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残響のロザリーナ ~兄を探す最強の剣姫は、守るべき小さな命と砦の絆のために剣を振るう~  作者: 霧原零時
第十一章 兄との再会――止まらない落胤

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第45話 獣王の落胤――蒼は斬れず

西に沈みかけた太陽が、

戦場を横から――抉るように照らしていた。


焼けた空が、

崩れた土嚢、倒れ伏した投石器、

放棄された黒帝軍の本陣――

そのすべてを、逃げ場のない赤で塗り潰す。


矢も、怒号も、

すでに途切れている。


残っているのは――

屍の血の匂いと、深く抉られた大地。

踏み荒らされ、押し潰された戦場の“重さ”だけだった。


その中央で。


蒼と、


世界に放たれた

“獣王の落胤(らくいん)”。


二つの存在が、

互いを測るでもなく――

ただ、向かい合っていた。


◇


この戦場では――

剣士としての常識が、

あまりにも容易く、崩れ去っていた。


通常の斬撃。

正確な間合い。

積み上げてきた技量。


そのすべてが、

一切、意味を持たないという宣告。


それでも。


ロザリーナは、

一瞬だけ歯を噛み締め――

次の瞬間、地を蹴った。


速い。


ただ、

圧倒的に、速い。


「……止めなければ――」


双剣が、

同時に――消えた。


一閃。

二閃。

三閃。


雷が、

連続して叩き込まれる。


蒼銀の軌跡が、

幾重にも重なり、

空気そのものを切り裂いた。


肩。

胸。

脇腹。

首元。


斬る。

刻む。

断ち切る。


――それを、


「……まさか……」


城壁へ駆け上がってきたクレセントが、

息を呑み、声を漏らした。


視界に映る光景を、

思考が拒絶する。

理解が追いつくまで――

ほんの、わずかな“間”が必要だった。


「……たった、一人で……

 あの“化け物”と……斬り合ってる……?」


あり得ない。


クレセントは、知っている。

あの蒼が、何を意味するかを。


ロザリーナと、最初に出会った村。

八将・グラ=シャルンを、

正面から圧倒してみせた――あの色。


剣が振るわれた、その瞬間に。

“勝敗が決まる”剣。


恐怖も。

威圧も。

力そのものを――静かに、断ち切る。


絶望を裂くための、蒼。


それが――


(……効いて、いない……?)


刃は届いている。

動きも、速さも、間合いも。

何一つ、狂ってはいない。


それでも――

相手は、揺るがない。


だが、それは――必然だった。


グラを喰らい。

ヴァルザークを退け。

そして、ベニバラとアズを叩き潰したドルグでさえ、

“戦い”として成立させなかった存在。


八将の三巨頭ですら、

単なる“通過点”としてきた。


それは絶望そのもの。


――ライザリオン。


それを“兄”と呼べる者が、

たった一人で向き合い、

なお、生きて立っていること自体が――

もはや、奇跡だった。


(……これ、戦いじゃない……)


勝つための剣でも。

殺すための剣でもない。


“砦の命を守る側”が、

必死に抗っているだけの――現実。


クレセントの背筋を、

氷のようなものが、

音もなく――這い上がっていった。


◇


それでも、

ロザリーナは、止まらなかった。


――舞うように、位置を変える。


前へ。

横へ。

背後へ。


斬って、

斬って、

斬り続ける。


だが――


ライザリオンは、

倒れなかった。


斬撃は、

赤黒い外皮に吸い込まれ、

何事もなかったかのように――弾かれる。


血は、出ない。

肉も、裂けない。


(……効いてない)


視界が、

わずかに揺れる。

呼吸が乱れる。


胃の奥が、

きり、と軋む。


(……毒……)


喉の奥に、

鉄の味。


吐き気を噛み殺し、

ロザリーナは踏み込む。


――止まらない。


止まれば、

終わる。


◇


その瞬間。


ライザリオンが、

初めて――動いた。


踏み込み。


右手の槍が、

一直線に突き出される。


――腹。


ロザリーナは、

反射だけで剣を振った。


弾く。


だが――


ガギィィン――!!


爆ぜるような衝撃。


左腕に、

凄まじい反動が走る。


次の瞬間。


剣の柄が――

砕けた。


折れた剣が、

火花を散らしながら宙を舞う。


ライザリオンの槍は、

黒帝軍が誇る伝説の鍛冶士の“作品”。

軽く、

そして――折れない。


振り払えなかった、

その一瞬。


槍の先端が――

蒼い軽鎧を貫いた。


「――っ!!」


腹を突き抜ける、

冷たい衝撃。


ロザリーナは即座に――

槍の柄を左手で掴んだ。


必死に。

指が食い込むほど、強く。


そのまま――

後方へ退く。


槍は、

致命に届く寸前で――止まった。


だが。


ライザリオンは、

止まらない。


両手で、槍を握り直す。

一歩。

踏み出す。


――ぐっ。


さらに、

深く。


腹の奥が、

灼ける。


内側を、

削り取られるような、

鈍く、逃げ場のない激痛。


次の瞬間――

身体が、僅かに浮いた。


ロザリーナごと、

槍が上へ引き上げられる。


腹を、

真一文字に裂こうとする力。


止められない――桁違いの怪力。


歯を、

きつく噛み締める。


眉が、わずかに歪み――

視界の端が、白く滲んだ。


だが、

悲鳴は出ない。


(――このままじゃ)


その言葉と同時に、

蒼銀の瞳が、

一度だけ――冷える。


一切の迷いが、消えた。


判断は、

一瞬。


右手の剣を――捨てた。

両手で、槍の柄を掴む。


歯を食いしばり、

腰を引き、

腕の力だけで――


腹から引き抜く。


血が、噴き出した。


「……終わらせる」


その声は、震えていなかった。


視界に映る、

変わり果てた兄。


「ごめんね、――兄さん」


同時に。

後ろ足で、

地を蹴る。


身体が、

尻から宙へ浮き上がる。

槍の柄を平均台のように掴み、

それを支点に――前方へ反転。


左膝を畳み、

右脚を限界まで伸ばす。


そして――


持ち上げられた力を、

そのまま回転力に変えて。


右足の踵に、

全体重を掛けて――


ライザリオンの脳天へ、叩き落とした。


――ゴンッ!!


鈍く、重い音。

頭蓋に、

確かな衝撃。


斬ったのではない。

骨を砕く、

外部からの打撃。


ライザリオンの膝が、

一瞬だけ――沈む。


だが。


次の瞬間。

顔が、ゆっくり上がった。


赤黒い瞳。


効いていない。


なにも――。


そこには、

抵抗すら、存在しなかった。


◇


ライザリオンは、

ロザリーナが掴んでいる槍を――

横へ、ずらす。


体重を預けていた支点が――消える。


「……っ」


ロザリーナの身体が、

落ちる。


背中から――

ライザリオンの足元へ。


次の瞬間。


力一杯に、

蹴り上げた。


腹へ。


――ドンッ!!


内臓が、

潰れる。


息が、

一気に吐き出される。


「――がっ……!!」


身体が、

宙を舞った。


夕陽に染まる戦場を、

一直線に――


敵本陣跡へ。


逃げ散った黒帝軍の本陣。

その周囲に積み上げられた――

土嚢(どのう)の壁。


次の瞬間。


――ドンッ!!


背中が、

強かに叩きつけられる。


布袋が潰れ、

土が爆ぜる。


肺が、

悲鳴を上げる。


「――――っ!!」


ぶはっ……!!


口から、

血が――噴き出した。


ロザリーナは、

土嚢にもたれるように、

崩れ落ちる。


視界が、

白く揺れる。


血を流す腹を押さえ、

起き上がる。


顔を上げた向こうに――

ライザリオンが、

静かに歩いて来ていた。


獣の呼吸。

赤黒い瞳。


倒れた“障害物”を、

処理しに来る――

捕食者の足取り。


「……剣が、ない」


ロザリーナは、

周囲を見渡す。


剣が役に立たないことは、

分かっていた。


それでも――

素手よりは、ましだった。


本陣の中。

鈍く、光るもの。


――黒帝軍の剣。


ロザリーナは、

ふらつく脚を叱咤し、

そこへ向かった。


呼吸が、乱れる。

視界が、歪む。


そして彼女は――

この戦場が“人間のものではなくなった”と、

最初に理解してしまった。


その背後で、地面がきしりと鳴った。

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