一話「蛇の姿」
ジェネと『ずっと一緒に』という約束をしたものの、「さすがにこのままここで暮らすのはまずいだろう」と思い、一旦、ミジーズ村の家へ帰ることにした。姉が心配しているかもしれないからである。
しかし、ジェネは「約束したのだから」と言って、ついてきてしまった——白蛇の姿で。
「ジェネ……どうして蛇の姿なの? 人間の姿でいる方が良くない?」
彼の力で崖へ戻った私は、隣でするすると移動している白蛇姿のジェネに向かって話しかける。
雨の中を歩く苦痛を和らげるために。
「あそこ以外の場所で人間になることはできないんだ」
「そうなの?」
「外の世界へ行く時は極力蛇の姿で、って、代々言われているんだ」
なぜそう言われているのか、私にはよく分からない。私は彼の一族ではないから、その理由を私が知る方法はないのだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
今は彼といられるだけで幸せだ。
それに、段々「蛇の姿のジェネも悪くない」と思えるようになってきた。恐らくは、見慣れたからだろう。
人間の姿をしたジェネは美しい。絹のようにしっとりさらさらの白銀の髪は女性の髪より質が良いし、街であまり見かけない紅の瞳は情熱的だし。その幻想的な容姿は、私の心を掴んで離さない。
けれど、蛇の姿もまた美しいのだ。
光沢があり、思わず触りたくなるような白に全身を包んだ、厳かな雰囲気を漂わせる蛇。それがジェネである。
「……そう」
「マリエ。何だか残念そうだね」
「えっ。そ、そう?」
「いや、よく分からないけどさ。でも僕にはそう見えるよ」
——それにしても。
白蛇が人間と同じ言葉を話しているというのは、実に不思議なことだ。
絵本の世界に紛れ込んでしまったのではないかと、時折、不安になる時すらある。
だが、そのたびに思う。もしこれが現実でないとしても、絵本の世界に紛れ込んでしまっているのだとしても、「それならそれで良い」と。現実であろうがなかろうが、心を通い合わせることができる相手がいる幸福さえあれば、私は満足なのだ。
「もしかして、マリエは人間の姿の僕のことが好きだったのかな?」
「まさか。そんなことはないわ」
「蛇じゃ君の心を満たすことはできないのかな?」
「いいえ。どんな姿であっても、ジェネはジェネ。それに変わりはないわ」
約束を交わしてからというもの、ジェネは、どことなく雰囲気が変わった。以前より、私に関する質問をすることが多くなった気がする。もっとも、気のせいかもしれないけれど。
やがてミジーズ村に着く。
崖からここまでは、かなり長い道のりだった。
いや、実際には騒ぐほどの距離はない。これまでだってずっと行き来してきたが、足が悲鳴をあげるような距離ではなかった。近いということはないけれど、遠いということもない。少し頑張れば行ける程度の距離であった。
それなのに今日は、妙に、長い道のりだと感じた。
多分、雨が激しく降っていたせいだろう。
「ここが君が住んでる村?」
ミジーズ村を見回し、ジェネは驚いたように言う。
「そうよ」
「へぇ。案外地味なんだね」
「お願い、地味とか言わないでちょうだい」
「……ごめん。つい本音が」
本音が、って……。
敢えてそれを言う必要があったのだろうか。
少々疑問だ。
「取り敢えず家に戻るわ。カイに連れられて何も言わずに家を出てきてしまったから、姉が心配していると思うの」
姉は心優しい人だ。だからこそ、心配させたくない。少しでも早く家へ戻って、元気な姿を見せたいのだ。
「ふぅん、そっか。マリエはやっぱり、お姉さんのことが大好きなんだね」
ジェネは、やや低めのテンションで述べる。
彼の言葉に対し、私は、はっきりと「えぇ!」と返した。