鬼の居ぬ間に
推理を確実なものにするために、まず確認すべき事項がある。
「才木さん、千速新聞を職員室に届けるときに、生徒会室の戸締りはしましたか?」
また本を読んでいた才木は、栞を開いていたページに挟みこみ、本を机に置いた。
どうやら、本よりも僕の推理のほうに興味が湧いたらしい。
「生徒会室は下校の時以外は基本施錠しない。教員が資料を取りに来ることもあるからな」
才木は僕の顔を見て、にやりと笑った。
「そうか、なるほどな。そのタイミングで盗みに入ったのか」
「ええ、恐らく。職員室に届けているときは、鍵が開いていて、誰もいない状況が出来ていた。絶好のチャンスです」
「待ってくれ、そのタイミングで侵入しても、既にビラは全て持ち出しているし、パソコンは電源を落としてる。まさか、パソコンのパスワードがバレてる?」
京野の指摘はごもっともだ。
「その可能性もなくはないですね。でも、もっと可能性の高い流出経路があるんです」
僕は、大きいほうのプリンターを指さした。
「プリンター?」
「そうです。犯人はプリンターから情報を抜き取ったんです」
京野は納得いっていないようだった。
「印刷したデータはプリンターに残らないはずだけど」
「確かにデータは残ってないですね。でも、残っているんですよ。もっと確実なものがね」
「確実?」
僕は、プリンターのフタを開いた。
そこには一枚の紙が置いてあった。
「あ」
京野と勇太、相田が声を揃えた。
「これが証拠です。京野さんは印刷したビラは全て回収して職員室に持って行った。でも、印刷するときにセットした原本を回収し忘れていたんです。」
現に先ほどの再現でも、京野は原本の回収を忘れている。回収を忘れる癖がある証拠だ。
「あー、私もやるやる。コンビニのコピー機に原本忘れるやつ」
相田の体験談はとても想像にたやすかった。
「才木、すまない。俺のせい、みたいだな」
「いいや、プリンターに挟まった紙を盗んだか。『教授』とやらが一枚上手だっただけだ」
それにしても、原本の回収忘れは問題だと思うが、と言いかけたが、未来の自分に返ってきそうだと思ってしまった。僕もこの業務を行うことになるのだからな。
「とりあえず、原本を放置しないこと。それと、職員室に届けるときに、一人をこの部屋に残しておくことで、この件は解決できるのではないでしょうか」
我ながら、きれいにまとめられたのではなかろうか。
「おー。本当に探偵みたいだなあ。心強い後継者が出てきて頼もしいよ」
「後継者?」
「そう。俺、今期で生徒会引退するから。後は頼んだぜ。名探偵」
事件は無事解決。と言っていいだろう。犯人の解明はまだだが、これ以上の進展も難しい状況だ。
「才木さん、約束通り、柏木さんについて教えてもらえませんか」
こちらが、僕らとしては本題だ。
「それより、クラスのほうはいいのか?もうかなり時間食ってるが」
また、才木は話を逸らそうとした。そうはいかない。
「大丈夫です。クラスのみんなには、副会長に呼び出されたことになってるんで」
才木が渋い顔をした。
「ま、いいか。おい、長谷部」
突然呼ばれた長谷部は虚を突かれたのか、戸惑いが見える。
「お前も同席しろ。当事者だろ」
「まあ、そうですけど」
しぶしぶ、長谷部はペンを置き、席を立ってこちらの卓にやってきた。
「関本、悪いが席を外してくれ」
「え?別に私、情報漏らしたりしないですよ」
「そこに関しては信用してるから安心しろ。これはプライバシーの問題だ。センシティブな問題だ」
カタカナで誤魔化してる感じがするが、関本は才木の指示に従い、生徒会室を立ち去った。怪訝そうな顔を携えて。
「さて、役者は揃ったな」
揃った、というより、役者以外を追い出した形だが。
「何から知りたい?約束通り、俺の知っていることは何でも話してやるよ」
まずは、やはり素性からだろう。
「柏木さんというのは、今の三年生の代で、去年の前期生徒会長。合ってますか」
「なんだよ、そこまで知ってるのかよ。隠して損した」
全く思ってもいないだろう。
「そう。柏木嵐。一個上で俺の前に生徒会長をしていた人だ。去年の後期に俺と会長選を戦って、まあ、色々あって俺が会長になった」
その『色々』がこの話の肝だろう。
「あせんなって、全て話すっていっただろ。柏木さんは去年の選挙で俺に勝った。でも会長に就任することはなかった。学校に来なくなったからだ。選挙の開票があった日は居たんだ。でも、それ以降学校に顔を出すことはなかった」
「あの噂は、本当だったんですね」
噂を仕入れた勇太が真っ先に反応した。
「それ以外の噂は尾ひれがついている感じだな。柏木さんの不登校の理由は伏せられていた。当時の柏木さんのクラスメイトも知らないはずだ」
伏せられていた。という言い回しが気になった。
「才木さんは、知ってるんですね。柏木さんの不登校の理由を」
「ああ、知ってる」
え?と、大きな声が出たのは、意外にも長谷部だった。
「どういうこと?才木は知ってるの?」
「ああ、現場にいたからな」
長谷部は分かりやすく動揺している。
「ここからは、本当にセンシティブな内容になる。聞いたら後戻りはできない。それでもいいか」
「あの日、柏木さんと俺は放課後、選挙の結果をこの部屋で待ってたんだ。知っての通り、柏木さんが勝ったと、選挙管理委員が伝えに来たまでは、長谷部もいたよな」
「ええ、もちろん、覚えてる」
「その後、俺はショックで何も手がつかなかった。気が付いたらこの部屋には俺一人になっていた」
才木が放心状態になった姿は想像つかないなと考えたが今はどうでもいい。
「柏木さんが生徒会室に帰ってきたんだ」
「才木、ちょっと僕と一緒に職員室に来てくれないか」
柏木さんは、俺にそう言った。
俺は、何も考えず、柏木さんに連れられて、職員室に行ったんだ。
そして、生徒会担当の教員、桑名と合流し、職員室の奥、会議室に通された。
「単刀直入に言うね。才木に生徒会長をやってほしい」
唐突な提案に、俺と桑名は面食らってしまった。
「・・・・・・どういうことですか」
「柏木、本気なのか」
「ええ、僕は会長を辞退します。才木を補欠当選という形で発表してください」
俺は、生徒会長になりたくて立候補をした。だが、この形で会長の地位をもらい受けるのは不本意だ。
「何言ってるんですか。俺は負けたんだ」
取り乱す俺とは正反対に、柏木さんは一切、冷静さを失わずにいた。
「とにかく、何を言われようと、僕は辞退します。そうなれば、才木。君が生徒会長をやるしかないだろう?」
「と、まあ、これが俺と柏木さんの最後の会話だ」
「それで、その後は」
長谷部が食い気味に先を促す。
「事件が起こったのはその三十分後くらいだったな。先に柏木さんは会議室から去って、俺は桑名とこれからについて話してたんだ。完全下校時刻数分前までな」
千速高校の完全下校時刻は十九時。その時間にはもうほとんど生徒は残っていないだろう。
「なんかやけに職員室が騒がしくなってな。様子を見に行ったら、生徒が階段から落ちて大けがしてるって先生の一人が言ってたのを聞いたんだ」
「まさか」
「真っ先に柏木さんが浮かんだよ。そして、教員から聞こえてきた断片的な情報をつなぎ合わせると、どうやら階段から落ちた生徒は柏木さんで、救急車を手配するような状況だということは分かった」
不登校の原因は、階段から落ちた怪我ということだろうか。
「そんな・・・・・・」
長谷部の動揺が大きくなっている。
「俺が知ってるのは、ここまでだ。その後、教員から柏木さんについての新しい情報は何も出てない。加えて、柏木さんに連絡が取れた人物もいない」
才木の話を聞いた僕らは、どうやら思っていたよりも大きな事件に首を突っ込んでしまったらしいと気がづいた。
ここで引くのは僕の性分ではない。それにもう、立候補宣言は済ませている。後には引けない。
ただし、これからは好奇心で動くのではない。生徒会としての自覚を持ち、責任感を持ってこの事件に向き合うべきだろう。
そんなことを午後の文化祭準備をしながら、考えていた。恐らく、相田と勇太も同じだろう。
クラスが解散となった時、自然と僕らは集まり、同じ帰路に就いた。
そして、僕は二人に決意を伝えた。
「僕は、この事件を最後まで追いたいと思ってる。知ってしまったらもう、放っておくことはできない」
「いいんじゃない。力にはなれないかもしれないけど、私も最後までついていくよ」
「俺も、同感。柏木さんの事件も裏がありそうだし、コソコソしてる『教授』も気に食わないからな」
僕は、二人が本気で向きあってくれることに安心感を覚えた。なんとなく、この二人となら、真相に辿り着けるのではないかと思ったのだ。
この日僕らは、密かに真実を追い求めるための同盟を結成した。




