第57話 「新しい始まり」
三日後、王都リベルナ
祝賀会が終わり、六人は王都に戻った。
街は、平和に戻っていた。
闇の王が消えて、魔物の活動も収まった。
人々は、笑顔を取り戻していた。
六人は、『銀の月亭』の部屋にいた。
久しぶりの静寂。
戦いが終わって、ようやく休める。
でも、あかねの心は落ち着かなかった。
決断しなければならない。
日本に帰るか、この世界に残るか。
あかねは、窓の外を見た。
青い空。
白い雲。
平和な景色。
この世界も、好きになった。
でも、日本も恋しい。
お母さんに、会いたい。
どうすればいいんだろう。
その時、ノックの音がした。
「どうぞ」
扉が開き、セリアが入ってきた。
「あかね、話せる?」
「うん」
セリアが、あかねの隣に座った。
しばらく、二人は黙っていた。
やがて、セリアが口を開いた。
「あかね、もう決めた?」
「日本に帰るか、残るか」
「まだ……」
あかねが首を振った。
「迷ってるの」
「そう……」
セリアが微笑んだ。
「でも、私は知ってるわ」
「あかねの答え」
「え?」
「あかね、あなたは日本に帰るべきよ」
セリアが、あかねの手を握った。
「お母さんが、待ってる」
「あなたの居場所は、日本よ」
「でも、みんなと別れたくない……」
「私たちも、あかねと別れたくない」
セリアが涙を流した。
「でも、それが正しいって分かってる」
「あなたには、帰る場所がある」
「それは、素晴らしいことよ」
「セリア……」
「それに」
セリアが微笑んだ。
「別れるわけじゃない」
「心は、いつも繋がってる」
「『銀の絆』は、永遠よ」
「距離なんて、関係ない」
「うん……」
あかねが、涙を流した。
「ありがとう、セリア」
「私、決めた」
「日本に帰る」
「そう」
セリアが、あかねを抱きしめた。
「良い決断よ」
その夜
六人は、『王冠亭』に集まった。
最後の晩餐。
あかねが、みんなに伝えた。
「みんな、聞いて」
あかねが立ち上がった。
「私、日本に帰ることにしたの」
リーナ、エルミナ、トム、ダリウスが、静かに頷いた。
みんな、既に知っていたようだった。
「そっか……」
リーナが涙を拭いた。
「寂しくなるわね」
「でも、それが正しいって分かってる」
エルミナも微笑んだ。
「あかねには、お母さんがいる」
「家族のもとへ、帰るべきよ」
「でも、俺たちのことも忘れないでくれよ」
トムが言った。
「忘れるわけないでしょ」
あかねが笑った。
「みんなは、私の家族よ」
「日本に帰っても、ずっと忘れない」
「ずっと、心の中にいる」
「俺たちも同じだ」
ダリウスが言った。
「あかねは、永遠に『銀の絆』の一員だ」
六人は、グラスを掲げた。
「『銀の絆』、万歳!」
全員が、叫んだ。
そして、夜遅くまで語り合った。
思い出話。
グレートベア、ドラゴン、戦争、封印の旅、闇の王。
全ての冒険を、振り返った。
笑って、泣いて、抱き合って。
最後の夜を、大切に過ごした。
翌朝
あかねは、エルヴィン院長を訪ねた。
転移魔法で、エルデン大陸へ。
魔法学院の院長室。
エルヴィン院長と凛が、待っていた。
「あかねさん、決めたのですね」
院長が微笑んだ。
「はい」
あかねが頷いた。
「日本に帰ります」
「そうですか」
凛が、複雑な表情で言った。
「寂しくなりますね」
「でも、正しい選択です」
「凛さん……」
「私も、かつて同じ選択を迫られました」
凛が続けた。
「日本に帰るか、この世界に残るか」
「私は、残ることを選びました」
「でも、時々後悔します」
「お母さんに、会いたいって」
「だから、あかねさんには同じ後悔をしてほしくない」
「帰りなさい」
「お母さんに、会いなさい」
「そして、幸せになりなさい」
「ありがとうございます」
あかねが、凛を抱きしめた。
「では、帰還の儀式を始めましょう」
エルヴィン院長が、大きな魔法陣を描いた。
部屋の中央に。
「この魔法陣に立ってください」
あかねが、魔法陣の中央に立った。
紋章が、光り始めた。
「紋章の力を、解放してください」
あかねは、紋章に意識を集中させた。
紋章が、激しく光った。
そして、声が聞こえた。
『汝、よくぞ闇の王を倒せり』
紋章の声だ。
『汝の役目、終わりたり』
『元の世界へ、帰るがよい』
『されど、忘れるな』
『汝と仲間の絆、永遠なり』
『いつか、再び会えん』
光が、あかねを包んだ。
まばゆい光。
世界が、白く染まった。
日本、あかねの部屋
あかねが目を覚ますと、見慣れた天井があった。
自分の部屋。
日本の、自分の部屋。
あかねは、起き上がった。
時計を見ると、午前七時。
カレンダーを見ると――
異世界に行った、その日の翌日だった。
まるで、一晩しか経っていないかのように。
「時間が……戻ってる?」
あかねが驚いた。
その時、階下から声が聞こえた。
「あかね、朝ごはんよ」
お母さんの声。
あかねは、涙が溢れた。
「お母さん……」
あかねは、階下へ駆け下りた。
リビングに、お母さんがいた。
「あかね、どうしたの? 泣いて」
「お母さん!」
あかねが、お母さんを抱きしめた。
「会いたかった……」
「あかね……?」
お母さんが、困惑していた。
「昨日、会ったばかりじゃない」
「どうしたの?」
「何でもないの……」
あかねが微笑んだ。
「ただ、お母さんに会えて嬉しいの」
「そう……」
お母さんが、あかねを抱きしめ返した。
温かい。
お母さんの温もり。
久しぶりだった。
いや、この世界では一日しか経っていない。
でも、あかねにとっては半年ぶりだった。
数日後
あかねは、普通の生活に戻った。
学校へ行き、友達と話し、勉強した。
全てが、懐かしかった。
でも、時々思い出す。
異世界での冒険。
セリア、リーナ、エルミナ、トム、ダリウス。
五人の仲間。
みんな、元気にしてるかな。
あかねは、左手首を見た。
紋章は、まだあった。
でも、もう光らない。
役目を終えた紋章。
でも、これは絆の証。
『銀の絆』の証。
永遠に、消えない。
ある夜
あかねは、部屋で日記を書いていた。
異世界での出来事を、全て記録していた。
忘れないために。
大切な思い出を、残すために。
その時、紋章が温かくなった。
あかねは、驚いた。
紋章が、微かに光っている。
そして――
窓の外に、光が現れた。
虹色の光。
光の中から、人影が見えた。
五人。
セリア、リーナ、エルミナ、トム、ダリウス。
幻影だ。
でも、確かに見える。
「みんな……」
あかねが、窓を開けた。
五人が、微笑んでいた。
そして、声が聞こえた。
『あかね、元気?』
セリアの声だ。
『私たちも、元気よ』
『こっちの世界は、平和になったわ』
『魔物も減って、人々も笑顔を取り戻してる』
『全部、あなたのおかげよ』
『ありがとう、あかね』
「こちらこそ、ありがとう……」
あかねが涙を流した。
『私たちは、いつもあなたと一緒よ』
リーナの声。
『距離なんて、関係ない』
『心は、繋がってる』
「うん……」
『いつか、また会えるわ』
エルミナの声。
『その日まで、お互い頑張りましょう』
「うん」
『元気でな、あかね』
トムの声。
『また会おう』
ダリウスの声。
光が、徐々に消えていった。
五人の姿も、消えていった。
でも、あかねは笑っていた。
寂しくない。
みんなは、いつも心の中にいる。
『銀の絆』は、永遠だから。
一年後
あかねは、高校二年生になった。
普通の生活を送っていた。
でも、時々異世界のことを思い出す。
そして、いつか仲間に会える日を信じていた。
ある日、あかねは公園を散歩していた。
桜が、綺麗に咲いていた。
春の陽気。
平和な日常。
その時――
前方から、一人の女性が歩いてきた。
黒い髪、東洋風の服装。
凛だった。
「凛さん!」
あかねが駆け寄った。
「あかねさん!」
凛も微笑んだ。
二人は、抱き合った。
「どうして、ここに!」
「一時帰国です」
凛が説明した。
「日本にも、まだ家族がいるので」
「そうだったんですね」
「それに、あなたに会いたかったんです」
凛が続けた。
「あなたが、元気にしてるか確かめたくて」
「ありがとうございます」
二人は、公園のベンチに座った。
そして、近況を話し合った。
あかねの学校生活。
凛のエルデン大陸での生活。
そして、『銀の絆』のこと。
「みんな、元気ですよ」
凛が微笑んだ。
「セリアさんは、旅に出ました」
「世界中を見て回っているそうです」
「リーナさんは、孤児院で先生をしています」
「子供たちに、弓を教えています」
「エルミナさんは、魔法学校を作りました」
「たくさんの生徒が集まっています」
「トムさんとダリウスさんは、ギルドで働いています」
「新人冒険者の指導をしているそうです」
「そうなんですね……」
あかねが微笑んだ。
「みんな、夢を叶えてるんですね」
「ええ。みんな、幸せそうです」
「でも、時々あなたのことを話しています」
「あかねは元気かな、って」
「私も、みんなのこと考えてます」
あかねが言った。
「毎日、思い出してます」
「そうですか」
凛が、小さな箱を取り出した。
「これ、みんなからです」
箱の中には、六つの物が入っていた。
セリアからの手紙。
リーナが作った小さな弓の模型。
エルミナの魔法の本。
トムとダリウスからの写真。
そして、六人全員が映っている集合写真。
あかねは、涙が止まらなかった。
「みんな……」
「大切にしてください」
「はい」
あかねが、箱を抱きしめた。
それから
あかねは、凛から連絡先をもらった。
時々、メールで近況を報告し合った。
そして、年に一度、日本で会った。
凛を通じて、『銀の絆』のみんなの様子を聞いた。
みんな、それぞれの道を歩んでいた。
でも、絆は変わらなかった。
あかねも、自分の道を歩んだ。
高校を卒業し、大学へ進んだ。
医学部に入った。
異世界で学んだ医学知識を、もっと深めたかった。
そして、いつか医者になりたかった。
人々を救う仕事。
それが、あかねの新しい夢だった。
異世界での経験が、あかねを変えた。
弱かった自分が、強くなった。
臆病だった自分が、勇敢になった。
全ては、仲間のおかげだった。
『銀の絆』のおかげだった。
現在
あかねは、大学四年生になった。
医学部で、一生懸命勉強している。
将来は、救急医になりたいと思っている。
一人でも多くの命を救いたい。
それが、あかねの使命だと感じている。
ある日、あかねは病院で実習をしていた。
救急患者が運ばれてきた。
交通事故の被害者。
重傷だった。
あかねは、指導医と共に治療に当たった。
必死に、命を救おうとした。
そして――
成功した。
患者の命を、救えた。
「よくやった」
指導医が言った。
「君には、才能がある」
「ありがとうございます」
あかねが微笑んだ。
その時、左手首が温かくなった。
紋章だ。
まだ、そこにある。
絆の証。
あかねは、紋章を見た。
あの春、掲示板に自分の番号がないと知った時、私の世界は死んだのだと思っていた。
けれど、エルドランドで泥にまみれ、必死に誰かの手を握り続けたあの日々が教えてくれた。
あの挫折も、あの孤独も、すべてはこの瞬間に繋がっていたのだと。
遠回りをしたけれど、私はようやく、私自身の「命」を肯定することができた。
そして、心の中で呟いた。
「みんな、見てる?」
「私、頑張ってるよ」
「みんなみたいに、人を助けてるよ」
紋章が、微かに光った。
まるで、答えているかのように。
あかねは、微笑んだ。
そうだ。
みんなは、いつも見ている。
心の中で、応援してくれている。
あの踏切の向こう側で出会った日々があったから、今の私がある。
離れていても、私たちは一つの絆で結ばれている。
『銀の絆』は、永遠だ。
距離も時間も、関係ない。
いつか、また会える。
その日まで、お互い頑張ろう。
あかねは、前を向いた。
新しい患者が、運ばれてきた。
あかねは、すぐに駆け寄った。
命を救うために。
人々を助けるために。
それが、あかねの使命だから。
選ばれし者として。
いや、一人の人間として。
あかねは、これからも戦い続ける。
病気と、怪我と、死と。
そして、多くの命を救っていく。
仲間と共に歩んだ道を、誇りに思いながら。
『銀の絆』の一員として。
あかねの新しい冒険は、続いていく。
この世界で。
人々を救う冒険が。
そして、いつの日か――
もう一度、異世界の仲間たちと再会する日を信じて。
あかねは、前へ進み続ける。
希望を胸に。
絆を心に。
永遠に。
(本編 完:エピローグにつづく)
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