33話
「六角成敗のため、京へ集まれたし」
三好からの書状は能島にも届いていた。
「如何なさりますか?」
隆重の問いに武吉は「面倒だ」と切り捨てた。
先の戦からまだ数ヶ月と経っていない。
兵は疲弊しているだろう。
「お断りになると、瀬戸内守を没収されるかもしれませんぞ?」
隆重の問いに武吉は頭を抱えた。
安吉から譲渡された瀬戸内守。
最初は要らぬと断ろうかとも考えていたが、500丁もの火縄銃を買うのだからと武吉の中で良心が働き受け入れた。
「それこそ、伊勢湾での戦など瀬戸内守の領分外だろう」
武吉はそう言ってつまらなそうに地図を眺めた。
六角は海を持っておらず、戦にはならないと最初彼も考えた。
だが、どうやら伊勢湾に居を構える北畠家が六角に味方する構えを見せたのだ。
「近江、伊賀、伊勢、志摩。その4カ国が戦場になりそうですな」
「できることなら今は商いでもしたいな」
武吉が隆重にそう言って笑う。
これほどの大きな戦。
当事者として戦うよりも商売人として兵糧の輸送に携わったほうがよほど儲かる。
「大祝は兵を出すのか」
武吉の問いに隆重が「来島から2000程出るとは聞いております」と答えた。
「2000のう……」
この間の戦に動員した兵力は5000。
その時声がかからなかった兵も同数いるが、喜んで戦に参じるとは思えない。
「能島衆1000と、何処か。ですかな?」
「そう思う」
隆重の言葉に武吉はそう応じた。
「能島衆は叔父上にまかせたい」
その言葉に隆重は驚いた。
「戦場には出ぬのですか?」
「大友の動きが不穏だ」
武吉の返答に隆重は感心した。
あの戦いらい、何処か落着きが出て来たような気がする。
「さすがに軒先で火が燻っておるのに、対岸の火事には手は出せぬ」
「如何にも」
隆重はそう答えると「残りは如何いたしますか?」と尋ねた。
伊勢湾が主戦場となると使える兵力が限られる。
小早を主体にする小豆島や塩飽勢は使えない。
根拠地から遠く離れたところで作戦を遂行する能力を持つ関船や安宅船が主体の軍勢が必要だ。
幸い、能島衆は関船も多数有しておりその能力がある。
「堀田か、鎌田ですかな?」
「今はダメだ」
武吉はそう断じた。
先の戦で堀田と鎌田の両名は両翼に展開し、敵側面を突ける状況にありながら有効に機動することが出来ず武吉の叱責を受けている。
「では、嶋勢を」
それを聞いて武吉はため息を吐いた。
「それしかないか」
嶋勢。それは本来貞道が指揮するべきはずの軍勢であったが、長らく嶋家の所領で待機させられていた。
大内での戦で消耗した彼らは、貞道が立派になるまでの間訓練とされていた。
「貞道を上手く助けてやって欲しい」
その言葉に隆重は平伏すると「お任せくだされ」と答えた。
「できればこんな戦はしたくないんだがな」
武吉はそう呟くと諦めたようにため息を吐いた。
安吉に「三好は余りにも大きい」と聞いていたが、正直なところ半信半疑であった。
だが、先の戦から今回の戦までのはやさで痛感した。
敵にとって能島村上家との戦は片手間に過ぎなかったのだと。
「三好には勝てぬ」
武吉は、そう呟いた。
それから、一週間後。
ちょうど安吉が台湾に到着したころであった。
港一面に広がる船を見て長慶は自らの力の大きさに驚いていた。
「総じて1万の軍勢。陸と合わせれば5万にも及ぶ」
長慶はそう呟いた。
河野征伐から復活を遂げた河野冬長率いる2500を筆頭に、安宅船13艘を中核とする艦隊は空前絶後の規模であった。
「それにしても、村上家は恐ろしいですなぁ」
隣に立つ十河一存はそう呟いた。
今回彼は陸上を進軍することとなっており、艦隊には参加していなかった。
「しかも、大友への睨みを欠かしておらぬと聞く」
一存の言葉に長慶はそう答えた。
武吉が長慶を怖れたように、長慶もまた武吉に畏敬の念を抱いていた。
「大祝は帆船ではなく来島の兵を送ったか」
彼の視線の先にあるのは大祝家が送って来た軍勢。
村上通康率いるそれは安宅船1艘と関船20艘、そして小早14艘からなる2000程の軍勢であった。
「まぁいい。それより、陸の軍勢も集まっているな?」
長慶は一存にそう尋ねた。
「はっ、伊賀に松永久秀6000を。近江には拙者の8000と三好義賢殿の5000を送りまする」
「久秀か……」
一存の言葉に長慶はそう呟いた。
後の世にも平蜘蛛と共に爆死した長慶として名を馳せる彼に、何か思うところがある様だ。
「政康の軍勢も伊賀攻めに加えろ、奴は危険だ」
その言葉に一存は驚いたがすぐに「承知」と答えた。
「長逸殿が率いる7000は京で後備えとして、各方面を見張っていただきまする」
「儂はどうすればよいかな?」
長慶の問いに一存は「どうなさりたいですか?」と困ったように笑った。
実際のところ、北畠と六角を相手にするのにはすでに十分な兵が揃っている。
というのも、近年地方での戦が続いたがために、京都に近い者たちは軍功を上げれずにいた。
故に功を求めて要請よりも多くの兵を出して来たところが多数あった。
「儂自ら観音寺城を攻めてやろう」
彼はそう一存に笑った。
長慶の言葉に一存は目を見開くとため息を吐いて、こう答えた。
「頼みますから、怪我だけはなさりませぬように……」
「応、まだこんなところで死ぬわけにはいかぬからな」
一存の言葉に長慶はニイッと笑った。
「貴様も、まだ死んでもらっては困るからな」
長慶の言葉に一存は「お任せください」と答えると、海に浮かぶ軍勢を見つめた。
総勢1万の軍勢。
しかも数ヶ月まで間では敵味方で戦をしたばかりの仲であった。
そんな彼らが肩を並べているのはまさしく壮観であった。
「日ノ本は殿の手中に収まりますかな?」
その問いに長慶は即答した。
「やってやるさ。大祝が海を獲ると言ってるんだ、我らは陸を獲ってやろうではないか」




