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Deep Level  作者: 江菓
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第五話 ネコ

 ビル群に沈んでいく夕日をみながら縁側でザラメせんべいを頬張る。パリポリと音を立ててせんべいを食べ、口の中に残ったザラメをコーラで流し込む。

「ぷは〜!うっま!!」

「大げさだろ」

隣で膝に猫を乗せたソウル先輩が笑いながら突っ込んでくる。大げさに見えるほど美味いこの組み合わせが悪い。

「先輩も試してみてくださいよ!超美味しいですから!」

「いや〜俺はいいや、ねこちゃんがいるから。」

そういいながら猫の頭を撫でるソウル先輩はとても幸せそうで表情はとろけきっている。猫もソウル先輩の膝で欠伸をしている。

 空がオレンジから紺色に変わっていく頃、そろそろ行くかぁ〜と立ち上がったとき、池からハナコが出てくる。

「ハナコじゃん。」

「あっ、ウェナトリアさんソウルさん!今からですか?」

「そうだよ〜ネコちゃんバイバイ」

ハナコの問に答えながらソウル先輩は膝の上にいた猫の背中にさよならをする。

「今から幻のモンスターに会いに行くんだ。」

「幻のモンスター?」

「そう、滅多に出会えないモンスターがU地区で目撃情報が上がっててさ。今から探しに行くんだ〜」

「U地区・・・」

ハナコの顔はあからさまに強張る。U地区は上級者向けであり、一番立ち入り禁止地区に近いため、ほとんどの職員は近付かない。ハナコもそれをどこかで聞いたのだろう、嫌そうな顔をしている。

「先輩、幻のモンスターは今回見逃したら次はいつになりますか?」

「うーんだいたい十年後くらいかな〜」

「十年後!?」

ハナコはびっくりしすぎて池に落ちそうになる。まぁ、確かに十年は長い。死にやすいこの職業は長く生きても五、六年と言われている。運がいいか、強ければ師匠のように長生きもできるがそんなことほとんどない。

「今回逃したらハナコ、一生見れないよ〜」

「うぅ・・・気になるけど・・・でも、ディープレベルのモンスターの造形でしょう・・・?」

「いや、あれはほんとに見ないとダメ。前に1回だけ師匠に見せてもらったけれどほんとに可愛かった。写真でも可愛かったから、実物は絶対もっと可愛い。断言出来る。」

早口でまくし立てるように先輩がハナコに話す。そう、それは好きなものを布教する時のヲタクのようだ。

「そ、そんなになんですか・・・?」

「まぁ、猫好きは見た方がいいかな。どうする?ついてくる?」

そう問いかけると、ハナコはこくこくと頷いた。

「よーし、じゃ行きますか。付いてきてね。」

そう言って池に飛び込んだ。

 誰もいないU地区を三人で歩く。うーんと悩みながら歩いているハナコの横でソウル先輩はウッキウキで目を輝かせながら幻のモンスターを探している。

「まだ疑ってんの?」

「ちょっと信じられませんね・・・ディープレベルに可愛いのがいるってことが・・・」

「ま、そうだよね〜」

「見たらきっとわかるさ!あの子たちの可愛さがね!」

ウッキウキで語るソウル先輩。ハナコは若干引いてる。それはまぁ仕方ないことなんだが・・・ソウル先輩は動物、特に猫が好きで身につけているものを猫で統一するほどの猫狂いだ。ソウル先輩は師匠に一度写真を見せられただけで幻のモンスターに魅了され、今日久々に会えるかもしれないとウキウキしているのだ。

「なんで今日逃したら十年後なの?」

ハナコが不思議そうに聞いてくる。ハナコの隣でソウル先輩がいつもは見せない心からの笑顔で目を光らせている。

「幻のモンスターはいつも危険地区のV〜Zにしか生息しないんだよ。それでたまーにU地区に現れる。その周期がだいたい十年なんだよ。」

必死に幻のモンスターを探すソウル先輩を見ながら、ハナコの問に答える。

「へぇ〜なんでたまに来るの?」

「その理由はわかってない。幻のモンスターって言うだけあって謎に包まれてるんだよね〜」

「研究できないの?」

「生け捕りが出来ないんだ。」

「生け捕りが?」

「そう。逃げ足早いし、先輩みたいに幻のモンスターを可愛がる人まで出てきてしっかり研究できてないんだ。」

「なるほど・・・」

「おいおい、何してんだよ!ウェナトリアとハナコさんも探して!」

そう言ってソウル先輩は私とハナコにチュールを渡してくる。その顔には絶対に見つけてやるという執念が現れていた。

「すごい熱量だ・・・」

「あの人一回危険地区に付いてきて会えなかったから・・・今回は絶対会うって意気込んでたんだよね・・・」

「うわぁ・・・」

「先輩の状況をソシャゲで言うと『推しのイベントカードピックアップ中!』みたいな感じなんだ、ちょっとだけ付き合ってあげよう・・・」

「そ、そうだね・・・」

二人で引きつつ、ソウル先輩とともに幻のモンスターを探した。


 あれから一時間程経っただろうか。一向に幻のモンスターが見つからず、ハナコは疲れきって座り込み、ソウル先輩はチュールを握りしめながら地面を這いずっている。

「いや、二人とも疲れすぎじゃない?」

ロリポップキャンディーの『君がはしゃいだハロウィン』味を舐めながら下にいる二人を見る。

「いや、これが普通だよ・・・」

「あんだけモンスター倒してまだピンピンしてるウェナトリアがバケモンなんだよ・・・」

「えぇ・・・体なまりすぎでしょ。先輩もうちょっと鍛えた方がいいっすよ。ハナコは爪が甘い、もうちょっと鍛えないと一人で今より上の地区に行ったら即死だよ。」

「はい・・・」

「あぁ・・・ウェナトリアに怒られる日が来るなんて・・・」

「そんなこと言ってないで早く立って。そんなダラダラしてたら日が登りますよ?」

先輩を起こし、ハナコに飴ちゃんを渡して幻のモンスターの捜索を続ける。

「なぁ、ウェナトリア・・・」

「なんですか?」

「ほんとにいるのか?ほんとに今日なのか?」

「大丈夫ですって、有力な筋からもらった情報ですから。」

「言い方がヤのつく職業じゃん・・・」

「先輩疑いすぎですよ。それと、ボスちゃんはヤのつく職業じゃないよ?」

「ボスさんだったならボスさんって言えばよかったのに・・・」

「それじゃ面白くないじゃないですか。」

「えぇ・・・」

ハナコは後ろで死にそうな顔であげた飴をなめながらトボトボとついてきている。やはり、きつかっただろうか?最近H地区にいったハナコにU地区は少し早すぎたかもしれない。

「仕方ない。もうちょっと行ったら休憩しよう。」

「ほんと!?」

「やったー!!」

休憩という言葉にわかりやすく喜ぶ二人。『散歩』と聞いて大喜びする犬のようだ。ちょうど良さそうなところを探しながら、また歩く。

「でも、こんな危ない場所で休憩なんてできるの?」

「それもそうだな。どうするんだ?」

「いや〜試したいものがあるんだよね。」

「え?」

「え?」

試したいものがあるんだよねという言葉にはてなを浮かべる二人をよそに、ちょうどいいぐらいに開けている場所を見つけた。

「お、いい場所発見!あそこ行こう〜」

そう言って開けた場所へ行く。後ろにいた二人は嬉しそうに着いてくる。開けた場所の真ん中辺りに大きめのばってんを適当に書いて、先輩とハナコの方を見る。

「よし、先輩とハナコはこのばってんにいてください。」

「はーい」

「わかりました!」

先輩とハナコがばってんに立ったのをみて、それを中心に三人が寝っ転がれるくらいの大きさの円を適当に書く。二人は黙ってその様子を見ている。

「えっと〜たしかここに・・・」

右袖を漁り、アレを取り出す。アレは、白い円柱で手のひらサイズの学校ではよく使う物。

「チョーク・・・?」

「なんでそんなの持ってんだ?」

二人はほぼ同時に問いかけてくる。まぁ、それもそうだ。急にチョークを取り出されたらみんなびっくりするか不思議に思う。

「これはね、普通のチョークじゃないんだよ。」

説明しながら、適当に書いた円をチョークでなぞる。白い線が三人を囲う。

「これは、最近ボスちゃんが開発した『境界線チョーク』ってやつ。作ったのはいいけど試してくれる人がいなくって私に回ってきたってわけ。」

「なるほど・・・」

「どんな効果なんだ?」

「いい質問ですね〜先輩。このチョークには奴らが寄ってこなくなる成分である炭酸カルシウムが入ってて、あいつらはチョークを引いた場所は嫌って近寄ってこなくなる。本社の周りに貝殻が置いてある理由だよ。」

「なんでモンスターは炭酸・・・カルシウム?を嫌ってるんですか?」

「まだ原因は研究中だけど、一説には奴らに骨がないからって言われてる。」

「骨?」

「奴らには骨がないっていうのは死んだ後何も残らないから、動物も人間も焼いたら骨は残るでしょ?でもあいつらは残らない。だから骨がないって言われてる。」

「骨なら人間は?モンスターは人間食べるじゃん?」

「そこもね〜解明中だけど、一番有力な説は人間の血が骨を上回るほどいい匂いをさせているからって説。まぁ映画によくあるゾンビみたいな?あいつら人間食べるために罠に突っ込んでくるじゃん?それと同じ感じで、アイツらも自分の食欲には勝てなかったって感じかな?他にも面白い説があって、あいつらにとって炭酸カルシウムは毒だけど骨に一緒に含まれるリン酸カルシウムは必要不可欠な成分なんじゃないかって説。」

「また分からない成分出てきた・・・」

早口で喋る私を見ながら先輩は呆れ顔をし、ハナコは頭から湯気をあげながら「リン・・・酸・・・?」と呟いている。そんなふたりを無視して私は話を続けた。

「炭酸カルシウムとリン酸カルシウムは骨にめっちゃ含まれてて、奴らが生きるのにリン酸カルシウムは必要不可欠な成分で、人間は美味しくて必要な成分を豊富に含む、あいつらからしてみれば私たちは腹のふくれるカロリーメイトってとこかな。」

「必要な栄養がとれて美味しくてお腹がふくれる・・・なるほど・・・確かにカロリーメイトだ・・・」

「嫌な事聞いた・・・聞きたくなかったわ・・・」

うぇ〜っとハナコが耳を両手で塞ぐ隣で先輩はため息をついている。その頃には円を書き終えていた。

「なんすか先輩!人の顔みてため息つかないで貰えます?」

「えっいや〜その饒舌さを人付き合いに、記憶力を勉強に使えばいいのにって思ってさ〜」

「人付き合いなんてもう捨てました。てか、先輩も人のこと言えませんよ?言うなら私より上になってから言ってください。それと、勉強はしてるじゃないですか。」

「勉強って言ったってディープレベルのだろ?俺が言ってんのは社会で生きていくための勉強だよ・・・」

ため息混じりに先輩がそういう。その態度に軽い苛立ちを感じ、声を荒らげた。

「先輩、先生してくれてるのはありがたいと思ってますがあんまりチクチク言わないでください。ディープレベルの勉強も私にとっては生きていくためのものです。私の社会はこっちです。」

「はぁ・・・それでも、やらなきゃ。」

「だからやってますって。先輩にも毎月ちゃんと提出してるでしょう!」

「あぁ、正答率はディープレベルの提出物の方が高いけどな。」

「好きな物は言われなくても勉強する、普通でしょ?」

「・・・」

黙りこくる先輩を横目に、スマホを開く。Mアプリを開き、Mショップと書かれたボタンをタップする。Mショップを開くと画面の下に左から『武器』『アイテム』『換金』というボタンが並んでいる。『アイテム』をタップし、欲しい飲み物や食べ物をMポイントで買った。

「何してるの?」

「Mポイントで食べ物買ってるの。ハナコと先輩の分も買ってあげるよ。」

「ありがとう。」

「ありがと〜!」

Mポイントで買ったものを『まとめて配送』ボタンを押して、右袖からレジャーシートを取りだしてひいた。

「えっ・・・その袖のポケット何が入ってるの?」

「袖口を通るものはなんでも入るし容量も気にしなくていいってボスちゃんに言われた。右袖に入れたものはボスちゃんが専用に作ったロッカーに転送されるから色々入ってるよ。左袖はバッグにつがってるから必要なものを入れてる。最近知ったんだよねぇ〜」

「へぇ・・・すごいね・・・」

ハナコが感心していると遠くを見ていた先輩が目を輝かせながら声を上げる。

「すげぇ!!見てみろあれ!!」

先輩が指さす先にはサカナがいた。サカナはこちらに来ようとしてピタッと止まると、あからさまに嫌そうな顔をして後退り、逃げるように遠くへ去ってしまった。

「サカナが嫌そうにして帰ってった!!」

「おぉ、さすがボスちゃん製ってとこだな。」

「そういえばそのチョークって普通のチョークと何が違うの?ほぼ一緒だろ?」

「ボスちゃんが言うにはチョークで書いた範囲内にいるとモンスターが視認できなくなるらしい。」

「すごいな・・・天才は考えることが違ぇ!」

「すごい!一本欲しいです!」

「欲しいなら自分でボスちゃんに貰いな。私はこういう長期の時しか使わないからこの一本しか受け取ってない。」

「一回で書く量にもよるが一本で三十回分くらい?かな。」

「いいな、それ売り出されたら買お。」

「ボスちゃんは値段決めてないって言ってたけど、他の職員は作る時の手間とか色々考えて値段は一箱三本入で十万M?とか言ってた。」

「じゅ、十万M!?」

「俺・・・やっぱ遠慮しとくわ・・・」

先輩が十万Mはきつい・・・と言っていると三人のちょうど真ん中にポンっと効果音が着きそうな感じで黒いダンボールが現れた。黒いダンボールは紫のテープでぴっちりと止められ、その紫のテープの上には緑の紙が貼ってありその紙には先程注文したものと「ご注文ありがとうございました。またのご利用お待ちしております。」と書かれていた。

「こ、これは?」

「さっき注文したやつ。やっぱり便利だなぁ〜」

ダンボールの紫のテープと緑の紙をペリペリと剥がし、中の物を取り出す。

「これ先輩、これハナコ、これは私・・・」

はいはいと仕分けて二人に渡す。ハナコにはいちごジャムパンとぶどうジュース、先輩には猫の形をしたチョコパンとホットココア、私はチーズたっぷりバーガーとコーラ、そして誰でも食べれるようにおにぎりとお菓子がレジャーシートの上に並べられた。

「いただきます!」

「ゴチになります!」

「はーい。」

ハナコと先輩はパクパクと久々のご飯のように食べる。そんなにお腹が減っていたのだろうか?私はバーガーにかぶりつきながら周りをチラチラと気にする。ご飯中に幻のモンスターが私たちの隣を通り過ぎていましたーなんてごめんだ。

「そういえばさ、ウェナトリアさんの服ってそんな服だっけ?」

「え?変わってないけど・・・なんで?」

「いや・・・なんか服の絵?柄?が少ない気がして・・・」

「あぁ、プリントのこと?」

「そう、左肩辺りに蜘蛛のプリントなかった?」

「あーそっか・・・ハナコは虫嫌いだから話してなかったな・・・」

「えっ何?」

「えっとー覚悟して聞いてね、今はちょっと単独行動させてるけど実は・・・」

話そうとした瞬間、肩に少しの重さとチクチクと服のタグが肌に当たっているような感覚をおぼえる。肩を見ると嬉々とした表情のグミちゃんがいる。次に、ハナコの方を見ると手のひらサイズの蜘蛛を見て白目を向いて後ろに倒れている。こうなるとわかっていて最近はグミちゃんを実体の状態で肩の上に乗せておくのをやめていたのだ。虫嫌いのハナコに説明しようと思ってすっかり忘れていた。

「はぁ・・・タイミングが悪いな・・・」

「いつ見ても思うけどやっぱり可愛さが俺にはさっぱりわからん。」

「面と向かって可愛くないなんて言わないでくださいよ!グミちゃんも女の子なんですよ!」

そう訴えるとグミちゃんも肩の上で頷いている。

「そういや、単独行動させてたのか?よく生きてたな。」

「グミちゃんは単体で充分強いから、昨日から幻のモンスターを探してもらってたんすよ。」

「なるほど、便利だな〜。」

先輩の顔には羨ましいと書いてある。グミちゃんは褒められて嬉しそうだ。

「帰ってきたってことは・・・見つけたの?」

そう聞くとグミちゃんはこくこくと頷く。単独行動させておいてよかった。

「さすがグミちゃん!先輩、グミちゃんが幻のモンスター見つけたみたいです!」

「な、なんだって!!!」

先輩は目をきらきらさせてジャケットの内ポケットから猫じゃらしやネズミのおもちゃを取り出す。鼻息を荒くし、目をギラギラとさせ、口からはヨダレが軽く垂れている。その姿は獲物をみつけ、今にも襲いかかろうとしている犬のようだ。

「先輩落ち着いてください。先にハナコ起こさないと。」

「あ、あぁそうだな!ハナコさ〜ん早く起きて〜!!」

先輩が白目を向いて仰向けに倒れているハナコの顔を猫じゃらしでべしべしと叩く。

「ハッ!私は何を・・・」

「グミちゃん見て白目むいて失神してたよ。」

「グミ・・・ちゃん・・・?」

きょとんとしているハナコにグミちゃんのことを説明兼紹介をした。虫嫌いなハナコは先輩の後ろに隠れてしまった。やはり虫嫌いのハナコにグミちゃんはパンチが強かったようだ。

「まぁ、いいやグミちゃんが幻のモンスターを見つけたみたいだから行こう。」

「わ、わかった・・・実体化してる間は近付かないでください・・・」

「はいはい・・・ふたりはチョークを消しててください。私はここの片付けするので。」

「はいよ」

「り、了解・・・」

ハナコと先輩がチョークを足でもみ消している間にゴミを袋にまとめ、レジャーシートと共にポケットに入れた。

「よし、グミちゃん幻のモンスターの所まで案内して。」

そういうとグミちゃんは肩から降りて前を歩き出した。歩くといってもぴょんぴょん飛んだりして移動するため意外と早い。

 グミちゃんの後ろをついて行くと崩れた建物の残骸が集中した場所に到着した。残骸を慎重に素早く登ると、幻のモンスターが毛ずくろいをしていた。長い毛に覆われたしっぽ、時折ぴくぴくと動く二つの三角耳、前から見るとニヤリと笑っているように見える口、そして大きな一つしかない目。

「いたいた・・・」

「はー天使!天界より舞い降りし天使!!」

「か、可愛い!!」

先輩が床に這いつくばりながら左手に猫じゃらし、右手にチュールを構えて幻のモンスターに躙り寄る。ハナコは幻のモンスターに釘付けだ。

「あれはネコってモンスター。ディープレベル内で唯一の非戦闘モンスターで見た目が猫に似てるからネコって名前が着けられてる。あいつは白ネコだけど他にも色んな柄とか色がいるから本物の猫みたいな感じ。」

「へぇ〜!」

ネコは先輩の差し出すチュールをぺろぺろと舐めている。ハナコと一緒に先輩とネコの元へ近付く。ネコは逃げずにチュールを食べるのに必死だ。

「珍しいな、ネコは基本臆病なのに。」

「チュールにメロメロだね。」

「はぁ・・・可愛い・・・めちゃくちゃ可愛い・・・」

「先輩はネコにメロメロみたいだな・・・」

はぁ・・・とかあぁ・・・!とか言いながらチュールをネコにあげる先輩を見てハナコはドン引きしている。私はよく見る光景なのでもう慣れてしまった。グミちゃんは疲れたのかいつの間にかプリントに戻っていた。

「一通り戯れたら言ってくださいね。」

「わかった〜はぁ〜可愛い〜!」

声をかけるが先輩は聞き流しているようで軽い返事が飛んでくる。

「まぁいいか。待っとこー」

先輩とハナコがネコにメロメロの間、暇なのでロリポップキャンディー雨の日味を舐めながらスマホをいじる。全体チャットを開くと、ランキング上位にいるハンターグループ所属の職員は何人かU地区に来ているようだがネコに会えたのは二人ほどらしい。普通の職員は怖がってU地区にも来れていないようだ。チャット欄を上にスクロールしながら見ているとある人のコメントが目に留まる。

『質問です。皆さんは「いくらお金が溜まったらこの仕事から足を洗う」というような目標とかありますか?』

というものだった。その下には様々な人がコメントを残している。『俺は後五十万貯まったらやめるかなー』や『私はもう少しで結婚資金が貯まるから貯まったらやめる〜』、『このまま向こうで仕事が見つからなかったら死ぬまでやるわ〜』など見ていて飽きないものばかりだ。

「目標か・・・」

そういえば目標なんてものをここ最近持っていない。初めは何かあっただろうかとこの仕事に出会った時のことを思い出す。

 人間関係や勉強何もかもが嫌になって夏休みに汗をかきながら一人で海を見に行った。その海はゴミが漂着しやすくて遊泳禁止のところだった。ただ一人でゴミが流れ着いた浜辺を歩きながら海を眺めた。どうせ自分には価値なんてなくて、生きているだけで誰かの邪魔になっていて、いっそのことこのまま遊泳禁止の海に入って行って、頭の先まで海に浸かって、人魚姫のように泡になって消えてしまいたいと考えていた。その時、師匠が声をかけてきた。師匠は私にこの仕事を教えてくれた。話を聞いて相談に乗ってくれて、私を私にしてくれた。こっちの世界は、向こうよりも静かで私が私でいることを否定する人間がいなくて私にとっては幸せな世界だった。あの頃の私に目標はないけどそれに近いものであるとすれば・・・

「つま先から頭のてっぺんまでこの世界に浸って非現実を味わいたい。」

呟いて何かがピッタリと当てはまったような気がした。目標とかそんな大層なものじゃないけど、私にもお金を稼ぐ以外の目的があったのだと思った。

「おーいウェナトリア〜」

そう呼ぶ先輩の声で夢の世界から引き戻される。

「なんすか?」

「ウェナトリアはネコ撫でたりしないのか?」

「あー遠慮しときます。」

「なんで〜?」

ボケーっとした声で先輩が聞いてくる。撫でたりしないのは猫が嫌いとかそんな理由じゃない、むしろ猫は好きな方だ。ただ、今撫でたり可愛がってしまうと後に響くのだ。

「もう充分可愛がりました?」

「ねこちゃんを可愛がるのに十分とかねぇよ!ずっと死ぬまで可愛がってたい・・・」

「はいはい、ハナコはもういいでしょう?」

「えっ、まぁ・・・いいかな?」

「ん。先輩、グミちゃんがあっちにもう一匹見つけたらしいっすよ。」

「えっ!まじ!?二匹並べて楽園作ってやる!!」

そう叫ぶと先輩はハナコにネコを渡し、指さした方へ走っていった。扱いやすくて楽でいい。

「ハナコ、それちょうだい。」

「えっ?はいどうぞ。」

ハナコからネコを受け取り、メスのムシから抽出した睡眠作用のある鱗粉をネコにふりかける。ネコは鱗粉を浴びて直ぐに目を閉じすやすやと眠ってしまった。

「な、何してるの?」

「えっ?あぁ・・・まぁ見てなよ。私の強くなる秘訣みたいなもんだから。」

「強くなる秘訣?」

すやすやと眠るネコを地面に置き、右袖のポケットから解体用のナイフを取り出す。ネコを仰向けにし、胸にナイフを入れる。ムシの鱗粉は強力で麻酔のような作用をするため、痛みを感じることは無い。ネコの胸を切り開き、助骨を折って、血に濡れたキラキラと輝く心臓を取り出す。最後にネコの喉を掻っ切って息の根を止める。ネコは他のモンスターと同様に体がドロドロと溶けて心臓だけになった。

「ネコの心臓は硬く強いけど加工しやすいから強化素材としてよく用いられるんだ。私はネコよりこっちが目当てだったんだ〜。」

そう言いながらハナコの方をむくとハナコはがたがたと震えまるで怪物でも見るような目でこちらを見てくる。ナイフと心臓を左袖のポケットに入れる。手に付いていたネコの血はもう消えていた。

「なぁ〜いなかったよ〜?」

先輩がはぁ・・・とため息を吐きながら帰ってきた。そりゃさっきのは嘘だからいるわけない。先輩はハナコを見た後、辺りを見渡す。

「あれ、さっきの子は?」

「あぁ、あの子ならペコって会釈してどっか走って行きましたよ。」

「えっ!まじ!?うわぁ〜会釈してるとこ見たかった・・・絶対かわいいじゃん・・・」

「めっちゃ可愛かったですよ。ね、ハナコ。」

そう言ってハナコにアイコンタクトする。さっきの事を言ったらお前も同じ目にあうぞ、と。

「えっあっはい!!めちゃくちゃ可愛かったです!!!」

「え〜いいなぁ〜俺も見たかった〜!!!」

「残念でしたね〜。今日はもう日が登りそうなので帰りましょうか。」

「そうだな!いや〜また見たいなぁ〜」

「そ、そう・・・ですね・・・」

「どうしたのハナコさん、なんか元気ないね。」

「えっいやあ〜眠くって!すごい眠くて!」

「あーそっか、ハナコさんは昼も狩りしてたもんね〜。よし、さっさと帰ろう!」

「はい!」

「りょーかい。」

それじゃ!と言って先輩が先に飛び降りて帰って行った。その後ろ姿を確認したあと、ハナコが話かけてきた。

「ね、ねぇ・・・さっきの・・・酷いと思う・・・」

「何が?先輩に嘘ついたこと?」

「それは・・・ついていい嘘だと思うけど・・・その、ネコを殺したこと・・・」

「あぁそっち?まぁやることは惨いかもだけど、強くなるためだし別に良くない?」

「ひ、酷いよ!ネコだって生きてるのに!!」

「は?」

「あ、あの子だって必死で生きてたのに!眠らして殺しちゃうなんて酷いよ!!」

「・・・じゃあさ、あんた今Mポイントどんくらい貯まってる?」

「えっ?い、今は五千Mくらいかな?たぶん・・・」

「じゃあ、ざっとサカナを三十五匹殺してるんだ。」

「えっ・・・」

「ひっどいなぁ・・・あいつらだって必死で生きてるのにあんたの金のために命散らして可哀想〜」

「で、でも・・・あいつらは襲ってくるじゃん!」

「そうだね、あいつらだって生きるために私らを襲って食べるよ。でもあんただってあいつら殺して金もらって、その金で飯食ってんじゃん。」

「そ、それは・・・」

「ネコの生態はまだよくわかってないからもしかしたらアイツらと一緒かもしれない。私は、あいつらの餌になる気は全くない。あんたはネコのためなら死んでもいいって言うならどうぞご勝手に。でも、私の行動には口出ししないで、あんたにとって間違ってることが私にとっては正解のこともあんだよ。」

「・・・」

「はー気分悪、じゃ。」

私はハナコにそう吐き捨てて飛び降りる。後ろからは小さな声で「ごめん・・・」とだけ聞こえた。


 家に帰り、シャワーを浴びて、髪を濡らしたままベッドに倒れ込む。窓からは朝日が差し込んで来て少し眩しい。スマホで好きなゲームの一番好きなBGMを流しながら目を閉じる。ネコの心臓を取り出した感触が手にまだ残っているのを感じながらハナコの言っていた『あの子だって必死で生きてたのに!』という言葉を思い出す。

「こっちだって必死こいて生にしがみついてあの世界で生きてんだよ・・・クソが・・・」

枕元に置いてあるぬいぐるみを抱き抱えるようにして眠る。こうしている時が一番安心する。

今日も生きていられた。

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