表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Deep Level  作者: 江菓
7/12

第七話 変異体α

 いつもと変わらないディープレベル内を見回りながら歩く。たまに師匠へ『こちら異状なし』と報告しながらモンスターを狩るだけ、正直もう飽きた。今日はL・M・N区を見回る予定で現在M区中盤。もうかれこれ七時間はこっちにいる。代わり映えのない景色とモンスター、ハンター職員は新種が出たせいでいつもより人数が格段に少ない。

「師匠、めっちゃ暇っすね。」

『そうじゃな〜。やはり皆命が惜しいのじゃろう仕方のないのことじゃ。』

「新種野郎、出るならでるで早く出てくんね〜かな〜」

『これこれ、そんなこと言っておったら本当に来てしまうぞ?こういうのは出ないに限るのじゃ。』

「そうですけど・・・。」

師匠と他愛もない話をしながら少しスマホをいじる。どんなことも休憩は大事だ。Mショップを見ていると、全体チャットが更新された。全体チャットを確認すると、

『N区、山名病院付近に新種モンスター!!!!誰か助けて!!!』

と書き込まれていた。

「師匠!!N区に出たみたいです!!!」

『なんじゃと!?ウェナ、すぐに向かうぞ!!』

「はい!」

師匠と通信をつけたまま、すぐにN区に向かった。


 N区の山名病院近くにつくと、炎とマカロン、負傷した投稿者らしき職員がいた。マカロンは職員の手当をしている。

「炎、マカロン!新種はどこにいったんじゃ!?」

「ゲンジさん、ウェナトリア!新種は山名病院内にいるようです。自分たちが駆けつけたときには山名病院の入り口に彼が倒れていました。」

炎が丁寧に説明しながら山名病院を指差す。指差した先には、廃墟とかした山名病院が佇んでいる。向こうの世界ではレトロな作りなのにキレイだと評判の病院もこっちではモンスターの巣になってしまう。窓ガラスは割れ、ドアの蝶番が壊れているのかキィキィと音を鳴らしながら揺れて役目を果たしていない。三階から上はえぐれられたように半分なくなっている。

「隠れてもすぐに見つかる・・・長い触手が・・・ヒィ・・・」

「大丈夫ですよ・・・。」

マカロンに手当してもらって血が止まった頭を抑えながら、負傷した職員がつぶやいている。マカロンは職員の背中をさすりながら、大丈夫と繰り返している。相当精神をやられたようだ。マカロンはこの職員のもとにいてもらうとして、他に職員がいないなら炎、師匠、私の三人で新種と戦うことになる。

「他に人間は?いないなら三人で仕留めよう。」

「わ、私も行きます!!」

「だめじゃ、マカロンはそいつのそばにいてやれ、相当精神がやられておる。」

「わ、わかりました・・・。」

師匠がそう言うとマカロンは渋々負傷した職員のそばに戻る。マカロンと負傷した職員がいる場所をあのチョークで囲い、負傷者マークと呼ばれる赤い紙を渡す。この負傷者マークを負傷者にもたせておけば少し時間はかかるが確実に救護班が来てくれる。骨折などをしたときに使うので持ってる人はあまりいない。

「これは?」

「このチョークで囲ってればモンスターは嫌がってこっちには近づいてこない。負傷者マーク持ち歩いてる人ってこの辺じゃ少ないから、渡しておく。」

「ありがとう。」

マカロンと職員の安全を確保したあと、炎と師匠とともに山名病院内に入った。

 病院内は薄暗く、外の光をかき消すような闇が鎮座している。血の匂いが鼻腔をつく。さっきのやつのものだろうか、それとも・・・

「油断は禁物じゃ。」

「はい。」

「はい!」

炎の大きな声が病院の廊下に響いた。

 病院の部屋を覗きつつ、三階の手術室を目指す。手術室より上は病棟が二階続いているが外から見た限りでは半分なくなっていたので多分いないだろう。階段はところどころ穴が開き、下が見えている。一階は外来と呼ばれる場所のようで待合室や診察室、受付カウンターがあったが、二階はリハビリステーションやMRI室があった。床や壁はところどころ抜け落ち、窓ガラスの破片が床に飛び散っている。まるで台風が真上を通った後のようだ。しかし、一つ気になることがある。

「妙ですね・・・。」

「ウェナもそう思うか・・・。」

三階に続く階段の前で少し立ち止まり、師匠と顔を見合わせる。炎はそんな私達を見てキョトンとしている。

「何か変なところがあるんですか?」

「変な所どころじゃない、かなりおかしい。」

「ウェナの言うとおりじゃ。」

「えっ、ほんとにわからないです・・・」

「ここに入って一回もモンスターに出会ってないってことが変なの。」

「気配もないのじゃ・・・」

「えっ、じゃあ、ここには新種しかいないってことですか?」

「もしくは・・・」

新種がここにいた”モンスターを”捕食した可能性や、他のモンスターを寄せ付けないという特性の可能性もある。

「身を引き締めて行くぞ。」

「はい。」

「はい!」

ボスちゃんから受け取ったサバイバルナイフを構え、仕込み杖を構えた師匠の後ろをついて階段を登る。斧を構えた炎が隣で階段を登っている。

 三階は窓が少なく下の階より更に暗く感じる。病院に入ったときに感じた血の匂いも更に濃く感じ、思わず袖で鼻を覆う。横を見ると、師匠は顔を少し歪め、炎もあからさまに顔を歪めながら首に巻いているマフラーで口と鼻を抑えている。まっすぐ奥に続く廊下には途中、四部屋ほど手術室があったが、廊下の一番奥にある手術室からは生臭い血の匂いが扉越しでも漂ってきている。血の匂いというよりもこれは死の匂いに近いかもしれない。匂いたくないという気持ちからか、はたまた息を潜めようという気持ちからか、無意識に呼吸が浅くなる。できるだけ肺にこの匂いのついた空気を入れたくないと思ってしまう。師匠が一番奥の手術室の扉に手をかけ、こちらに振り向く。握っていたナイフを更に力強く握り込み、師匠にうなずく。

「行くぞ。」

そう言って師匠が引き戸の扉をガラガラと開けた。扉を開けると、血の匂いをまとった生暖かい風が頬をなでた。暗い手術室の真ん中には職員と思われる青白い顔をした男が横たわっていた。三人で足音をたてぬように歩きながら手術台に横たわる男に近づく。微かに息があるようで、胸がうっすら上下している。静まり返った手術室内では手術台に横たわる男の浅い呼吸音とジュルジュルと何かをすする音がかすかに聞こえた。師匠と目を合わせた後、音の原因を探し始めた。よく耳を澄ますと、ジュルジュルという音は男の頭側から聞こえてきているようだった。師匠にジェスチャーで頭の方から音がすると伝えると少し考えた後、炎に男の足元でいるようジェスチャーで指示をした。師匠が男の頭側に行こうと歩き出したとき、袖を男にグッと掴まれた。何かと思い男の顔を見る。青白い顔はまるで吸血鬼のようで、半開きの目は時々白目を向いている。男の顔を観察していると、紫に変色した唇が微かに動いている。まるで必死に何かを伝えようとしているみたいだ、まさか・・・と思いながら男の口に耳を近づける。

「・・た・・・・し・・た・・・・」

かすれた声でそう言っているのが聞き取れた。下?下に何かいるのか?そう思い手術台の下を覗くが何もいない。師匠もこちらを気にしつつ、男の頭側へ行く。師匠が男の左側にいったところでギョッとした顔で足を止めた。何かと思い、師匠のいる男の左上に移動した。

 その光景はとても気色の悪いものだった。男の首、頸動脈あたりに太い管のような物がついていた。管の先には小さな牙のようなものがたくさんついており、男の首に食い込んでいる。その管は一定の間隔で男の血をごくっ・・・ごくっ・・・と吸っている。その血を吸う間隔はまるで男を瀕死の状態で生き長らえつつ、自身の腹を満たそうとしているように思えた。その管の本体に続いているであろう先は男の体の下に続いていた。男の「下」といっていた意味がようやく理解できた。男の下に本体がいるから気を付けろということだったのだ。下にいるモンスターを仕留めるには瀕死の男をどかさなければいけないのだ。うーんと首を傾げていると、師匠が後ろにあった医療器具をガシャガシャと落とした。びっくりして、師匠の顔を見ると可愛くウインクしてきた。違う、そうじゃない。師匠はモンスターの方を指差した。その指のとおりにそちらを見ると、管は何もなかったかのように男の血を飲んでいる。

「このモンスターは耳が聞こえないようじゃな。」

「師匠・・・急に試すのやめてくださいよ・・・」

「びっくりしました・・・」

「すまんすまん。音に反応してくれたら自発的に出てきてくれると思ったんじゃが・・・失敗じゃ。」

「師匠は彼を持ち上げてください、下にいるモンスターを私と炎で仕留めます。」

「ほう・・・どうしてわしが持ち上げる側か教えてもらえるかのう?」

「師匠の仕込み杖はリーチが長いのでこの状況では彼を傷つけかねません。比較的リーチの短い私のサバイバルナイフと炎の斧が最適です。」

「なるほど、その作戦で行こう。」

「はい。」

「はい!」

手術台の右側に炎、左側に私が立ち、師匠が男を抱き寄せるように持ち上げる。男の体はその年齢とは思えないほど簡単に持ち上がり、男と手術台の間に入っていたモンスターが姿を表す。ダンゴムシのような背中から魚のヒレのようなものがいくつも生え、うねうねと動いており、男の首につながっていた長い管の反対側にはエビのような尻尾がある。そして最大の特徴は管側に五つ生えている大きな目玉だった。細い棒に目玉が刺さたようなその風貌はいつも食べているロリポップキャンディーを思い出させる。ギョロギョロと目玉を動かす。その姿は教科書に載っていたオパビニアに似ている。炎はその気味の悪い姿に狼狽えてる。弱点などがわからないため、適当に胴体にサバイバルナイフを突き立てる。が、サバイバルナイフはその硬い胴体に刺さらず、弾かれた。

「な!?」

新種には傷ひとつついておらず、ギョロギョロと目を動かし状況を把握しているようだ。炎はハッとして斧を振り上げる。

「うおおおおおお!!」

炎が勢いよく振り落とした斧は、ガツンッと大きな音をたてて手術台に振り下ろされた。さっきまで新種がいた場所には炎の斧だけが突き刺さっている。

「早い!」

「どこにいった!?」

「壁じゃ!!」

師匠が指差した先にはヒレをうねうねと動かしながら壁に張り付いている新種がいた。目玉をギョロギョロと動かし、カサカサと薄暗い部屋に溶け込んでいった。手術台に男を寝かせ、師匠と炎と背中合わせになりカサカサと音を出しながら部屋中を駆け回る新種を探す。

「早いし暗いしで全くどこにいるかわからない!!」

「まるでゴキブリじゃのぅ・・・気色の悪い・・・」

「背中はナイフが刺さりませんでした、予想ですが弱点は腹かあの目玉です!」

「わかった!!」

「了解じゃ!」

静かな手術室内をカサカサという音だけが響く。背中を冷や汗がツーっと滑り落ちる。咽返るような血の匂いにはいつの間にか慣れ、今はただただ手術室内を駆け回る新種を探すため神経を研ぎ澄ます。

 突然、ガラガラと音をたて手術室の扉が開いた。扉を開けたのはマカロンだった。

「救護班がきたので先程の方を任せて加勢に来ました!!」

そう元気よくいったマカロンの後ろには待っていましたと言わんばかりに長い管を伸ばす新種が暗闇から目を光らせていた。

「リサ!!!」

炎の叫ぶような声はマカロンの悲鳴にかき消された。マカロンの白い首筋に鋭い牙が刺さり、太く長い管がマカロンの血をごくごくと先程よりも早いスピードで飲んでいる、長く瀕死で生きながらえようとさせるわけではなく、確実に命を吸い取る勢いで。

「えん・・・ちゃん・・・」

マカロンの肌はすぐに血色が悪くなっていき、マカロンの声もか細くなっていく。

「マカロンから離れろぉぉぉおおお!!!!」

炎は斧を大きく振り上げ、新種とマカロンをつなぐ長く太い管を真っ二つにする。マカロンの赤い血が切った管からあふれ、管の半分が首についたまま倒れる。それを炎がすかさず抱きかかえた。大事な口をちょん切られた新種はピギャアアアという断末魔を上げ壁から剥がれ落ち、仰向けでバタバタと床の上で苦しんでいる。

「この状態なら生け捕りにできますかね?」

「生け捕りにしたいが・・・まだよくわかっておらんからのぅ、写真だけ撮って殺すほうがいいじゃろう。もしかしたら再生したりするかもしれん。」

「そうですね。」

新種の写真を師匠と協力して何枚か撮り、目玉が敷き詰められた腹にサバイバルナイフを突き刺す。予想通り腹の方は背中と違って柔らかく、すんなりと刃が通った。先程までうるさいほど鳴いていた新種はピギャッ、とか細く鳴いて力尽きた。サバイバルナイフを抜き取り、ケースに戻す。後ろを振り向くと、炎が瀕死のマカロンを抱きかかえ、血の気のない真っ白な手をぎゅっと握っている。

「いやだ・・・頼むから・・・死なないでくれ・・・」

「炎ちゃん・・・ごめんね・・・また足ひっぱちゃった・・・」

「そんなことない・・・絶対助けるから・・・もうしゃべらなくていいから・・・」

マカロンの首にいまだかぶりついている管を方結びし、簡単な止血をしているが出血量的にこのままでは長くは持たないだろう。

「師匠・・・」

「救護班は呼んだ、十分でつくそうじゃ。あとはマカロンが持ってくれるかどうかじゃ・・・」

そう言って師匠は二人に視線を向ける。炎の腕の中で力弱く呼吸をしているマカロン、それでも彼女は炎に笑顔を向けている。

「炎・・・ちゃん・・・」

「喋らなくていいから・・・血が余計出る・・・」

「もし・・・私が死んだら・・・私のドックタグを・・・受け取って・・・」

「縁起でもないこと言うなよ・・・またあの花畑に一緒に行こう?リサが見たいって言ってた映画も見に行こう・・・まだ・・・リサと生きてたい・・・」

震える声で炎はマカロンの手を握りながらそういう。マカロンは力ない手で炎の頬を撫でる。

「私も・・・炎ちゃんと生きてたかった・・・」

「まだ助かるから・・・まだ・・・」

「わかるの・・・自分の・・こと、だから・・・」

「嫌だ・・・死なないで・・・」

「ごめ・・んね・・・あい・・してる・・よ・・・」

マカロンはそう言うと目を静かに閉じ、炎の腕の中で長い眠りについた。

「リサ・・・?嘘だ・・・」

炎がマカロンの頬を優しく撫でる。しかし、マカロンは反応がない。炎はマカロンを抱き寄せ、咽び泣く。その後ろ姿を私はただただ見つめることしかできなかった。


 炎が落ち着いた頃には呼んでいた救護班もすべてを察して手術台で横たわっている男を連れて帰っていた。スマホの時計を見ると新種と出会ってもう一時間半ほど立っている。

「すいません・・・」

「謝ることではない、誰だって大切な人を失えば理解するのに時間がいるものじゃ。」

そう言いながら師匠は炎に一枚名刺を渡す。

「そいつは、わしの知り合いの葬儀屋じゃ。元々SKPの社員じゃったから何も聞かずに葬儀を進めてくれる。」

「ありがとうございます・・・」

「今日はもう帰りなさい。葬儀もあるじゃろうから、数日休んだら良い。その間の見回りはわしらがやっておく。いいじゃろ?ウェナ。」

「全然構いません。」

「ありがとう、ございます・・・」

目に涙を浮かべ、炎はマカロンを抱きかかえて病院の窓から飛び降りて帰っていった。炎とマカロンを見送り、病院の出口を目指す。廊下を歩きながら師匠の顔をちらりと見ると、なにか嫌なことを思い出しているような顔をしている。師匠も、過去に大切な誰かを失ったのだろうか・・・

「ウェナ。」

「はい。」

「今回の戦いは今まで以上に死が間近にある。」

「そうですね・・・」

「もし、だれか大切な人を失っても冷静さを失ってはいかんぞ。わしは・・・冷静さを失い、死への道を突っ張しっていったやつを沢山見てきた。冷静さを失ったやつほど早く死んでいった。じゃからウェナは誰かを失ってもその時起きていることを冷静に捉え、対処するのじゃ。たとえ大切な人を失っても。」

その言葉にはどこか悲しさと後悔が入り混じっているように感じた。

「大丈夫ですよ、師匠は強いしソウル先輩は戦略的撤退が得意だし。きっと生きて帰れますよ。」

「そうじゃと、いいのぅ・・・」

師匠は困ったように笑いながらそういった。結構長く師匠の弟子をやっているが師匠の昔の話を聞いたことがない。本人に聞きづらくて少し前にソウル先輩に師匠の昔話を聞こうとしたがソウル先輩も「自分とあったときからの師匠しか知らないなぁ」と言っていた。正直、師匠の同期は全員死んだか退職したかでコンタクトを取れるものはいない。一人はいるが・・・師匠の昔の話を聞くためだけに社長室に向かう勇気は流石にない。

「うーん・・・」

「ぼーっとして、どうした?O区に向かうぞ?」

「え、あぁはい。」

病院から出て、O区の方へ歩き始める。来るときは気づかなかったが、先程のモンスターのせいなのか外を歩くモンスターの数が異様に少ない。

「考え事か?」

「いえ、師匠の言い方が何かを含んでいるようで過去に何かあったのかと思いまして・・・」

そう言いながら横目で師匠の顔を見る。師匠は神妙な顔をした後、そういえば話してなかったのぅと言った。

「O区へはまだ遠いからのぅ、散歩を楽しむためにちょいとわしの昔話を聞かせてやろう。」

「ホントですか!?」

「うむ。そうじゃなぁ、ウェナもきっと読んだことあるはずじゃが、過去に一度だけ起きた、現世にモンスターが溢れた事件の話でもしようかのぅ。」

サンタクロースのような髭を整えながら話す師匠。師匠が言う事件はSKP職員で知らないものはいないと思われる大きな事件だ。

「文献を目にしたことがあります!確か、突然現れた蛇型の変異体によって現世にモンスターが一時溢れ出た事件ですよね!あのときはモンスターの発生源がもう使われてない町外れの廃工場だけだったから食い止めにも成功して、変異体も師匠たちが倒していつもどおりに戻ったんですよね!死傷者もたくさん出したディープレベル内で一番大きな事件だと書いていました。」

思わず早口で喋ってしまった。師匠が活躍した事件だから、一番資料を読み込んだ事件だ。

「フフフ、ウェナはディープレベルのことになるとよくしゃべるのぅ。」

「ハハハ、すみません・・・」

「いやいや、謝ることではないぞ?好きなものを語りたくなる気持ちはよくわかる。」

師匠は目を細めながら白いひげをさわる。

「今のわしは七十三歳じゃから・・・ざっと五十年前の話になるんじゃな、懐かしいのぅ・・・あの事件のとき、わしは祖父と父、同期たち数人と変異体と戦ったんじゃ。多くの仲間を失った・・・大切な仲間が目の前で首を飛ばされるのを何度も見た。わしは、怒りで我を忘れ、変異体を殺すことを仲間の仇だと思い、変異体と戦った。変異体は強くてのぅ・・・変異体が弱った頃には、生き残っている人間はわしと祖父、父と同期が二人だけじゃった。父と同期の二人は大怪我をしていてのぅ、戦えるのはわしと祖父だけじゃった。あの頃の祖父はとても強くてのぅ・・・モンスター五十匹に囲まれても無傷で帰ってくるような人じゃった。わしの、憧れの人じゃった・・・」

わしの師匠みたいなものじゃったんじゃよ、と付け加えて懐からその頃の写真じゃと釘バットをもった若い頃の師匠と杖を持った師匠の祖父、二人の仲が良さそうなツーショット写真を見せてくれる。

「あの頃のわしは無鉄砲で馬鹿じゃった・・・祖父がいるから勝てると確信してわしは弱っている変異体に突っ込んでいって、変異体をバットで殴った、それで変異体は倒れたんじゃ。その時わしはやったと思った、油断していたんじゃ。変異体が後ろから尻尾でわしを刺殺そうとしていた事に気がつけなかった・・・わしの後ろにいた祖父がそれに気付いてわしをかばって・・・刺された・・・」

師匠は悲しみのこもった声で告げる。

「今でも覚えておる、わしの背中を強く押す祖父の大きな手、後ろを振り返ったときに見た祖父の優しい笑顔、祖父の心臓を貫いて胸から飛び出した変異体の尻尾の先、飛び散る祖父の血・・・思い出そうとしなくともまぶたの裏にこびりついておる。」

師匠は目を閉じ、再確認するようにうなずきながら話す。辛い記憶のはずなのに、私に話すために思い出してくれている。

「祖父は即死じゃった。わしは頭が真っ白になって変異体のことも忘れて祖父に返事を求めた。名前を呼んで、体を揺さぶって、子供のようにすがりついて泣きわめいた。返事は、なかった。その様子を変異体はケラケラと笑っておった。わしは、変異体にとどめを刺した。変異体は最後まで笑いながら死んでいった。わしは、仲間を失った怒りで冷静さを失い、尊敬している師を失った。わしはあのときの行動を今でも悔いておる、この仕込杖は祖父の使っていた杖を受け継いだものじゃ。この杖を見るたびにあのときの、祖父の死顔を思い出して後悔しておる。」

そう言って師匠は私の方を向き、私の目をまっすぐと見る。

「わしは、冷静さを失って尊敬する師を失った。ウェナにはわしのような後悔をしてほしくないのじゃ。」

「後悔・・・」

「まぁ、これはわしの願望じゃ。生きてれば後悔することなんてたくさんあるし、後悔は後になって気付くものじゃからのぅ。」

仕方のないことじゃからあまり気にしんでおくれ、と師匠はポンポンと私の頭を撫でる。

「同じ後悔をしないで欲しいっていうことでいいですか?」

「うむ、脳みその端っこに少しでいいから覚えていてほしいことじゃ。」

「善処します・・・」

そう言うと、師匠はニコッと笑い手に持っていた仕込み杖を構える。

「O区についたみたいじゃな。」

前を見るとここまでチラホラとしかいなかったモンスターがのそのそと歩いている。新種のモンスターの特性?は一区までしか効かないようだ。

「今日最後の見回りですね。」

「最後じゃし暴れても良いかのぅ?」

「会社に新種の事報告するのだけは忘れないでくださいね、師匠!」

そう言ってアメちゃん爆弾とサバイバルナイフを取り出し、師匠と駆け出した。


 O区見回り後、社長や職員に今日戦った新種のことやマカロンが死んだこと、マカロンの死によって炎が戦える状態ではないことを伝えた。すると、ボスちゃんとアヤさんがマカロンと炎の代わりにO区の見回りを担当すると手を上げてくれた。社長も研究職員の中でもトップレベルで戦える二人なら、と承諾した。目撃例のある新種はまだいるらしく、今回の新種モンスターは『変異体α』と名付けられ、モンスター専門科の職員が現場検証や何かしらのものが残っていないか調査することになった。

 マカロンの葬儀は後日行われることになり、ウェナトリアは懐かしくも憎い高校の制服を引き出しの奥から出す事になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ