第六話 不幸の訪れ
ふぁ〜とあくびをしながら本社のロビーにあるソファで足を組む。今日は社長に呼び出されたため、朝からディープレベルの空気を吸っている。向こうが朝ならこちらは夜、そして向こうの夜が真っ暗ならこっちの夜はものすごく明るい。いつも黄色の空が真っ白になり、眩しいくらいだ。この眩しさが好きではないから朝は寝ているんだが・・・そう考えながらロビーで待っているとロビーの自動扉が開く。入ってきたのはサングラスをかけたソウル先輩と師匠だった。
「あっ、ウェナトリア!こんな時間によく起きれたな!」
「昨日は珍しく早く寝たんですよ、それよりなんでサングラス?」
師匠がサングラスを頭に乗せ、ソウル先輩はサングラスを胸ポケットにさす。
「こんなに眩しいのに良くサングラスをつけずにいられるのう・・・」
「ウェナトリア眩しくないのか?俺はもう・・・目が痛くて・・・」
「うわぁ・・・」
老いって怖いなぁと思いつつ、師匠も私の前に座る。ソウル先輩は師匠の隣に座った。
「そういえばここで待つよう言われたんですけど、今のところ師匠達以外来てないですよ?」
「まぁまぁそう早まるな。後何人くるっんじゃったかのう」
「あと、現在ランキング三位のマチさんと四位の炎さんと五位のマカロンさん、九位のエルさんと十位のハナコさんが来ますよ!」
「そうじゃったな。最近物覚えが悪くてのう。」
「えっエルニエッタとハナコもくんの?」
「そうだよ。六位、七位、八位の三人が最近怪我したらしくて、今日は俺ら含めて八人と開発グループの数人がここに集まって社長の話を聞く分けだ。」
「へぇ〜てか、ハナコとエルニエッタなんでそんな高いランクなの?この前まで二十八とかだったじゃん」
「ウェナトリアは全然ランキング見ないから知らなかったんだな!ハナコとエルニエッタは最近少しずつ上に登ってきてて将来有望だなんて言われてるんだぞ?まぁ十位まで上がったのは最近上にいたのが何人か死んだからだな。」
「死んだ?ランキング上位はなかなか死なないんじゃ?」
「そう思うよな・・・俺もよく知らないんだ・・・なにかあったのかもしれない・・・」
「今日、社長の話を聞けばわかるわい・・・」
師匠はロビーの机に置いてあるおせんべいをポリポリ食べながらそう口を挟む。なにか重大事件がこのディープレベルで起こっているらしい・・・
それから十分程で呼び出された全員が集まった。一通り挨拶し、全員でエレベーターに乗る。目指すは社長室。ソウル先輩が震える指でエレベーターのボタンを押そうとしている横から師匠がなんのためらいもなくボタンを押した。まぁ、それもそうだよな。社長は師匠の双子の弟だ。緊張とかしないだろうな。
「あ、あの・・・」
話しかけてきたのは現在ランキング三位のマチ。メガネにおさげ、セーラー服を着ている女の子だ。なんと言うか、どこか昔の人といった印象を受ける。
「なんですか。」
「えっとウェナトリアさん・・・どうやったら強くなれますか?」
この手の質問はよくされる。というかこれ以外あまり質問が飛んでこない、そんなに近寄りがたいだろうか・・・
「今の自分に満足していたら強くはなれない。と師匠が言ってました。」
「な、なるほど!ありがとうございます!」
マチは小さなメモ帳にその言葉を書き記している。師匠がふふふと微笑みながら話しかけてくる。
「ウェナも人と話せるようになったのじゃな」
「これは、その場しのぎのものですよ・・・会話に入りません。」
「ふーむ・・・べつにいいと思うがのう・・・」
白いひげを触りながら眉間にシワを寄せる師匠。しまった、また困らせてしまった・・・これ以上話しかけられないよう、喋らないようロリポップキャンディーを取り出して口に入れる。今回は季節に合わせて『君がはしゃいだハロウィン味』だ。確かに舐めているとハロウィンな味がする。
「聞いてよ、俺が順位上がったのってパインさんが殉職したからなんだけどさ、パインさんが殉職した時戦ってたモンスター、見たことないやつだったらしい・・・」
「ほんと?私の友達も最近見たことないモンスター見たって言ってたんだよ・・・今日呼ばれたのに関係あるのかな?」
炎とマカロンがそう話している。見たことの無いモンスター・・・前に言っていた師匠の”嫌な予感”が当たっているかもしれない。
八階ですという機械的な音声と共にウィーンと音を立ててエレベーターの扉が開く。エレベーターから降りると、社長室と会議室と書かれた扉がふたつある。周りを見ると大きな花が飾られていたり、金色の装飾が施された机などがあり自分も含め師匠以外の全員が好奇心に目を輝かせている。ハナコとエルニエッタも例外ではなく目を輝かせながら周りを見ている。
「ふむ、会議室に行こうかのう」
そう言って師匠を先頭に私たちは会議室に入った。
会議室には先客がおり、全員白衣を着ている。白衣ということは、先客は全員開発グループに属する職員ということだ。顔を見ると、Mショップの武器販売で製作者としてよく見る顔ぶればかりだった。一番前の席にはボスちゃんとその隣にアヤさんもいる。ソウル先輩はアヤさんを見つけてすぐに表情がとろけ、ボスちゃんは私を見つけてすぐにどこから取り出したのかペンライトを降っている。心底辞めて欲しい。
「ふむ、この感じ的にランキングの早い順に前に座るんじゃな。」
「みたいですね。」
師匠とソウル先輩がそう話しているのを聞いてなるほどっと思った。ランキング順位が高い順に前から並ばなければこういう場でボスちゃんが前に座っていることはほぼない。
「じゃあわしらもそんな感じで座るかのぉ。」
「はい!」
師匠がそういうと、それを聞いていたマチやマカロンなども返事をした。ひとつの長机に二人分のパイプ椅子がある、一番前の長椅子に私と師匠、二番目にソウル先輩とマチ、三番目に炎とマカロン、四番目にエルニエッタとハナコの席で座った。
「始まるまで三分か。」
それまでにこの口の中にあるロリポップキャンディーを食べきらなければ、そう思っているとボスちゃんが席を立ってこちらに歩いてきた。誰も席を立っていないこの状況でよく動けるなと思ったがまぁ、ボスちゃんならやるなと納得してしまった。
「ウェナトリアちゃん!」
「何?」
「前さ、近接武器が欲しいって言ってたから新しい武器作ったんだ!」
「へぇー見せて。」
そういうとボスちゃんは嬉しそうに白衣の内ポケットから皮のケースに入ったナイフを一本取り出す。
「ウェナトリアちゃんが持ってるナイフは獲物を解体する時に使うタイプで戦闘には向いてないでしょ?だから、こっちのナイフは戦闘向きなサバイバルナイフにしたよ!」
「へぇーいいね。」
皮のケースからナイフを取り出す。照明が反射してキラキラと輝くナイフはまるで星が輝く夜空のようだ。
「なんでこんなキラキラしてんの?」
「あードッグタグに使われてる特殊な金属入れたらなんかキラキラになっちゃって・・・」
「えっあれって企業秘密なんじゃ・・・」
「えっそうなの?知らんかった!まぁ、なんか貰ったから入れたんだー!気に入って貰えた?」
目をキラキラさせながら感想を聞いてくる。実際にモンスターに使ってみなければ分からないが大きさや持ち手の質感など私好みに作られていて嫌いではない。
「いいと思うよ。モンスターに使って見なきゃ実際に使えるかわかんないけど。」
そういうとボスちゃんは口角をこれでもかと言うほど上げる。んふっと変な笑い声をあげた後、ニコニコしながら自分の席へ戻って行った。そんなに嬉しかったのか?と思いながらサバイバルナイフを皮のケースにしまい、ポケットに入れた。
それから時計の針がピッタリ集合時間になった瞬間、ガチャりと社長室に続いているであろう扉が開いた。スーツをびしっと着た師匠とよく似た人が入ってきた。社長だ。師匠は白い髭を生やしているが、社長は髭など一切なくスーツをビシッときていてとても師匠と同い年とは思えない。師匠と顔がほとんど一緒なので師匠も髭をそってスーツを着ればあんな感じに若く見えるのだろうか?そんなことを考えていると、社長が話し始めた。
「突然招集したのに集まってくれてありがとう。」
「そういうのはいらんだろう?さっさと本題を教えてくれ。」
そう師匠が口を挟む。社長は少しムッとしたがまぁいいと本題に入った。
「最近、噂を耳にしたものもいるかもしれないが新種のモンスターが目撃された。」
「新種のモンスター・・・」
その場にいたほとんどの者がぼそりと呟く。やっぱりか、じゃあ先生は・・・などボソボソと小さな声で話している。社長は話を続けた。
「この三日で多くの職員の命が新種のモンスターに奪われた、今日集まってもらったのはこれ以上新種のモンスターの被害を出さないために新種のモンスターの研究と調査のためだ。」
「研究と調査?」
師匠が聞き返す。社長は後ろにあるホワイトボードに図を描きながら説明を続けた。
「研究は開発グループの職員に任せる。ディープレベル研究グループの職員と協力して新種のモンスターについて研究を進めてくれ。それと同時進行で新種のモンスターへの有効な攻撃方法や新しい武器などについても研究・開発して欲しい。」
「なるほど、研究グループと我々開発グループで協力しろということですね。」
ボスちゃんが声を上げる。社長はそうだ、と言って説明を続ける。
「次、調査についてはハンターグループにやってもらいたい。ハンターグループには二人一組になって新種のモンスターが目撃された区とその周りの区の調査をしてもらいたい。」
「何区だ。それによって話が変わるぞ。こっちは命がかかってる。」
「わかってるよ、兄さん。今回新種のモンスターが目撃されたのは上級者・熟練者向け地区のP区。」
「P区!?あっすみません・・・」
ハナコが大声をあげる。確かハナコは今、P区辺りを狩場にしている、驚くのも仕方ない。
「驚くのも無理はない、今回の新種のモンスターは目撃者の話ではT区やU区レベルのものだ。このままでは上級者地区のL〜O区のハンター職員が餌にされてしまう。それを回避するため、明日から一ヶ月間O区P区Q区を新種のモンスター調査兼見回りをしてもらう。」
「三つの区では一組あまりが出るやろ。」
社長の言葉に一回一回突っかかる師匠。なんというか、そういうところを見ると二人は兄弟だな・・・と思ってしまう。
「あぁ、この3つの区にはそれぞれソウル&マチペア、炎&マカロンペア、エル&ハナコペアに行ってもらう。どのペアがどの区に行くかは話し合って決めてくれ。そして、兄さん&ウェナトリアペアにはL〜U区まで全てを見回りしてもらいたい。」
師匠はキッと社長を睨む。社長は睨まれても一切怯んでいない。師匠に睨まれるなんてほとんどないし睨まれたらみんな怯むんだけどな、さすが社長だ。
「正気か?二人でほとんどの区を回れと?寝言は寝て言え。」
「正気だし、本気でそう言ってる。」
「わしは構わんが、ウェナはダメじゃ。ウェナはしっかりしておるがまだ十七じゃ、子供に無理をさせるのは好かん。」
「兄さん、その気持ちはわかる。でも、兄さんとウェナトリアにしか頼めないんだ。」
「ならわしが一人で行こう。」
「それはダメだ。万が一、億が一にでも兄さんが死んだら・・・誰が報告するんだ?ただの見回りじゃない。謎の多い新種のモンスターに遭遇するかもしれないんだ、二人一組で回って欲しい。」
真剣な面持ちで社長は師匠を見つめる。師匠も引こうとはしない。
「師匠、私は大丈夫ですから。」
「ダメじゃ。」
「大丈夫ですよ、もう十七歳なんですよ?」
「”まだ”十七歳じゃ!わしはウェナに早くに死んで欲しくないのじゃ。わしの前で・・・」
「大丈夫ですって、死にませんから。」
「どうしてそう言える。」
「私は強いですから、師匠程では無いですけどね!」
そういうと師匠は少し満足気に、しかしどこか悲しげに私の顔を見る。
「社長、私は大丈夫です。師匠と一緒にL〜U区を回ればいいんですね。」
「あぁ、毎日回って欲しいとは言わない。ただ、一日最低でも二区は見回りして欲しい。」
「わかりました。」
「・・・わかった。」
師匠は少し不貞腐れたように返事をした。
「今からハンターグループには重要なものを渡す。」
社長は机の下からアタッシュケースを取り出した。カチッカチッとアタッシュケースの鍵を開け、社長が取り出したのはイヤーカフ型のインカムだった。
「これは、連絡用の通信機器だ。ボスちゃんとバルーンが作ってくれた。」
そう説明しながら社長は、ボスちゃんとバルーンと呼ばれた白衣の女性を前に呼ぶ。茶色の髪をポニーテールにしたバルーンと黒い髪をお団子にしているボスちゃんが並ぶと何となく仲が良さそうに見えた。
「中身は私がやりました、デザインをバルーンにしてもらいました!」
「デザインは私がしました!」
元気に笑顔でそういう二人。ボスちゃんは社長が持っていたインカムを受け取り喋り始めた。
「このインカムはシンプルコンタクトマシン、通称SCMって呼んでね!耳にかけるだけで、マイクはここ!」
そう言いながらインカム基SCMをバルーンの耳につけながら説明する。
「結構最近の技術?を取り入れたから周りの音がよく聞こえるけど通信機器としての性能も落ちてないから戦闘中でもつけて大丈夫!上にスライド式のボタンが一つと普通のボタンが一つ着いてて、下にボタンが一つ着いてます!スライド式のボタンは通話相手を決めれる。そうだね、耳にかけてる状態から見て手前がバディ、奥が職員全員。奥にすると、全職員のスマホに強制的に連絡が行くようになってるから、気を付けてね!普通のボタンが通話開始と終了のボタン。一回押すと開始、もう一回押すと終了するよ!下に一つ付いてるボタンは社長のSCMに直ぐに繋がるようになってるからなにか重要なこととかあれば、このボタンを押して社長に繋いでね!今は数が少ないからここにいる四組分だけしかないけど一応、研究グループ分も作る予定です!」
そうボスちゃんが言い終わると、次は私の番!と言いたげな表情でバルーンが前に出る。
「はい!私はデザインを担当しました!私は神話生物が好きなので今回四匹の神話生物をデザインの元にしました!」
そう言ってバルーンはアタッシュケースを片手にこちらに歩き出した。私と師匠の前に立つと、アタッシュケースから二つSCMを取り机に置いた。机に置かれたSCMは赤い鳥が羽ばたいているようなデザインをしている。
「師匠さんとウェナトリアさんペアにはフェニックスのデザインです!」
「ほう・・・かっこええのぅ!ありがとう!」
「あ、ありがと。」
礼を言って、先程のボスちゃんの説明を思い出しながら耳につけてみる。羽ばたいているようなフェニックスの羽がでかく邪魔になるかと思ったが意外と安定する。着け心地は悪くない。バルーンは次にひとつ後ろの机に向かった。
「ソウルさんとマチさんペアにはドラゴンのデザインです!」
そう言って机に置かれたSCMは緑のドラゴンが羽ばたいているデザインをしている。
「ありがとう。」
「あ、ありがとうございます!」
ソウル先輩が耳につけるとなんかかっこよくてムカつく。マチさんは小さい耳にでかいのが着いているのに意外としっくりくる。バルーンはまた後ろの机に向かう。
「炎さんとマカロンさんペアにはクラーケンのデザインです!」
そう言って机に置かれたSCMは青いイカに近い造形の生物が象られている。長い触手が首に沿うようになっており、一番安定しそう。
「あざす!」
「ありがとう!」
炎とマカロンは耳にそれをつける。二人ともよく似合っている。バルーンはまた後ろの机に向かう。
「エルさんとハナコさんにはユニコーンのデザインです!」
そう言って机に置かれたSCMは角の生えた白い馬のデザインをしている。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
エルニエッタとハナコはそれを耳につける。エルニエッタもハナコも意外と似合っている。バルーンはニコニコしながら前に戻ってSCMをつけたハンターグループを見て目を輝かせている。
「はぁ・・・やっぱり自分の作ったものが使われてるのを見るとゾクゾクしちゃう!」
ウフフっと口元を手で隠しながらそう言う。この人もボスちゃんと同じ匂いがする・・・バルーンはつけていたSCMを外し、社長に渡す。社長はそれを受け取り、耳につけた。ボスちゃんがそれを確認すると、バルーンとともに自分の席に戻った。
「ボスちゃん、バルーン、説明ありがとう。」
社長がそう言うとボスちゃんとバルーンは元気に「はい!」と返事をする。
「ハンターグループには必ず二人一組で行動してもらいたい。君たちの命は平等に尊いものだ、無駄死はさせたくない。私からは以上。会議室は私の許可なく自由に使ってくれ。」
社長はそう言うとホワイトボードをきれいにして入ってきた扉に帰っていった。社長が出ていったあと、緊張の糸が切れたようにその場にいた師匠以外の全員の表情が様々に変わる。
「キンチョーした〜!」
「社長めっちゃ威厳あるな〜」
「だな〜!ゲンジさんとの言い合いはちょっと怖かった〜」
そんな会話をしながら研究グループは何人か会議室を出ていった。残ったのはハンターグループとボスちゃん、バルーンだけだった。
「じゃあ、どのペアがどこの区行くか決めましょうか。」
一番に口を開いたのはソウル先輩だった。
「そ、そうですね!ホワイトボード使いますか?」
「マチさんにさんせーっす!」
「じゃあ、前の方の席に移動しましょう。」
ソウル先輩は席を立つとホワイトボードの前に移動し、今回巡回するように言われた区を書く。その間に他の人たちは移動を始めた。師匠と私は関係ないので後ろの席に座り直す。前でどのペアがどの区に行くか話し合っている後ろ姿を見ながら、ぼーっと忙しくなる1ヶ月に思いを馳せる。
「ウェナ、無理をしたんじゃないか?」
師匠がこちらに顔を向けずにそう問うてくる。
「無理はしてないですよ。私はまだ若いですから、無理をしてもいい歳ですし。」
「はぁ・・・何歳だろうが無理をしていい歳などないぞ。」
「わかってますって、無理はしませんから。大丈夫です。」
「ふむ・・・ならあまり言わぬが・・・」
そう話しているとバルーンがボスちゃんと共にこちらに歩いてきた。バルーンは目を輝かせながら手に持っていたトートバックから色紙と油性ペンを取り出す。
「ゲンジさんですよね!!」
「あぁそうじゃが?」
「あ、あの、自分すっごいファンで!!サインいただけませんか!?」
色紙と油性ペンを師匠の前に差し出し、早口で顔を赤くしながらバルーンは大声でそういった。隣でボスちゃんがニコニコしている、まるで告白のようだ。
「さいん、とやらはわしにはないのじゃが・・・名前を書けばよいのか?」
師匠は色紙と油性ペンを手繰り寄せ、油性ペンをキュポンと音を立てながら蓋を開ける。書く気満々のようだ。
「は、はい!!」
「よし、名前なんて久々に書くのぅ!」
そう言いながら師匠は色紙に油性ペンを走らせる。師匠は色紙の真ん中に『ゲンジ』と大きく書き、左下に『バルーンへ』と書いた。
「これでよいか?」
「は、はい!!!!!家宝にします!!!!!」
バルーンは師匠から色紙を受け取ると素早く色紙サイズピッタリの透明の袋に入れた。袋に入れた色紙と油性ペンをトートバックに戻し、バルーンは「ありがとうございました!!!」と先程よりも大きな声でいった。
「うむ、今回の作戦もよろしく頼むぞ。」
そう言って師匠がバルーンにウインクをする。
「は、はひぃ!!!!」
バルーンは喉から声を絞り出してそういった。ガッツリ噛んでいるし、しかも鼻血が出ている。
「あれまぁ、バルーン鼻血が・・・」
「ふぇ!?あっす、すみません!!」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!!そ、それでは!!」
鼻血を白衣の袖で拭いながらバルーンはペコリと頭を下げてそそくさと会議室を出ていった。ボスちゃんもバイバーイと言ってバルーンの後を追って会議室を出ていった。
「ふむ・・・ウインクはだめじゃったかのぅ?」
「あれは〜いい意味でだめでしたね。」
「いい意味で?」
「彼女は見た限り、師匠の大ファンでヲタク友達が使ってた言葉を借りると限界ヲタクと言うやつですね。」
「限界ヲタク・・・」
「まぁ師匠は気にしなくて大丈夫ですよ。そうですね、彼女にあったら何かしらファンサしてあげればいいと思いますよ。」
「ふぁんさ?何をすればいいんじゃ?」
「目が合った時にウインクしたり、手を降ってあげればいいと思いますよ。」
「ほう・・・参考にさせてもらうぞ。」
師匠は強すぎて人が寄り付かないだけで人と話すのは好きな方だ。多分、ファンですと言って話しかけてくれたのが嬉しかったのだろう、ニコニコしている。
「師匠、明日からのことなんですけど。」
「なんじゃ?」
「最低でも一日二区は回れと言われていたじゃないですか、一区回るのに五時間かかります。寝る時間等考えるとこっちにいられるのは最高十二時間、どう頑張っても一緒に行動していると二区回るのが限界なんですよ。一緒に行動していたら効率が悪いじゃないですか?」
「まぁ確かに。」
「そこで、同じ区内で別行動したらいいんじゃないかと思って。」
「ふむ、確かに同じ区内なら多少別行動しても大丈夫じゃろうし、いいアイデアじゃな!」
うんうんとうなずきながら同意してくれる師匠。同じ区内なら多少離れていてもすぐ駆けつけられるし、このSCMもある。もし新種に出会って相手に勝てないと思えばSCMで連絡して一度撤退して体制を立て直せばいい。
「じゃあ、明日の六時に別荘に行きますね。」
「うむ。気を付けてくるんじゃぞ?」
「わかってますって、子供じゃないんですから!」
「わしにとってはまだ子供じゃよ。」
「師匠は私がいくつになっても子供だっていってるじゃないですか。」
「ウェナは可愛いからのぅ!ソウルと並んで大事な弟子じゃ!」
「はいはい、お世辞はいいですから。あっ終わったみたいですよ。」
そう言いながらホワイトボードを指差す。ホワイトボードには
『O区:炎&マカロン
P区:エル&ハナコ
Q区:ソウル&マチ』
ときれいな字で書かれていた。よく見るといつの間にかソウル先輩は司会に周り、ホワイトボード用のマーカーはマチの手に握られていた。あんなきれいな字をソウル先輩がかけるわけないので納得だ。
「決まったので解散!これ以降の異論は認めません、自分の持ち場を忘れないように写真とるなりメモするなりしてくれ。」
「はい。」
「はーい」
「了解」
「わかりました!」
「了解!」
ソウル先輩は司会が終わるとスタスタとこちらに戻ってきた。その顔は一見清々しく見えるが右手がお気に入りの猫柄のネクタイにいっているところを見ると緊張で死にそうになっていたんだろうと推測できた。先輩は何か不安なことがあるとすぐにネクタイもしくは猫に関するグッズを無意識に触る癖がある。
「先輩、めっちゃ緊張したんすね〜」
「う、うるさい!俺が大変な目にあってるのにニヤニヤしやがって!ひどいぞ!」
「はいはい、すいませんした〜」
「ハイは一回だ!」
「はーい」
「のばすな!」
「まぁまぁ、喧嘩するな。ソウル、司会うまかったぞ。さすがわしの弟子じゃ!」
「あ、ありがとうございます!」
師匠に褒められたのが嬉しかったのか先輩はニヘラァと口を綻ばせる。
「それじゃあ帰りますか〜」
「うむ。」
「俺は武器のメンテナンスに行きます!」
「アヤさんとやらのとこに行くのじゃな?」
「へ!?な、なぜそれを!?」
ソウル先輩はわかりやすく顔を赤く染める。
「結婚してないわしがアドバイスできることはないが・・・あまりガツガツ行くと振られるからのぅ。」
「は、はい・・・てかなぜアヤさんを!?」
「うーむ、まぁ内緒じゃ!」
そういって師匠は会議室を出てすぐの窓から飛び降りた。師匠は元気だなぁ〜。
「ウェナトリア・・・お前だろ・・・師匠に言ったの!!!」
「えーいやーなんのことだかさっぱりっす」
「その棒読み加減!!!お前かー!!!」
頭から角をはやしたソウル先輩が走って来たので捕まる前に窓から身を乗り出し、下に落ちた。こらー!!!というソウル先輩の怒号が聞こえた気がしたが聞かなかったことにした。
会議は何時間したんだろうか。一時間か二時間か・・・そのためだけに早寝をしたがやはりいつもは眠っている時間、眠気が体も心もベッドへ誘う。倒れ込むようにクッションとぬいぐるみの波に埋もれる。久々の太陽の光は妙にまぶたの裏に染み付いて離れなかった。




