第22話 戦櫓に灯る影――三将進軍
【ルドグラッド砦】
――その前日。
ベニバラ、ガルデン、ニコル、アズ、ポコランが王を囲み――
ロザリーナ不在の食卓で、
まるで一席だけ欠けたままのような、遅い昼食を取っていた。
夜明け前に旅立ったロザリーナの話を聞いてから、
アズとポコランは押し黙っていた。
その時、廊下の奥から慌ただしい足音が近づく。
「敵が……来ます!!
あと二刻ほどで砦に到達します!!」
偵察兵が駆け込んできた。
ヴァレンティス王の眉がわずかに動く。
「……数は?」
「四百五十!!」
「――四百五十!?」
ベニバラが思わず声を上げた。
ルドグラッド砦の守備兵は百二十。
そして、民兵が二百。その中には女性もいた。
明らかに戦力差は歴然だった。
兵はさらに続ける。
「それに、八将の三名を確認……
グラ=シャルン、ヴァルザーク、そして――ドルグ=ハルザードです!」
「――ドルグ!?」
ベニバラの身体中の血が、一瞬で逆流した。
隣でガルデンが低く唸る。
「なんじゃと……。
奴まで動くとは……完全なる報復じゃな」
ドルグ――
かつて、まだ新兵だったベニバラの眼前で、恩人の隊長を叩き潰した怪物。
ベニバラは背を向けて、逃げるのがやっとだった。
その名だけで、胸の奥に古傷が疼く。
「八将を三人も……。しかも揃いも揃って手練中の手練。
正面からぶつかれば――城壁など紙のように砕かれる」
ベニバラは歯を噛み締め、低く言い放った。
「舐めてかかるな。
奴らは執念深い……グラは手負いでも、止まらん」
ヴァレンティスは静かに頷いた。
「総員、防衛の準備に入れ。
ガルデン、ベニバラ、指揮を頼む」
「承知」
「了解」
*
王は次に、テーブルの端でひょいと足を組んで座る半獣を呼んだ。
「ニコル」
「へ~いへい。
命知らずな連中がわざわざご来訪とはねぇ……。
いやぁ~今日はおひさまも怖くて、雲に隠れてるわけだ」
軽口を叩きながらも、その瞳だけは笑っていなかった。
「お前は遊撃に回れ。……今回は遊びすぎるな」
「ん~、まぁ……敵さんが、ちょっとでも手こずらしてくれるなら、
こっちも爪の手入れくらいはしてやるよ~?」
ニコルは舌を小さく鳴らすと、細い湾剣をひょいと抜き、肩に担ぐ。
ベニバラが声を上げた。
「ポコランはどうする?」
「ぼ、僕も戦います!!」
ほんのわずか、拳が震えていた。
それでも――その瞳に曇りはなかった。
「なら、城門後方の補助班につけろ。命を無駄にするな」
ガルデンが即座に判断する。
「了解!」
ポコランはぎゅっと拳を握り、震えを押し込むように深呼吸した。
*
次に、ガルデンはアズへ向き直った。
「アズ、おまえは、王を守れ――」
だがアズは、わずかに首も動かさない。
「アズ!?」
「……え?」
「ぼけっとするな! おまえは王室へ行け!」
返事はない。
「アズ!!」
アズは、喉の奥にせり上がる何かを、ずっと飲み込んでいた。
「……ひどいよ」
ぽつりと落ちた声は、怒りとも悲しみともつかない震えを帯びていた。
ロザリーナが座っていた席へ――
アズの視線だけが、吸い寄せられたままだ。
「黙って行くなんて……
みんなを見捨てて行くなんて……
そんなの……ないよ……」
胸の奥で押し殺していた想いが、ひとつ、こぼれた。
「アズ!!」
ガルデンが肩を揺さぶる。
その手は強いが――震えていた。
「今はそれどころじゃ――」
「ガルデン」
部屋を出ようとしたヴァレンティスが、静かに割って入った。
「彼女からは聞いていた。
その話は……私とあとでしよう」
ガルデンの手をそっと下ろさせると、王はアズをまっすぐに見つめた。
「アズ、今は――君の力を貸してほしい」
アズは、噛みしめていた唇を震わせ、
長い沈黙の末に、こくりと頷いた。
「……はい」
ヴァレンティスは優しく目を細める。
「ガルデン、ベニバラ。頼む」
二人に視線を送り、
王はすっと背を向けると、揺るぎない足取りで城内へ消えていった。
アズも短剣を手に、その後を追う。
――◇――
【開戦前】
陽は僅かに西へ傾きかけていた。
王国最後の砦は、一気に戦時体制へ突入する。
砦内では、大工上がりの民兵が城門を補強し、矢筒を運ぶ少年兵が駆けまわる。
その城壁上の正面には、ガルデンとベニバラが立ち、淡々と指揮を執っていた。
「奴ら、もう間もなくだ」
ガルデンの眼光が鋭さを増す。
ベニバラは金色の剣を腰に収め、冷たく周囲を見渡した。
「総員、構えを崩すな。 八将が混ざっている以上――慢心は死を呼ぶ」
「了!」
兵たちが剣を掲げる。
ポコランは、しっかりと剣を握りしめながら深呼吸を繰り返した。
肩はかすかに震えていた――これが初陣なのだ。
ニコルがポコランの肩を叩く。
「さぁ~て、坊や。今日が初陣ってヤツかい?」
「……はい。 でも、やります!」
「いいねぇ~若いって素敵だねぇ~。でも死に急ぐなよ?
今日の空は曇り気味でね……不吉な風が吹いてる」
ニコルの猫耳がぴくりと震えた。
「じゃ、後でまた」
剣の切っ先が、戦を告げるように光った。
*
一方。
迫り来る影。
ザイラス軍四百五十名の兵列。
それは、グラの居城【ブラストリア城】の兵五百のほぼすべてを動員していた。
ブラストリア城は、ヴァレンティスの父王の城だった。
そう、五年前のあの戦いが起きるまでは……。
黒帝兵の先頭には、三将――
・ 傷だらけの黒甲冑を纏い、魔獣の右腕を揺らすグラ=シャルン。
・ 背に赤褐色の魔翼を広げ、暗紅の瞳を光らせるヴァルザーク。
・ 全身を岩塊のような重甲冑に包み、巨大戦鎚を引きずるドルグ=ハルザード。
傷だらけの鎧をまとったグラが、赤黒い瞳を細める。
「くっそぉ……くそー……。
次は――この手であの女を引き裂いてやる……!!」
「落ち着けよ、狂信者さん」
ヴァルザークが魔翼をひらりと揺らし、楽しげに笑う。
「俺たちは好きに暴れさせてもらう。
ま、貴様の獲物は貴様のものだ」
大鎚を手にドルグは無言。
その背丈より長い鎚柄が、ズシ……ズシ……と地面を打つ。
兜の奥の瞳には、純粋な破壊衝動が宿っていた。
影が伸び、風が鳴る。
そして――。
進軍の号令が響いた。
「各隊、陣形に分かれろ!!」
決戦の火蓋は、今――切って落とされた。




