第18話 ⑭——「オフレコトークは、秘密の香り……!」
煌びやかなまでに豪勢な大浴場を貸し切りでいただいて、心身共にリフレッシュしてから、これまたいつ見ても雅で豪華な談話室に戻ってきた私は——お嬢様の粋な計らいにより——これ以上ないほどスムーズに歓談の輪に迎え入れられて……そうして、しばしの間、お喋りに興じていた。
そうやって、しばらく話したところで——私も戻って全員そろったことだし、探索中は腹ごしらえも大事なので——続きは軽く食事をしながらにいたしましょう、ということになり……
お次にやってきたのは——落ち着いた雰囲気だけれど、よく見たらやはり高級感に溢れた調度品が揃っている食堂だった。
あらかじめ用意されていたのか——食堂に着いた私たちを出迎えてくれたのは……テーブルの上に所狭しと並んでいる、美味しそうな料理の数々だった。
「皆様の好みを事前にお訊きしておりませんでしたので、ひとまずはこうして、無難に一通り揃えてみましたのですけれど……お口に合うものが見つかれば幸いですわ」
なんて謙遜した風に宣うお嬢様だったけれど……私の目(と鼻)は、すでに料理に釘付けだった。
——私だけではなく、みんななんて、もうさっさと好物の元に突っ込んでいってしまっている……
——さっきはああ言っていたけれど……私の配信でもよく出てくるからか、みんなの好みについてはバッチリ把握されていたみたいで……案の定というか、デザートコーナーには、みんなの好物スイーツ(それも、一目見て分かるくらいに、かなりの高級品)たちが、しっかりと用意されているのだった。
視界を満たし、鼻腔に香る、この暴力的なまでの美食の誘惑を前にしては……一庶民の私なんかでは、とてもとても……太刀打ちなんて出来るワケがない……
大浴場で疲れは取れたとはいえ、それがかえって、疲労で麻痺していた空腹感を呼び起こすことになったようで……
盛大にお腹が空いていることを自覚した私は、もはや抗うことはできず——こんな豪勢な美食を頂ける機会なんて、この先あるか分からないのだから、今を逃すべからず! という貧乏性が発揮されたのも相まって——食事よりも歓談の続きを優先する他のメンバーをよそに、交わされる会話には耳を傾けるばかりで、口の方はひたすらに食事に費やしていくのだった。
無言で食べまくる私をいい意味で放置して、食事は軽くつまむ程度の他のみんなは、食べるよりもむしろ話すために口を開いていた。
そこで交わされる会話の内容は、やはりというかダンジョンや探索者に関わるものばかりであり……私としてもすごく興味深かったので、脳を美食に支配されつつも、かろうじて残った理性を総動員して聞き耳を立てておくのだった。
「——いやぁ……それにしても、こんなに豪華な食堂まであるなんて、さすがはお嬢様くんだねぇ」
「だよね〜、てかマジでー、今が探索中だってことを、普通にうっかり忘れちゃいそーだよ、アタシゃ……」
「それな〜、マジこの馬車さすがに快適すぎぬ? あーしここに住めるべ?」
「アタシも〜、今日からここに住みた〜い。え、てかマジで、さっきから食ってるこれ、何か分からんけどウマすぎ——え、ていうかさ、ここにあるの全部が出来立ての料理やし……え、何、もしかしてシェフまでいる? なんでもアリか?」
「おほほ、さすがにシェフ本人は、ここにはいませんわ。ですが……これらのお料理は、今朝早くからうちのシェフたちが作ってくれたものを、そのまま作りたての状態で専用の〝魔法の鞄〟に入れておいたものですのよ」
「はぁぇ〜作りたてで、ねぇ……じゃあ、最低でも〝星冠〟以上のバックがいるじゃんね。てか、この量だと、普通にそれ専用のバックがいるんじゃねー……?」
「んー、お弁当にしては豪華すぎるっすねぇ……」
「本当に、ダンジョン探索の休憩中とは思えないくらいに、至れり尽くせりな環境だよ、ここは——」
モグモグ……
——いや確かに……普通はダンジョン探索中の休憩って、もっと色々と大変なんだよねぇ……そもそも安全に気を配らないとだから、あまり気を休めることも出来ないし……食べ物だって、温かい食事なんてわざわざ作らないし、トイレを我慢するために水すら必要最低限しか飲まないからなぁ……
——でも今は、セバス様のテイモンが馬車を護衛してくれてるから、中でゆっくり休めるし……食事なんてご覧の通り、一流レストランもびっくりな美食の祭典だし……この快優邸には、トイレはもちろん大浴場すらあるんだから、その辺まるで気にせず寛げるんだけれどね……
パクパク……
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「——改めて思うけど、今回はヴンオケのみんながゲスト参加してくれることになって、本当に良かったよ……ソラの成長を助けてくれる先生役として、キミたち以上の適任はいなかったと、今なら断言できるね」
「——っ!」
「夜叉姫様……ありがとう存じますわ。そう言っていただけますと、私といたしましても、あまりにも唐突にコラボ配信に参加させていただくなんて不躾を働いたことにも、一応の面目が立つというものですわ」
「いやいや、こちらこそ『ありがとう』と言わせてもらわないとだからね……キミたちがいたからこそ、ソラの『テイマーの実力』と『リーダーの実力』を鍛えられる目処が立ったのは間違いないし。実際のところ、これに関しては——テイマーには詳しくないし、ずっとソロだったボクには、どうやっても教えられない部分だったから……」
「っ……、……っ!」
「夜叉姫様は、本当にソラ様のことを、よくよくお考えになっていらっしゃるのですね……それって、とっても素晴らしいですわ。
それから——ソラ様。ええ、ええ……私、ちゃあんと解っておりますことよ。目は口ほどに物を言うということですわ。貴女からの感謝のお気持ち、しかと受け取りましたから……どうぞ落ち着いてくださいまし」
んぐ、んぐ……っ!
——なんてこと……! この場の皆さんに、一番に感謝するべきは私なのに……! それなのにっ、口の中に食べ物が詰まってて、必要なタイミングで「ありがとう」の一言も言えないだなんて……! なんという恩知らず、もはや末代までの恥……っ!
——だというのに、お嬢様の神対応ときたら……口を開かずとも、こちらの言いたいことを察して受け止めてくださるだなんて……あなたが神ですか、そうですか……一生推させていただきます……!
なむ、なむ……
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「——ということは……神楽お嬢様もアタシとおんなじで、自分の天恵を使いまくっていたら、気づいた頃には、すでに『覚醒三功』もほとんど習得できていた、ってクチなんだ?」
「ええ、そうですわ。光刃様の【光刃剣】同様、私の【豪華絢爛】も、能力を使用することが、そのまま魔功術の——中でも【魔功装色】を会得するための修練になっていたのだと……そのことに私、〝覚醒〟してから改めて気がつかされたのですわ」
「なるほどねぇ……確かに、アタシの【光刃剣】も、鍛えて成長していくたびに、特定の効果を宿す新たな〝色〟の光刃を使えるようになるって感じのヤツだったからさー。
お陰さまで——魔功術も基本を習得してからは、あとはほとんど、天恵しか鍛えてなかったんだけどぉ——アタシが〝覚醒〟した時には、もう最初から普通に色々と使えたんよね。それこそ、【魔功装色】とかは特にね」
「私もですわ。【豪華絢爛】のお陰で、魔力を放出して操るですとか、魔力の色を変える——なんてことには、すっかり慣れておりましたから……いよいよ覚醒してからは、本当にあっさりと『覚醒三功』を修めることができたんですの。
それで……私、悟ったんですの。一見すると、まったくの無駄としか思えないような努力でも、ずっと続けていれば、将来的には、こうして思いもよらない形で実を結ぶこともあるのだから……何が正解で何が間違いかだなんて、最後の結果が出るまで誰にも判らないのだと。
だからこそ……何が正しいかは、自分の意志で決めるべきなのだと——
だって私、最初から信じていましたもの。周りからはなんと言われようと、私の【豪華絢爛】は、素晴らしい天恵なんだと……
そうしたら——結果はまさに、信じた通りになったのですわ。たった一人でも大合奏を再現できて、その上で、『覚醒三功』まであっさりと習得できるだなんて……これほどの当たり能力は他に無いと、今の私なら自信を持って言うことができますもの!」
「ふふっ、そっかそっか……そう言われると確かに、お嬢にこれほど相応しい天恵は他に無いってアタシも思うよ……
なんせ、アタシの天恵はさ、自分で言うのもなんだけど、ぶっちゃけ最初からクソ強かったし……だけど、お嬢の天恵は、そうじゃなかったワケで——
それでも、結果的に、こうして才能を花開かせることが出来たのは……それはやっぱり、お嬢が最後まで絶対に諦めなかったからこその結果だもんね。
いやいや……マジで尊敬ですわ。まあでも、一つだけ——音楽の才能ゼロな一般人として言わせてもらうけどー……普通のヤツは、どんなに鍛錬したとしても、それでオーケストラは演奏できねーかんね!?」
むぐっ、もぐっ……!
——激しく同意……! 【豪華絢爛】は、神楽お嬢様が、何があっても決して諦めずに自分の可能性を信じ抜くことが出来るという〝黄金の精神〟を持つ神楽お嬢様だったからこそ、万人が認める最高の天恵として開花したんだよ……! これには私も、全力で首振り同意する所存ですっ……!
コクコクコク……!
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「——それで言うなら、お嬢様くんは、音楽の才能も素晴らしいけれど、ネーミングセンスも素晴らしいとボクは思うのよね。
それこそ、〝魔功術〟っていうアレとかは、まさにそうだし……それから、『覚醒三功』や、【魔功装色】っていうのとかも、判りやすくていいと思う。
アレかな、こういうのって、他にも色々と名前付けてるのかな? 魔功装色の、それぞれの色ごとの名前とか……あるいは、〝覚醒〟のさらに先の、最終段階で覚える——ボクは単に、〝三奥義〟って呼んでいるんだけれど——あれら三つの能力についても、『なんちゃらさんこう』って感じの呼び方とか、あるのかな?」
「「「ッ——!?」」」
「——ッ!? …………え、ええ、そうですわね……その、一応は、魔功装色の色別の呼び名というのも、考えてみたこともないわけではありませんわ」
「へぇ、それって、例えばどんな?」
「そう、ですわね……例えば、銀色の魔力の場合は、【白銀破魔】と呼んだりですとか……あとは、金色なら【黄金闘気】——といったところでしょうか」
「なるほどねぇ〜……! いやぁ、やっぱりお嬢様くんのセンス、好きだなぁボク。なんかしっくりくるもん。
そうそう——銀色っていうと確かに、魔力を打ち消す〝能力無効化〟の効果だから、〝破魔〟なんだね……いいねぇ。そして、黄金闘気は——もう普通に、めっちゃカッコいいよねぇ」
「……夜叉姫様、改めまして、一つ、お願いを聞いていただいてもよろしいでしょうか」
「ん? なにー?」
「いえ、その……私、魔功術の〝覚醒〟よりさらに先があるという話は、噂でしか聞いたことがなかったものですから……もしも、夜叉姫様がお許しくださるのであれば、もう少しだけ、詳しいお話をお伺いしてみたいな、と……」
「え、そうなの? あれ、でも……ん、じゃあ、あの時に言ってたのは、また別の能力だったっていうこと?」
「? あの時、といいますと……?」
「あ、えっと……配信中に、ソラに能力を一つ一つ挙げさせていた時に、なんか他にもあるって感じのことを言ってなかったっけ?」
「ん……ああ、そのことですのね。確かに、言っていましたわ。ただ、あれは……」
そこでなぜか、お嬢様は——相変わらず無言で食事しつつも、興味深く話を聞いていた——私の方を向いて、しばし思い悩むような表情をする。
しかし、ややあって口を開いて……
「……いえ、その、あれは……あの時に私が思い浮かべていたのは、実はその……〝悪果〟のことだったのですわ」
「——あ、ちなみにそれ、アタシも同じく。あ、あと、アタシも魔功術の奥義とかいうのは知らなかったから、できれば教えてほしい……かも、です、はい」
「〝悪果〟——って……ああ、なるほど。魔人が使う能力ね。あー、確かに。言われてみれば、それもあったねぇ……」
「ええ……〝魔人〟や〝堕天〟といった情報は、現状は知る人ぞ知る秘密ですし、いたずらに公にしてはいけない類いの、いわゆる機密事項ですから……あの時は、配信中でしたし、大きな声で語るのは控えさせていただいたのですわ」
むぐ、もぐ……?
——んん……? メギド? まじん? だてん……?? 一体何の話をしているの……?
——解らない……けれど、それでも判るのは、この話が、何やらオフレコにしなければいけないような、普通じゃないヤバい話だということだ……
…………ごくり。
「それで、夜叉姫様。そもそもは、私が紛らわしい言い方をして誤解させてしまったせいで——私がすでに知っているものと思ったからこそ、先ほどは話してしまったというのであれば、例の魔功術の〝奥義〟の話は、聞かなかったことにさせていただきますけれども……」
「ああ、いや、気にしないでよ。確かにボクが勘違いしてたみたいだけれど、元から別に秘密にするつもりはないからさ」
「そう、なんですの? いえその、夜叉姫様といえば、秘密主義なお方という印象だったものですから……私てっきり、これも秘密と言われるものかと……」
「ふふ、ミステリアスか……んー、いや、件の奥義はさ、どんな能力を発現するのかは個人差があるというか……たぶん、人それぞれ、まったく異なる能力になるはずだから……それこそ、ボクが発現させた奥義の詳細を訊かれるというわけでもなければ——それぞれの奥義の概要を話すくらいなら、全然、普通に答えるよ。そもそも、ボクが秘密にするのは、自分の素性や能力に関することくらいだからね」
「なるほど……でしたら、ここは一つ、是非ともご教授願いますわ」
「アタシもアタシも! 教えて教えて! 夜叉姫ちゃん!」
「ふふ、いいよ……それじゃあ、話してあげようじゃないの。魔功術の行き着く先——その最果てにて、たどり着いたる頂……すべてを超越する、究極の〝奥義〟についてを……っ!」
そう言って——何やら盛大に前置きしてから……やっさんは魔功術の〝最終奥義〟について、仰々しくもノリノリで語り始めるのであった。




