表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/38

魔女の弟子(6)




「――……シュ……。……ゴ……ジン」


 意識の外からなにやら声がする。倒木になったかのように動かない体を何かが小さく揺すっている。微睡みよりも深く、四肢が溶けたかのような感覚に、覚醒の糸はあまりにも細い。


「ニャ……、ネ……のです」


 その中で、体の一部に温もりを感じる。じんわりとした淡い感覚だが、それだけは確かにそこにあった。


 徐々に瞼を知覚する。それで、ようやく自分が寝ていたことに気がついた。けれど、筋肉は未だ夢の中から浮上しない。押しては引く波のように、意識が上昇と下降を繰り返す。


「……ん」


 わずかに陽の光を感じる。ずっと暗闇にいたかのように、フィルター越しにでも眩しさで目がくらむ。瞼の下で瞳孔が開いている眼球が痛い。そこからは覚醒するのに時間はかからなかった。


「ゴシュジン! やっと起きたニャ!」


「んぁ。あれ、ここは……」


 目の前で騒ぐマタタビを見て混乱する。気付けば、マリアの寝室のベッドの上のようだ。俺は確か、ドルンの案内で赤いアイブラスの花を見つけて、その蜜を舐めて、……どうしたんだっけ。


 隣に座っていたネムが無言で席を立つ。手には、真っ黒な表紙の本を持っていた。表紙を隠すように胸に抱えて立ち上がる。


「やっぱりネムが起こしてくれたんだ。ありがとう、助かったよ」


「いえ……なのです」


 ネムは愛想のない返事をして部屋を出ていった。少し機嫌が悪そうだ。


 だんだんと思い出してきた。ネムの機嫌が悪いのも無理もない。どんな効果があるかわからないものを迷いもせず口にして意識を失ったんだ。勝手に後を任されたネムからしたらいい迷惑だっただろう。


 それに、自室で寝ているってことは、あの草原からここまで運んでくれたってことだ。きっと彼女だけではできない。ドルンもいる状況で事を運んでくれたんだ。マタタビの心配そうな顔を見てもそれを感じる。


「それにしても、ん……んー。寝起きなのに、なんだかさっぱりするほど気分がいいな」


 全身のコリを取るように伸びをする。むくみもなく、心なしか肌艶も良くなった気がする。ここ数日の疲労感もかなり解消されていた。


 爽やかな朝の息吹を感じるほど。言うなら、新しいパンツを履いた正月の朝くらいの爽やかさだ。


「それはそうニャ。ゴシュジンはまる二日眠っていたニャ」


「……は? 二日? マジで?」


「マジニャ」


 やば。




 ――寝ている間の経緯をマタタビから聞いた。


 あの草原で、赤いアイブラスの蜜を吸って意識を失った俺を運ぶためにドルンがグリムとリベンを呼んできたらしい。


 グリムはいるかと聞いたときに首を振ったのは、徹夜続きだったために寝溜めしていたようだ。父親を起こさないようにとしていたのに、俺のせいで起こす羽目になったそうだ。


 俺が倒れたと聞いたリベンはガチで感染症を疑って渋ったそうだが、そこはネムが問題ないと説明したそうだ。その後男二人で台車に乗せてここまで運んできた、ということらしい。


 そして、あの赤いアイブラスのことだが、どうやらあれはあの村に長年言い伝えられていた民間療法の薬草だったそうだ。何代か前に医療文明が発達したことで使われることがなくなったため、だれもその存在を思い浮かべることがなくなってしまった。


 リベンも担当医として赴任してきた身であるために赤いアイブラスのことは知らなかったそうだ。


 ならなぜ赤いアイブラスの種が残っていたのか。それは、グリルン家がその栽培を生業にしていたことに起因する。文明によりその役割を終え、わずかに残った種子だけが長い間離れの奥で眠っていた。


 それを、たまたまドルンが見つけて、自宅裏の植木鉢で育てていた。その苗が大きくなったときに草原のあの場所に移して増やしていた。


 なぜあそこなのかは、赤いアイブラスは強い光に当たると枯れてしまうため、日陰になるところを模索した結果、あの形になったらしい。


 グリムが気付かなかったのは、単に仕事の忙しさから家の裏に長い間行ったことがなかったから目に入らなかったためであり、ドルンも口下手なためグリムに話していなかったそうだ。また、家の裏で育てていたこともあり、人目につかずに村人もその存在に気付けなかった。


 草原に苗を移した後、よく小鳥が蜜を吸いに来ていたのを見ていたドルンが、興味本位で舐めたことで眠り病を発症してしまった。単純に人の身にはその効果が強すぎるようで、軽く舐めるだけでも深い眠りにつくほどの作用がある。


 他の子供達は、たまたまドルンがそこに通っているのを見かけており、ドルンが去った後にそこに訪れ、同じように興味本位で舐めていたようだ。


 俺が二日も寝込んだのは、その量が多かったから。俺は昔のように、サルビアの蜜を吸っていたときと同じようにしてしまったために、かなりの量を摂取していたようだ。


 そのこともあり、ネムが夢を本にしても子供たちよりも長く目を覚まさなかった。


「悪いな、マタタビ。心配かけて。ネムにも謝らないとな」


 俺の行動で振り回してしまった。それじゃあ疲労も相まって機嫌も悪くなる。


「ネムに謝ってくる」


 ベッドから降りて部屋を後にする。マタタビは看病していただろうものを片付けておくらしい。さて、ネムはどこかな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ