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第47話 終焉の雷――理解を拒まれた世界

砦の内側は、

混乱した戦場そのものだった。


亀裂の走る城壁。

崩れかけた石積み。


砂塵が舞い、

血と、煤と、

焼けた木の匂いが――重く、滞留している。


踏み荒らされた石畳には、

誰のものとも分からない武具が散らばり、

地面には折れた矢が、

獣の毛のように突き立っている。


怒号。

呻き声。

石と鉄が擦れ合う、不快な軋み。


その中を――


ニコルは馬を降り、

左城壁の石階段を一気に駆け上った。


夕暮れ。


火矢の残骸。

燃える地面。


赤が、赤に染まる――


その上を、

自分を目指して歩いて来る――獣。


ニコルは戦場を見渡した。

その左手・北側の崖の方を見て――。


「獣を喰うとか、

 ……ほんっと、

 趣味が悪すぎるわ」


冗談のはずの声が、

自分の耳にすら――軽く聞こえなかった。


「ゆで卵が好きとかなら、

 一緒に遊んでやれるのになぁ~」


冗談の分からない獣は、

それでも――止まらない。



その光景を遠く、

王館の裏手、大教会の鐘楼(しょうろう)――

その塔頂から、見ていた者がいた。


老司祭――

バルノア・ベネス。


「このままでは、砦がつぶされる」


バルノアは、杖を掲げて、両手を広げた。


自らの心臓も焼き尽きる術。


――《終焉の雷》。


ゆっくりと天を見上げる。


「神よ!

 悲しい目をするな。

 ――我が命、しかと受け取れ!!」


しわがれた声。


風が巻き起こり、

教会の塔頂がするどい光に包まれる。


世界が一瞬、色を見失った。


音は――

遅れて、来た。


ゴロゴロという雷鳴ではない。

空そのものが、

裂ける前触れの軋み。


鐘楼の上で、

バルノアは、

微動だにしなかった。


長年、

連れ添ってきた心臓が。


――一度だけ、

強く、鳴った。


口元から血が逆流し、

杖を握る指が、炭化していく。


強い風が――

逆巻いた。


戦場を吹き抜けていた風が、

突然、方向を失い、

地を這い、空へと引きずり上げられる。


大地が、怯えるように震えた。


砂が舞う。

旗が裂ける。


戦場の瓦礫が、

音を立てて宙に浮き上がった。


次の瞬間。


空が、悲鳴を上げた。


雲ではない。

雷でもない。


空そのものに――

一本の亀裂が走る。


ギギギ……と、

世界の骨が軋む音。


裂け目は、

ゆっくりと、だが確実に広がり、

ぽっかりと――

“穴”が開いた。


そこには、

色がない。


闇でもなく、

光でもない。


ただ、

世界の向こう側が、覗いている。


次の刹那。


その穴の奥から――

閃光が、生まれた。


鼓膜が悲鳴を上げる。


閃光は、

拡散しない。

分かれない。


ただ、

一本。


極限まで圧縮された、

純白の光。


音は、

まだ――ない。


だが、

光が動いた瞬間。


戦場の影が、

すべて――消えた。


白。


視界が、

塗り潰される。


その一本が、

一直線に――

ライザリオンの頭上へ、落ちてくる。


逃げ場は、ない。

回避も、意味を失う。


それは雷ではない。

炎でもない。


「終わり」を、形にしたもの。


空の穴が、

さらに大きく裂ける。


閃光が、

重力すら無視して――

引きずり下ろされる。


次の瞬間。


――ズバババババババァァァァァ――ン!!


音が、

遅れて――

世界を殴った。


衝撃が、

輪となって広がり、

地面が沈み、

城壁が震え、

砦全体が――呻いた。


眩光の中心。


そこに、

ライザリオンが――いる。


否。


**“いた場所”**に、

ただ、光が突き刺さっていた。


――◇―― ――◇―― ――◇――


◆大教会◆


マクレブとダルパスは、

教会の階段を上っていた。


その時――


鐘が、突然鳴った。


グゴォン――

という澄んだ音ではない。


金属が、

無理やり引き裂かれるような――

低く、歪んだ、悲鳴。


「……っ?」


マクレブが顔を上げた瞬間。


――ドンッ!!


頭上から、

世界を叩き割るような衝撃。


石階段が、

一斉に軋んだ。


「な――っ!?」


足元が揺れる。

壁に刻まれた聖紋が、

白く――光った。


次の瞬間。


――閃光。


窓もないはずの石階段が、

真昼よりも白く染まる。


光が、

上から――落ちてくる。


「うわっ!!」


マクレブが、

反射でダルパスを抱き寄せ、

自分の身体で、壁へ押し付けた。


同時に。


――ゴゴゴゴゴ……!!


大教会全体が、

内側から揺さぶられる。


天井の石が鳴る。

粉塵が舞う。

古い壁画が、剥がれ落ちる。


「……ば、バルノア殿……!!」


ダルパスが、

震える声で――叫んだ。


だが、

返事はない。


代わりに。


頭上――

鐘楼のさらに上。


空が裂ける音が、

確かに、聞こえた。


ギ……ギギギ……

という、

この世のものではない軋み。


マクレブは悟る。


(――間に合わなかった)


歯を食いしばり、

拳を握る。



同じ頃――


城壁の上。


「――伏せろッ!!」


ニコルの叫びが、

戦場を切り裂いた。


次の瞬間。


白。


空が――

爆ぜた。


視界が、

完全に、塗り潰される。


「うわぁっ!!」


遊撃兵たちが、

反射で頭を抱え、

城壁にしがみつく。


突風。


いや、

衝撃波。


マントが煽られ、

耳鳴りが、脳を揺らす。


ニコルも、

片腕で顔を覆いながら、

歯を食いしばった。


(……まさか……)


皮膚が、

ひりつく。


目を開けたくても、

開けられない。


まるで――

世界そのものを直視してはいけないと、

本能が警告しているかのように。


城壁が、悲鳴を上げる。


「……バルノア……?」


ニコルの声から、

いつもの軽さが――消えた。


空の亀裂が、

軋む音を立てて――閉じていく。


光が地上一杯に広がると、

一瞬で、消えた。


風が、

重力を思い出す。


宙に浮いていた瓦礫が、

ぱらぱらと、音を上げて落ちてきた。


ニコルが、

恐る恐る、

視界を戻した瞬間。


静寂が落ちた、

戦場の中央。


そこに――

あり得ない光景があった。



大教会の螺旋階段。


揺れが、

ようやく――収まる。


粉塵の中で。


マクレブは、

ダルパスを支えながら、

上を――見上げた。


鐘楼の方角。


そこから、

もう――何の気配も、降りてこなかった。


「……遅かった……」


呟きは、

祈りにもならず、

石壁に――吸い込まれた。



黒帝軍の本陣跡。


ロザリーナが、土嚢から顔を上げた。


「……兄さん」


喉が、うまく動かなかった。


見る――目の前の戦場。


静寂。


それは、

爆音の“後”に訪れるものではなかった。


音そのものが、

世界から――引き抜かれたような、

異様な空白。


砦の外。

戦場の中央。


沈み込んだ大地の底に、

白い閃光の名残が、

まだ――灼けつくように残っている。


土煙が、

ゆっくりと――立ち上った。


もくもくと。

重く。

逃げ場を探すように。


何も、動かない。


何も、

息の仕方を――思い出せない。


やがて。


その煙の中で。


――何かが、一つだけ動いた。



砕けたはずの地面の中心に、

何も残らない――はずだった。


……ぎし。


鈍く、

重たい音。


瓦礫が、下から押し上げられる。


土と石が、

崩れ落ちる。


ゆっくりと。


そこに。

両手を地に着けて跪く者。


あまりにも、

静かに。


――動かない。


息をするでもなく、

周囲を確かめるでもなく、


ただ、

その姿勢のまま――止まっていた。


その“何か”は――

ゆっくりと立ち上がった。


背から落ちる石ころと砂塵。

伸びる、黒い影。


艶を失った黒鎧。

裂け、歪み、

雷光に焼かれた痕すら――残っていない。


赤黒く濁った瞳。


砦側の“最大のカード”でさえ。


無傷。


傷一つ、

焦げ跡一つ――ない。


それどころか、

纏う空気さえも呆れていた。


獣は、

ただそこに立っていた。


静かに空を見上げる。


――


『いい加減、分かれよ』と言わんばかりに。


それに世界が、

その事実を――理解できずにいた。


だが、

理解を待つという選択肢は、

もうどこにも――存在していなかった。

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