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第19話 とある執事の観察記録



「さて、みんな……ごきげんよう。今宵(こよい)もまた、この夜叉姫(やしゃひめ)様による深淵(しんえん)なる配信の時間がやってきたのだよ——」


 夜叉姫様の挨拶により、本日の配信が始まる。


「昨日に引き続いて、今日も『天上の神楽隊ヘヴンズ・オーケストラ』と『御剣(みつるぎ)姉妹(仮)』の二つのチームがゲスト参加してくれるからね。よろしくね。

 さて……今日はこの〈精霊ダン・中層深域・第二区〉——通称、〝浮遊列島〟ゾーンを攻略していくよ。

 じゃあまず、この浮遊列島ゾーンについて……お嬢様くん、説明をお願いしてもいいかな?」

「お任せあれ、ですわ!」


 話を振られた神楽(かぐら)お嬢様が、嬉々として説明していく——その内容を聞きながら、自分でもこの〝浮遊列島〟についての概要を再確認していく。


 精霊の迷宮スピリット・ダンジョン、中層深域、第二区——通称、「浮遊列島」。

 ここはその通称通り、大小様々な浮遊する島々で構成された区域(エリア)である。


 最大の特徴としては……この区域(エリア)は、見渡す限りの大空が広がるばかりで——遥かな下方を見下ろしてみても——()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 その代わりとばかりに、足場となる浮遊島が無数に配置されている。


 これら浮遊島の中には——その場から動かないものもあれば、一定の経路にそって移動し続けているものや、探索者が足を踏み入れて仕掛け(ギミック)を作動させることで初めて動き出すものがある。

 なので、下に落ちないように注意しつつ、そういった〝動く浮遊島〟を経由しながら先に進むのが、この〈第二区〉の進み方となる。


「——さて、この〈第二区〉の特徴といたしましては、いま申し上げた通りと言いますか、もはや見ての通りなのですけれど……実はもう一つ、この〝浮遊列島〟という区域(エリア)を語る上では、忘れてはならない、とても重要な要素があるのですわ。

 それこそが、この〈第二区〉の全域に渡って効果が発揮されている、とある『領域効果(フィールドエフェクト)』の存在なんですの」


 この〈第二区〉には、その全域に渡って、かなり強力な【上昇負荷(ロードステイ)】の『領域効果(フィールドエフェクト)』が発生している。

 この領域効果により……ここでは、地面からわずかでも離れた瞬間から——すなわち、空中にいる状態では——まったく上方向に昇ることが出来なくなる。


「——そうそう……だからさ、一面の大空で下には本当に何も無いのに、島から落ちたら復帰がほぼほぼ不可能になるんだよね、ここは。

 なのでまあ、落ちないように気をつけながら進むようにね。

 まあ、百聞は一見にしかず、習うより慣れろ——ともいうし……

 ごちゃごちゃ言うよりも、まずはさっそく行ってみようか」


 そう言う夜叉姫様を先頭に、一行はいよいよ〈第二区〉へと足を踏み入れていく。



 〈第一区〉の終わり——すなわち、雪山が連なる山脈の終端、その(ふもと)から今しばらく進んで行った先に……壮大なる断崖絶壁と、そこから伸びる一本の道がある。

 その道の先から始まるのが、この〈第二区〉——〝浮遊列島〟区域(エリア)であり……まずは最初の浮遊島に向かい、一向は進む。


 断崖絶壁から伸びる(くだ)りの石階段……その先にある円形の広場が、最初の浮遊島であり——中央部にある出っ張り(スイッチ)を、夜叉姫様が足で踏み押したことで、階段と繋がっていた部分が離れていき……もはや何とも接続せずに宙を進むようになったことで、これにて本当の意味で浮遊島になった。


 少しずつ高度を下げながら、前方へと進んでいく浮遊島……

 そんな神秘的な光景を、()()()()()()()自動撮影機器(ドローンカメラ)からの映像で見ている視聴者(リスナー)たちは、すでに盛り上がっているようである。

 しかし中には、目ざとく〝そのこと〟に気がついた者もいたようだが……


〈ニートの無職ん:おい、ここってもうすでに、さっき言ってた「空を飛べない領域効果」ってのが発揮されてんじゃないのか? ……で? なんでドローンは普通に上にも飛んでんだよ??〉


「ん? ドローン? ああね、いやぁ……ドローンは特別に、自由に飛べるようにしてあるよ。だって、そうじゃないと、照面鏡(ホロスク)の一人称視点映像とかしか出せなくなって……せっかくの大パノラマ映像の魅力が半減しちゃうからね。

 てか、ちゃんと説明聞いてた? ここの領域効果は、『空を飛べない効果』じゃなくて、『空中を上に行けない効果』だからね。飛行自体は可能なんだよ。ただ、上に行けないというだけでね……」


 そんな質問にも、夜叉姫様はばっさりと切り捨ててしまうばかりか、追加で補足も入れている。

 ——そう、「空を飛べない効果」ではない。【飛行禁止(ノーフライト)】の効果まであったら、それこそ、この浮遊島すら存在することができなくなってしまう。

 そんな、迷宮(ダンジョン)の地形ですら縛られる制約を……しかし無視してしまっている存在(ドローン)というのは、確かに異質である。


 視聴者の疑問を呼び水として、そのことについて事前に話された時の記憶が思い起こされる————


 今日の配信を始める前に行われた、軽い打ち合わせ……そこでは、撮影方法についての話も行われていた。

 そこで夜叉姫様は、当然のように——領域効果で飛ばせなくなる撮影機器(ドローン)も飛ばせるようにすると言ったばかりか……さらには、自力で出来ない者については、手を貸すつもりでもある、とも言っていた。

 そして事実、自力で領域効果を()()する(すべ)を持たないソラス様(の撮影機器(ドローン))については、夜叉姫様の手によって【上昇負荷(ロードステイ)】の領域効果を〝無効化〟されることで、自由な飛行が可能となっている。

 ——ソラス様だけでなく、本来はお嬢様たちですら、自力で領域効果に対抗する(すべ)を持たないのであるが……そこは、このじいやが手を貸すことになった。

 夜叉姫様の手を(わずら)わせるわけにはいきませんので——などと、お嬢様に対しては、(みずか)らが手を貸す理由としてそう申し上げたが……本当の理由としては、いまだに得体の知れない夜叉姫様を警戒してのことであった。


 ——領域効果は領域効果で相殺できる……すなわち、〝領域結界〟を使えるならば、領域効果すらを無効化することが出来る。


 〝特級〟探索者であるお嬢様たちですら、いまだに成し得ない超高等技術である〝領域結界技〟を……しかし、夜叉姫様はもちろん、御剣(みつるぎ)姉妹のお二人も、当然のように使ってみせていた。

 しかしそれも……夜叉姫様に関しては、ソラウ様の分まで手を貸したからこそ、領域結界を使っていると(わか)ったのであり……彼女自身の撮影機器(ドローン)に関しては、いまだに「何をどうやって領域効果を無効化しているのか」が、このじいやの目を持ってしても推し量ることが出来ていないという——その事実には、大いに警戒心を刺激されずにはいられない。


 ——もはや疑いようがない……夜叉姫様が持つ、圧倒的なまでの秘匿能力……

 ——それに加えて、このじいやの正体(ギフト)を一目で見抜くほどの、ずば抜けた看破能力までもを合わせ持つ、規格外の実力者……夜叉姫様。


 夜叉姫様について(わか)っていることは、まさにそれのみ。

 このじいやですら、何も解らない——それほどの実力者である、ということ。

 事前の調査では何も分からず、(じか)に対面しても、やはり何も分からない。

 ——特務の()()斑鳩(いかるが)が、「(夜叉姫については——実力も能力も)何も(わか)らなかった」と報告していたと知らされた時には、それほどの存在なのかと驚かされたものだが……まさかそれが、「下手に情報を広めるわけにはいかないほどの実力者だから」という建前ですらなく、純然たる「ただの事実」だったというのには……今回こうして夜叉姫様に会い、(おのれ)の目で理解していなければ、到底信じられぬところである。

 しかし事実として、そうであるのだから……認める他ない。


 夜叉姫様は、このじいやはもちろん——あるいは、あの斑鳩すらを超えるほどの——究極的な実力者なのである、と……。


 実力が正確に測れないのだから、自分よりも強いとは限らない——なんて、(たわ)けた妄言を(のたま)うつもりはない。

 実力が——それこそ、正確にはおろか、一切合切まるで測れていない時点で、相手が自分より弱いなどということはありえない。

 相手が自分よりも弱いならば、いかに秘匿しようとも、その強さを測ることができる。

 自分と同程度の実力者で、秘匿に特に秀でるとなれば……さすがに正確には分からずとも、しかして同格であるという予想くらいは、それでもつくものである。

 それなのに……実力の片鱗すら察することが出来ぬとあれば——それはひとえに、相手がこちらよりも数段上の実力を持つことの証左に他ならない。


 ……やはり、人間ではないのかも知れぬ——

 そんな考えすら浮かぶが、それもあながち妄言と切って捨てられないことは、他でもない自分が一番よく理解している。


 【吸血鬼】の天恵(ギフト)を持つ(おのれ)であるからこそ……知っている。

 なにせ、この身は一度たりとも……迷宮(ダンジョン)不死種(アンデッド)魔物(モンスター)に同族と看做(みな)されて、攻撃を受けないだなどという——そんな経験をしたことは無いのだから。


 人間では無いならば……魔人か。

 それは真っ先に考えたが……答えはやはり、不明。

 可能性はあるが——現時点では、そう決めつけられるほどの証拠は揃っていない。

 であれば……軽々(けいけい)に判断するべきではない。

 最優先すべきは、お嬢様の安全であり、他のすべては二の次だ。

 彼女の正体が何者であろうと……今のところは、良き同業者でしかない以上——ともすれば敵対行動と取られかねない——余計な詮索などは控えるべきである。


 なぜ迷宮(ダンジョン)にそこまで詳しいのか……それもまた、気にならないと言えば嘘になるが、しかしそもそも、無闇に探索者の秘密を探るのは御法度である——というのは、広く知られている暗黙の了解なのだから……天上院の執事たるもの、礼を失した行いをするべきではないと、今一度、(おのれ)を律する。


「えーっと……実は今回、この〈第二区〉は普通に攻略していくんじゃなくて、ちょっと寄り道しようと思ってるんだよね。

 さて、どこに寄り道するのか……その答えを、もう言っちゃうとね——なんと! それはまさかの、あの〝天空城〟なのだ!」


 そう言った夜叉姫様が指差す先——見上げる遥かな上空には、分厚い雲の奥に、巨大な城が乗った特大の浮遊島が存在していた。


 まさに……あの城——〝天空城〟についても、そう。

 この〈第二区〉にお嬢様が挑むとなっては、もちろんのこと、事前調査を念入りに行なわないわけにはいかない。

 であるからにして、あの〝天空城〟についても当然、調べられる限りのことは把握していた。

 たとえそれが——上空の彼方にて、かすかに見えるばかりで……到達する手段など皆目検討もつかず、長年謎のままだったという——これまた、何も分からないことが分かっただけであったとしても。


 しかし夜叉姫様は、配信直前の事前打ち合わせにて、今回の目的は他でもない、その〝天空城〟であると話していた。

 なおかつ、自分はかの天空城に行く方法についても、すでに知っているのだとも。


「あー、説明がメンドイから、簡単に言うとね……あの天空城に行くには、ここより一つ前の〈中層中域〉で、四体のエリアボスを全部倒す必要があるのさ。

 あそこで——女王を含めた——四体のエリアボスをすべて倒して、その魔石を階層転移陣の台座にセットすることで……とある〝隠し階層〟にいけるようになるんだよね。

 んで、その隠し階層を探索したら、あの天空城へ行くためのキーアイテムが出てくるんだけれど——

 それがまあ、これなんだよね」


 そう言って夜叉姫様は、何やら意味ありげな遺物(レリック)を取り出してみせる。


 すでにいくつかの浮遊島を乗り継いで、ある程度まで進んできたこの場所にあったのは——石が円弧(アーチ)状につまれて、さながら(ゲート)か何かのように見えなくもない遺構(ギミック)であり……

 彼女はその門のそばにあった(くぼ)みへと、その遺物(レリック)()め込んでみせた。


 すると……

 門の先へと続くように、透明な階段が現れて——それはそのまま、遥かな上空にある〝天空城〟の元へと向かって伸びていっているのだった。


〈ニートの無職ん:まーた事前に用意してたんかいw まったく、準備のいいことで……笑〉


〈探索兵長:なんという……っ! あの天空城って、本当に行くことが出来たんですね……!? 長らくヒントすら見つかっていなかったので、もはや「あれはただの背景である」という説が最有力視されるようになっているほどだったのですが……〉


〈やが灰のファンである:行けるようになったのはいいんですけれど……透明な階段を、あんな高いところまでひたすら登っていくのも、それはそれで苦行ってか……普通に危険が危ないですよね??〉


地上の視聴隊グランド・オーディエンス:お嬢様やギラちの楽しそうな顔ときたら……やっぱり、こういうところは、ちゃんと探索者ですのね(ニッコリ)〉


 迷宮探索は、なにも戦闘力だけが必要とされるわけではない。

 いくら強くても、迷宮を探索する場合は、強さ以外の部分が問われることもある。

 戦闘力とは異なる、探索力とでも呼ぶべきそれ……これに関しても、夜叉姫様は他とは一線を画している。

 強さだけでは、決して到達できない場所に……彼女は文字通り、到達することができるのだ。


 ——それこそ、領域効果を相殺して、あの城まで飛行して行ったとしても……おそらく、到達することは出来ないのだろう。

 ——迷宮(ダンジョン)の中には、そういう風に……正規の手段ではないやり方で無理やり進んだ場合には、決して辿り着けない場所というものがある。

 ——それが迷宮(ダンジョン)構造(ルール)……それに従わない強さが必要なこともあれば、従うことでしか得られない成果もまた、ある。


「ん、まあ……せっかく出現させたとはいえ、これをえっちらおっちら登っていくのは面倒だから——ここは久々に、アレを使おうかなって思うんだけれどね」

「アレ、っていうのは……アレですか?」

「そうそう——ぴょんと跳んで、パッと現れる、あの——場面転換ジャンプさ」


〈ツッコミ番長:いや、それで行けるなら……なんでわざわざ階段出したん?笑〉


 それはもちろん、その必要があるからだ。

 たとえ、転移ですら——おそらくは、例の階段を出してからでないと、あの場所には到達できない……ということなのだろう。


「えー何? 使わない階段を、わざわざ出すなって〜? そう言いたいワケぇ? も〜いいじゃんねー、そんくらい……別にぃ」


〈アンチ太郎:登っていくところを見るのを楽しみにしていたヤツだっているかもしれないんだから、期待だけさせるようなことするなよ〉


「うわ……アン太のくせに正論やめてよ、反論できないじゃん……」


〈ニートの無職ん:アンチに正論で(さと)されてて草〉


〈流浪の探索者:え、じゃあマジで、階段出さなくても転移——じゃ、なくて、場面転換ジャンプで行けたん? ワイはてっきり、そこまでは必要な手順だからやってるのかと……〉


「まあ、下見の時にすでに行ってるから——改めて階段出さなくても、別にいいっちゃいいんだけどさぁ……でも、せっかくなら出しておこうかなって、思っただけだけれど……だからといって、さすがにこれ全部は登ってる時間がもったいないから、そこはもう飛ばしちゃうしかないかなってゆうさ…………」

「あ、あの……でしたら、やっさん。少しだけ——途中までは、ちょっと登ってみて、そこから後はスキップしては……どうですか?」

「っ……さすがソラ、ナイスアイデア! それでいこう! それならいいよね?! ね!」

「え、ええ、いいと思いますわ」

「んーアタシもさんせ〜。どうせならちょっと登ってみたかったし、それでいこ〜!」


 そういうことになり——透明な階段をゾロゾロと登っていく皆様に(配信には映らないように、姿を隠したまま)ついていきながらも……


 ——なんと……階段、出さなくてもいけるんですか、そうですか……

 ——いやはや……まったくもって本当に、計り知れないお方ですな……夜叉姫様。


 しみじみと、そう思うじいやなのであった……。


 

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