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31話

「撃て」

 安吉がそう命令した直後、20門文の大砲が火を噴いた。

 直径15cmほどのそれは鉄砲の弾とはくらべものにもならない威力で、ジャンク船を襲う。

 


 外装甲板は木端微塵になり、弾丸だけではなく木の破片もが中にいた倭寇共を襲う。

 ある者は、砲弾に押しつぶされ。

 またある者は木片に心臓を貫かれ。

 砲弾がなぎ倒した支柱に押しつぶされた者もいた。

「何が……何が起きている」

 頭はそう呟いた。

 一瞬の出来事に彼も事態を把握しかねている。

 だが、一つ解っていることがあった。

 目の前にいる3隻の船は尋常の船ではない。

 逃げなければならない。

「卯の舵! 右へ! 右に逃げろ!」

 彼はそう叫ぶが、船は一向に動く気配がない。

 それもそのはず舵を取る人間が衝撃で吹き飛ばされてしまったのだ。

 そのことに気が付いた頭は慌てて舵輪に駆け寄ると藁にすがるような思いで舵輪を右に回した。

 回頭してくれ、逃げさせてくれ。

 心の中でそう叫んでいた。


 現実というのはいつも非情なものである。


 敵の船が放った砲弾が破壊していったのは、なにも乗組員だけではなかった。

 外販に柱、一部の甲板さえ吹き飛ばしていった。

 その中に、舵と舵輪を繋ぐ鎖も含まれていた。

 舵を操る術を失ったジャンク船はただ真っ直ぐ進むだけの能しかない海に浮かぶ棺桶と化した。

 変え難い事実を突きつけられた頭は愕然とすると崩れ落ちた。

 右舷を見やればもう、次の船が真横に来ていた。

「終わりだ」

 彼はそう呟くと抵抗を諦めた。



「勝った、か」

 それから数分後。

 木端微塵になったジャンク船を見て安吉はそう呟いた。

 上部構造は崩れ去り、水面上には破片が浮遊している。

 僅かにジャンク船の一部も残っているが、それも島風が沈めるだろう。

「オマエ、強イ」

 呆然とする武豪をよそに武敏が輝いた目で安吉にそう声をかけて来た。

「怖くはないのか?」

「ナンデ?」

 無邪気な子供が羨ましくなった。

 安吉は武敏の頭を乱雑に撫でながら、自らの武力に恐れおののいていた。

 小春に言われて作った戦列艦がこれほどの物だとは思っていなかったのだ。

 海鳴丸や風鳴丸のような商用利用も考えられた船とは比べ物にもならない。

 わずか数度の斉射でこんな風に1隻の大型船が消え失せるという事実。

 使い方を間違えればどうなる事か。

「転落者共は如何なさいますか?」

 すると、権兵衛が現れた。 

 彼の背後では紅衆がせわしなく動いていた。

「もう命令は出しているんだろ」

「船長の下知が無ければできませぬ」

 その言葉に安吉は「そうか」と答えた。

 上に立つ者の苦悩であった。

 フーッ、とため息を吐くと安吉は声音と、自らの感情を押し殺して冷徹にこう命じた。


「殺せ」



快乐めでたい! 快乐めでたい!」

「干杯!!」

「どんどんお飲みくだされぇ!」

 翌日、宜蘭に戻った安吉はそれはそれは豪勢な歓待を受けた。

 初めて会った時の警戒感が嘘のように、宜蘭の町民たちと紅衆の面々が肩を組んで酒を飲み交わすさまは異様であった。

 言葉など通じぬはずなのに、酒の席になれば何となく意味が通じるというのは不思議であった。

 その中心では相田克治が各々に酒を注いで回っていた。

「大祝様も、どうぞ」

 克治は安吉の前に腰を下ろすとそう言って盃に酒を注ごうとした。

「すまぬな、下戸なのだ」

 安吉はそう言って断ると克治は意外そうな表情を浮かべた。

 さしずめ、海賊衆なのに下戸なのか。とでも思っていたのだろう。

「なるほど、それなら。水で」

 克治はそう言って腰の瓢箪を取り出すと、安吉の盃に注いだ。

「準備が良いな」

「酒は薄めて呑むものにて」

 安吉の言葉に克治は愛想のよい笑みを浮かべた。

 気が利く奴だと感心すると、安吉は盃の水を飲み干した。

「克治殿」

 盃をドンと床に置くと安吉は真剣な表情で克治を見つめる。

「我が、大祝家に来ぬか」

「断る」

 克治は即座に答えた。

 それを聞いて安吉は「そうか」と感慨深そうに呟いた。

「主家を失い、食い扶持に困っていたところを助けていただいた恩がある」

 忠義深い奴だと感心する。

 彼の身なりをみるに、そう豪勢な生活が出来ているわけではないだろう。

「ここを補給拠点にするという旨。了承していただけるか?」

 安吉の問いに克治は頷いた。

「武豪様を助けていただいた恩もまた、ありますれば」

「なら結構。それよりご当主は?」

 その問いに克治は何やら困ったような表情を浮かべた。

 何かあったのかと安吉が不安そうな表情を浮かべると克治がこういいだした。

「武敏が、日ノ本に行きたいと申しておりましてな。いま、話しあっているそうです」

「ほう?」

 安吉はそう食いついた。

「大祝家としては構わぬが」

 それを聞いて克治は少し安堵した。

 大祝家が引き受けてくれるのなら、安心して送り出せるという物だ。

「小姓と同じように扱いますがな」

 安吉がそう言って笑うと克治は「むしろそちらの方が良いかもしれませぬな!」と声を上げて笑った。 

 その直後、武敏が勢いよく現れた。

 彼の後ろには困った表情を浮かべる武豪が。

「何用だ」

 安吉は敢えて威厳があるように見せかけた。

「オレ、日ノ本ニ連レテ行ケ!」

 そう声を上げた武敏に、今まで騒いでいた紅衆の視線が集中する。

 初めてのことに戸惑う武敏であったが、それでも安吉の目を見つめている。

「何故、日ノ本に行きたい」

「宜蘭ヲ、守ルチカラガ欲シイ!」

 武敏の言葉に安吉は「お前でなければいけないのか」と問う。

「首長、自ラ前ニ立ツ。ヤスヨシ、オ前モソウダ」

 その言葉を聞いて安吉は見込みがあると感心した。

 何れこの宜蘭を自らの手で守る必要性に気が付いているのだ。

 大祝という巨大な軍事力に頼るのではなく。宜蘭の民で宜蘭を護る必要があると。

 その先頭に立つ、覚悟ができている。

「よかろう、ただ。厳しくするぞ?」

 安吉の試すような笑みに武敏は「望ム、トコロダ!」と威勢よく答えた。

「武豪殿、よろしいですか?」

「如果那很好(それで、良いのなら)」

 武豪の返答を聞いて安吉は紅衆の面々の前に立つと盃を掲げこう宣言した。


「新たな仲間、武敏に」


「乾杯!」


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