第18話 ⑬——「天上院プレゼンツ、極上の大浴場と〝おもてなし〟!」
「——さて、着いたね。それじゃ、ひとまずはここまでにして、一度しっかり休憩するとしようか」
そう言って立ち止まった——やっさんの背中越しに見えたのは……一面に凍った水面が広がる、全容が把握できないほどに巨大な氷湖だった。
慣れない雪道を歩き通してヘトヘトだった私は、息も絶え絶えのまま、なんとか頷くことしか出来なかったけれど……
息一つ乱していない他のコラボメンバーたちは、実際ピンピンしたまま、思い思いの反応を見せていた。
「ふむ、景観もよろしいことですし、休憩するにはうってつけの場所ですわね」
「うはー、これはなんて立派な天然のスケートリンク……めっちゃ滑りてぇギラ」
「うー、ねぇねぇ、早よぉ馬車ん中に戻ろ〜よ〜、寒ぃんよここ〜」
「でっけ〜湖! アレしたら楽しそ〜ぢゃん! あのアレ、穴掘ってから釣竿垂らして魚釣るやつ!」
「え、釣竿を? 釣り糸じゃなくて——? ああいや、じゃなくて……ソラ、大丈夫? 疲れたでしょ、さっそく休みなよ」
「は、はぃ……そうしましょう」
氷湖の手前にある小高い丘の上——そこには途中帰還用の転移陣があったのだけれど……
その付近一帯は、どうやら安全地帯に近い性質があるらしいので……〝快優邸〟をその辺りに駐留させ、その中でしばらくゆっくりと休むことになった。
暖かく安全な室内に入ったことで、私は一気に力が抜けて、思わずその場にへたり込みそうになってしまう……
〈MS管理人R:クッタクタのやが灰と、ピンピンしてる他メンバーの対比で、本来の実力の差が如実に現れてる光景やなぁ……笑〉
〈やが灰のファンである:ソラちゃんお疲れっ! マジで厳しい雪道を必死に歩いて探索してる姿には、オレっちも胸を打たれたよ……!〉
〈地上の視聴隊:ソラ様もさすがにお疲れの様子ですから、しばらくは休憩時間ですわね。となると、配信の方も一時休止されるのかしら〉
「ふむ……夜叉姫様、休憩中の配信はいかがいたしましょうか。今日は長丁場ですし、視聴者の皆様にも途中で休憩していただくという意味でも、いったん配信を止めてしまうという選択肢もありますわ」
「あー、アタシはそれ賛成。いやー、初めての配信で、ぶっちゃけちょっち疲れたわ〜。体はピンピンしてるけど、なんつーか、気疲れというかー……ずっと見られてるのには、まだ慣れないんよねぇ……」
「ん、そうね……それなら、この休憩中は配信切っとこうか」
「ええ、そういたしましょう」
というわけで、休憩中は配信もいったん停止することになった。
——私はもう慣れたけど、確かに慣れないうちは、休憩中も見られてると思うとなかなか気が休まらないよね。
——それに、今回は確かに、朝早くから夕方遅くまでの長丁場だから……ノーカットだと観る方も大変だし、時間的にちょうど半分くらいまできた今は、そういう意味ではベストなタイミングかも。
なんてことを——配信を一時停止するということについて、リスナーに向けて軽く断りを入れてから——〝照面鏡〟を操作して配信を一時停止しながら考えていたら……お嬢様に声をかけられる。
「ソラ様、もしよろしければ、この快優邸に併設されている大浴場を利用されてはいかが? 冷えた体も温まりますし、各種回復薬を混ぜた湯は、格別の癒し効果がありますわよ」
「え、い、いいんですかっ……!?」
「ええ、もちろんですわ」
快優邸の〝大浴場〟……存在は知っていたけれど、配信では映されることは無かったから、観るのは初めてだ。
——噂に聞きし、かの幻の大浴場に入れる?! うおぉめっちゃ嬉しい!!
でも、私だけそんな……いいのかな?
あれ、というか、大浴場を使うのは私だけなのかな……?
なんて思っていたけれど、お嬢様は普通に他のメンバーにも入浴を勧めていた。
「——皆様も、いかがですか?」
「あー、有難い申し出だけれど、ボクは遠慮するよ。まあ、今は特に疲れてないし」
「そんなら、アタシもパスかなー。いやー、大浴場もめっちゃ気にはなるんだけれど……それよりも今は、夜叉姫ちゃんとお話ししたいからさー」
「それな。ぶっちゃけ、あーしとみっちゃんは、それがメインで今回のコラボに参加させてもろたで工藤まである」
「そーそー。……工藤? ん、まあ、それに、カメラが無いこのタイミングの方が、むしろ色々とディープな話を聞けそーだし」
「それは……確かに、そうですわね。私と致しましても、主人として客人の皆様をもてなす必要がありますから……それでは、私自ら案内できずに申し訳ありませんが——案内は白鳥に任せるとして——大浴場は、ソラ様のチームで貸し切りということで……」
『“闇王の瞳——憑依の魔眼”』
「——いやはや、その歓談には私も参加させてもらおうではないか。なにせ……配信を止められては暇だからな!」
「え、ええ、もちろん、構いませんわ」
「うむ。——そういうことだから、ソラ。こちらは私に任せて、お主はゆっくりと入浴を楽しむとよいぞ」
「う、うん。じゃ、じゃあ、よろしくね」
とまあ、そんな感じで……
結局は、私と(女王を除く)テイモンたちだけで大浴場を貸し切りで使っていいことになった。
そして、メイドの白鳥様に大浴場まで案内してもらって、諸々の使い方とかの細かい部分も教えてもらって——
それから、貸し切りで入った大浴場は……とんでもなく大きくて、ひたすらに豪華だった。
なんか、もう……プール。広さが。
でも、見た目はもちろん、めっちゃ高級感のある感じで……もはや、なんて形容したらいいのかも、一般市民の私には分からないレベルだった。
こんなすごい大浴場を貸し切りなんてとんでもない……と思ったけれど、他に誰もいない方が緊張せずにリラックスできそうだし、むしろ良かったのかも……?
まあとにかく、色々な意味で貴重な機会であることは確かなので、せっかくだから存分に堪能させてもらった。
というのも……当然の話だけれど、私はテイモンのみんなと一緒にお風呂に入るなんて経験は、これが初めてだったから。
豪華なお風呂も、とても素晴らしかったけれど……しかし私にとっては、そのことの方が何よりも嬉しかった。
だって……いつも、一緒に居られるのはダンジョンの中だけで、地上に出る時には離れ離れで……探索中の賑やかさから一転して、たった独りで帰路についた私は、いつも寂しく一人暮らしの家に帰っていた。
だから……こうしてみんなと一緒にお風呂に入れる日がくるなんて——それだけでこんなに、幸せな気持ちになるだなんて……想像もしていなかった。
——ふふっ、ウェンディとか湯船のお湯に同化しちゃってるし……それに、凄い気持ちよさそう……アレかな、回復薬が加えられてるって言ってたから? 確かにこれ、凄いよね……本当に、疲れがお湯に溶けるように消えていって、体が芯から癒やされていくのが体感できるもの……。
——他のみんなも、すごく気持ちよさそうだし、みんながいっぺんに入っても、まだまだ余裕がある大浴場を満喫してるね……いやぁ、改めて見ても、本当に広すぎるよね……この大所帯だと、普通なら全員で一緒に入るなんて絶対に不可能だろうに……さすがはヴンオケ……
——それこそ、にゃんたろーなんて泳いじゃってるし……ってオイ、そこの猫! いくらプール並みに広いからって、泳ぐんじゃないよ! しかもお前、猫のクセに犬かきで泳ぐやん! ……ふっふふ、ははっ……あぁ、楽しい……
本当に……この幸せが、一度だけじゃなくて、いつでも当たり前になれば、どれだけいいだろう……。
広い湯船の片隅で、みんなとひと塊りになってお湯に浸かりながら……ぼんやりと考えてしまうのは、やはりそのことだった。
やっさんは言っていた……今回のコラボで、もしかしたら、私の——というより、テイマーの長年の悲願が叶うようになるかもしれないと。
テイモンを地上に連れ出して、いつでも一緒に居られるように……出来るかもしれないって。
具体的な方法とかについては、まだ、詳しくは何も訊いていないけれど……
今となっては——こんな幸せを、知ってしまった後では——何としても、上手くいってほしいと……そう願わずにはいられない。
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もっと長湯したいくらいだったけれど……限られた休憩時間をお風呂だけに使うわけにもいかないので、名残惜しく思いつつも、それなりのところで切り上げて、私は大浴場を後にする。
とはいえ、お風呂から上がって着替える時には、みんなが色々と協力してくれたから、すぐに着替え終わったのですごく助かった。
というのも——お風呂を上がったところで、まずはウェンディが、水魔法の応用で適度に水気を飛ばしてくれたから、後はラマンダとりんちゃんが協力して(炎魔法と風魔法で)ドライヤーしてくれて、普通はもっと時間がかかる髪を乾かす工程がアッサリ終わってしまったし……
——うわこれ、地味にめっちゃ便利なヤツじゃん……ヤバい、毎日やってほしい……。
探索で汚れた服も、りんちゃんの浄化魔法で、洗濯したてみたいに一瞬で綺麗になるし……
——……マジで、今日の帰りは、りんちゃんだけでもこっそりポケットに入れて持って帰ろうかな……笑
なんて冗談を、わりと本気で考えるくらいに、とても楽しい体験だったみんなとの入浴を終えて……さっぱりして疲れも吹き飛んだ私は、すっかり元気を取り戻して、足取りも軽く、やっさんたちが居る談話室に向かった。
「——お、戻ったか。今ちょうど、お主の話をしていたところじゃぞ、ソラ」
「そうそう。聞いたよソラ、キミのテイムのやり方って、実はかなり珍しいというか……凄かったんだね」
「そうですわ。ソラ様の調伏のやり方は、普通ではないどころか、とても素晴らしい方法なんですのよ」
するとどうやら、ちょうど私のテイムのやり方についての話がされていたらしく……
どんな話がされていたのか軽く聞いていたら——そこからは私も、自然と歓談に参加することになっていた。
——言われてみれば、確かに……テイムといえば、普通はモンスターと戦って弱らせたところで負けを認めさせて契約するものだから……私みたいに戦わずに交渉して、お菓子という名の賄賂で契約に漕ぎ着けるなんてやり方は、異端も異端なんだろう。
——とはいえ、普通のやり方だと、最初にガッツリ敵対していた分、そこから信頼関係を築くのがとても大変だと聞くし……その点、私のやり方だと、最初からそれなりに良好な関係性から始まるから、わりとすぐに仲間として信頼し合えるほどに仲良くなれたのだけれど……
——改めて考えてみると、これってかなり特別なことだったのかも。じゃあ、私がテイマーとして、なんやかんや上手くいってたのは、そのおかげだった……?
——だとしたら……最大の功労者である、あのお猫様には、もっとグミをたくさん貢いで労う必要があるのかも……? なんちゃって。
そんな感じに——自分についての話題だったから、話しやすかったのもあり……すでに出来上がっている歓談の輪の中に途中参加するなんて、ソロぼっち歴の長い私には、中々にハードルが高そうな状況だったのにも関わらず——気がつけば私も、ごく自然に話し合いの輪に加わることができていた。
そして……それがただの偶然ではなく、お嬢様が意図してそうなるように、私がお風呂から上がってくるタイミングを見計らって、ごく自然に話題を私のことに転換したりと采配を振るっていたからだと——女王に念話でこっそり伝えられた私は、心の中で大いに唸らされることになったのだった。
——うおぉぅん……凄いな、主人って、そんなことまで考えて〝おもてなし〟しないといけないのっ? さ、さすがはお嬢様……そして女王も、そんな気配りにちゃんと気がつくんだから、女王の名は伊達じゃないんだよなぁ……。
ソロぼっちの私には想像もできないような世界に生きる天上人なのだなと……改めて、お嬢様に感服させられた私なのだった。




