだよーだ!」


「イヒヒヒヒ……なんというか、努力した甲斐あって、あのラインハルト君と結ばれましたよネェェェ──」


「ひゃうっ! も、もう! その話は禁止です!」


 真っ赤になって両手をぶんぶん振るメアリーに、大広間は笑いに包まれた。

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