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剣聖クローソー。

本格的な戦いが始まりました。

【ミラードの執務室】


 「ゴーレム部隊は……たった一人の剣士によって壊滅しました」


 脅された司令官の男は、息を切らしながら執務室に現れ戦況を報告する。

 ミラードは慌てる事無く剣呑な目でジロリと睨んだ。


「俺のゴーレムが全滅だと? そいつは人間か、それとも魔人族か」


「若い人間の男です。……しかも、あの無能者です」


「誰だろうが、俺の邪魔をするなど許せん!どうやら奥の手を使う時が来たようだ。ククク……最後に笑うのは俺だ!」


 一瞬信じられないような顔をしたミラードは、ギリリと歯ぎしりをするものの、秘策を信じているのかその表情に悲壮感はない。とは言えこのままでは迫って来るのは確実だ。


 ふんと鼻を鳴らし地下室へと急いだ。


 その時――。


「ミラード陛下。ここは私がお引き受けします」


 澄んだ声とともに、一人の女騎士が現れる。


 派手なサーコートを身にまとい、その腰には一本の長剣。

 纏う空気だけで、一流の剣士と分かる威圧感があった。


 三剣聖の一人――クローソー。


「おお、クローソー! よく来てくれた!」


 エメラルドグリーンの瞳と白銀の髪持つ、若くしてフィルモア南部防衛を任される歴戦の剣士である。


「陛下、お急ぎください。ここから先には誰も通しません」


「いや、それよりも、離れに華奈という女騎士がいる、そいつを捕まえてくれ」


「畏まりました――」


 ミラードは地下室へと急ぎ、クローソーは華奈を捕らえるため離れへ向かった。



 ※※※※※※



【フィルモア城・廊下】


 バキャァァァン!


 ゴーレムを砕く音が城内に響き渡る。

 匠が無双していた時の事だ――。


「この音は間違いない……剣士が戦っているわ!」


 近衛服に着替えた華奈は、戦況を確認するため城内を駆けまわり、斬撃を耳にして立ち止まる。


 「ああ、もう、ここからじゃ見えないよ!間違いなくタクちゃんよ!」


 斬撃の音は反対側から聞こえて来る。


 踵を返した華奈は急いで来た道を戻り始め、匠の姿を探し始めた――。


 だが、華奈を探していたのは彼女だけではなかった。


「貴女が華奈ね。悪いけれど、大人しくしてもらおうかしら」


「誰? 私は誰の指図も受けないわ」


 剣聖クローソーと剣聖華奈——。


 二人の剣士が初めて相対した瞬間、互いの殺気が廊下を満たした。


「剣聖クローソーよ。殺したくないからジッとしてて」


「残念ね、私に勝てると思わないで――」


 ギィン!


 挨拶と言わんばかりに、剣と剣が激突する。


「ふん、大したこと無いわね華奈」


 クローソーが押し返した、その瞬間だった――。


「遅い――」


 華奈の剣が鋭く切り返される。


 バキャァァァン!!


 そこは腐っても剣聖。咄嗟に対応するが、クローソーの剣は大きく弾かれる。


「くっ……!」


 さらに華奈は間髪入れず追撃へ移る。


「行くわよ!」


 ギィン!!


「なっ!」


 剣筋は見えない。華奈の動きを直感だけを頼りに、三撃目を受ける。


 その瞬間、クローソーは完全に悟った――。


(勝てない――強い。強すぎる。私では手に負えない)


 華奈の剣は、一撃ごとに重く、そして速くなっていた。


 自分の動きを完全に見切られ、まるで遊ばれている――。


 そう思わずにはいられなかった。


「ふん。ミラードの犬ね。悪いけど、ここで負けてもらうわ」


 いつの間にか左手に長い筒が握られていた。


 ビィィィィン――!!


 華奈の剣に魔力が迸る――


「魔法剣……!? しまっ――」


 バキャァァァン!!


 アダマンタイトの剣が、クローソーの剣を大きく弾き飛ばした。

 弾かれたその一瞬を逃さず、魔法剣が首元へと迫る。


「くっ……!」


 勝てない——。


 そう判断したクローソーは、ギリギリで躱し、迷うことなく後方へ跳び退く。


「あら、逃げるの?」


「任務は貴女の拘束。達成できない以上、ここで討ち死にする義理はないわ。戦略的撤退よ」


「いいわよ。逃げなさい、ミラードの犬」


 華奈の吐き捨てるような言葉を背に、クローソーは唇をかみしめながら、振り返ることなく廊下の奥へと駆け去った――。



 ※※※※※



【フィルモア城・地下魔法陣】


「ゴッドフリー司教、魔王軍が攻めて来た。マハー・カーリンを今すぐ出せ」


 血相を変えて地下魔法陣へと駆け込んできたミラードは、開口一番、苛立ちを剥き出しにして叫んだ。


「そう申されても、もう少し時間が必要でございます――」


 だが、祭壇の前に佇むゴッドフリー司教は、取り乱す様子もなく静かに首を横に振る。


 ジャキーン!


「貴様、王命に逆らうのか、この場で首を刎ねられたくなければさっさと召喚するのだ!!」


 悠然とした司教の態度に完全にブチ切れたミラードは、剣を抜くと切っ先をゴッドフリーの喉元へと突きつける。


「ヒッ!どうか落ち着いてください。魔王を打ち倒すほどの力を得る手段なら、他にございますよ」


「……なんだと?」


「私に秘術をお任せいただければ、凄まじき力を授けることが可能です」


 それは苦し紛れの方便だった。


 ゴッドフリーはルシファー復活の暁には、ミラードごと始末するつもりでいる。

 その力を授ける秘術とは――魔物召喚に用いる魂融合の禁術に過ぎなかった――。


 そんな嘘を見抜けぬ強欲で疑い深いミラードは、思いがけない提案を口にする。


「フン……ならば形勢逆転を図るまでだ。その力、そこにいる近衛騎士に与えろ! 最強の兵として魔王軍を迎え撃たせる!」


(……ククク、どこまでも浅知恵な男よ)


 ゴッドフリーは心の中で冷笑した。都合が良い。自ら実験台の代わりを差し出してくれるというのなら、遠慮する必要などなかった――。


「お望みのままに。では、祭壇へお進みください」


 ゴッドフリーはミラードと近衛騎士を祭壇へと案内すると、静かに両手を掲げ、不吉な詠唱を始めた。


「汝の魂は獣の檻となり、汝の肉は獣の糧となる。混じり合い、今ここに現出せよ――ポゼッション・ビースト」


 魔法陣の赤黒い光が天井まで噴き上がる。禍々しい魔力が地下の空間を満たした。


「さあ……始まります」


 ゴッドフリーは近衛騎士に向けていた魔法の杖を、ミラードの方に変えた。

 すると、禍々しい紫色の魔力が放たれ、一瞬で包み込んだ。


「ぐっ……!? な、何だこれは!? ぐあああああぁぁぁぁ!!」


 魔力に包まれ激痛に見舞われたミラードが悲鳴を上げた。

 術の対象は近衛騎士ではなく、最初からミラード自身に向けられていたのだ。


「ぐ、あ……ガハッ!? ゴッ、ドフリー……貴様、何を……っ!」


「ククク……愚かなミラード様。あなたのような欲深き肉体こそ、最高の依り代なのですよ」


 暗黒の魔力がミラードの全身を駆け巡り、咆哮とともに現れた魔獣ケルベロスの影が、彼の肉体へと無理やりねじ込まれていく。


 バキッ――。


 骨という骨が軋みを上げる。


 ボコッ、ボコッ――。


 筋肉が異様に膨れ上がり、皮膚を突き破るように禍々しい黒毛が全身を覆っていく。

 護衛の近衛騎士は剣に手を置くが、恐怖で身体が強張り、立ち竦んでいた。


「ア……ガ……ギザぁぁぁぁぁッ!!」


 紫色の魔力は完全に肉体へと吸収され、そこに立っていたのは、もはやフィルモア国王ミラードではない。


 魔獣ケルベロスと融合した、理性なき異形の人狼――。


「グルルルル……ガァァァァァッ!!」


 人としての言葉を失った咆哮だけが、地下神殿に虚しく木霊した。



 ※※※※※



【フィルモア城・城前広場】


「はぁ……なんなの、あの小娘。滅茶苦茶強いじゃないの。あのまま続けたら殺されていたわ」


 華奈との数合の打ち合いだけで実力差を悟ったクローソーは、瓦礫が散乱する城前広場を苛立たしげに歩いていた。


 その時だった。


「よう。誰が強いって?」


「――っ!?」


 聞き覚えのない男の声。反射的に振り向こうとした瞬間、首筋に冷たい感触が走る。


 それは刀だった――。


「小娘って……華奈のことか」


「……いつの間に背後を!?」


 歴戦の剣聖である自分が気配すら感じられなかった。

 背筋を冷たい汗が伝った――。


 匠は静かに刀を下ろし、一歩だけ距離を取った――。


「来い」


 その一言が、剣士としての矜持を刺激した。


「舐めるなぁっ!!」


 クローソーは裂帛の気合とともに踏み込み、必殺の一撃を放つ。


 だが――


 カンッ。


 乾いた音が一つ。


「……え?」


 手応えがなく、振り抜いた剣の先には誰もいない。

 匠の姿は、すでに視界から消えていた――。


 次の瞬間——。


 バキィィィィン!!


 愛剣は根元から真っ二つに折れ飛んだ。


「そんな……馬鹿な……」


 何が起きたのか理解できない。


 見えなかった――。匠は刀を振り抜いた形跡すらなく、目の前に立っているだけだった。


「実力差だ」


 その一言を最後に、匠は柄頭でクローソーの鳩尾を軽く打つ。


 ドサッ。


 剣聖クローソーは、そのまま意識を失う。

 気絶したクローソーを見下ろした匠は、興味を失ったように背を向ける。


「アビー、後は任せた。」


「うひぃぃぃ♡ 尋問のお時間ですねぇぇぇ」


 こうして敗北した剣聖クローソーは、アビルゲイに担がれ魔王軍本体へと消えていった――。



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