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39話

分木元良わけぎもとよし殿が田沖経久討ち取りました!!」

 通康の元にもたらされた報告と同時に、前方で将の一人が首をもち天高く掲げた。

「分木元良、見事なり!! 皆の衆、元良に続けえぃ!!」

 通康は意気揚々とそう命じた。

 彼の予想以上にこの攻撃はうまく行っている。

 河野軍は後方から奇襲を仕掛けてきた赤松門右衛門2000に対応すべく鶴翼の左翼を割いた。

 そこに発生した空白地帯に突入した通康はいとも簡単に敵の本陣に迫っている。

「伊予に男はおらんのかぁ!!」

 通康は小ばかにするように声を上げた。 

 彼の言葉は味方を鼓舞するとともに敵は畏怖する者もいれば、憤慨する者もいる。

 敵の足並みを崩す。

 挑発はそれにうってつけであった。

「あのものを討ち取れ!!」

「いやだぁ! 死にたくねぇ!!」

 所詮、河野軍の兵は百姓から徴募した足軽を海に連れてきたにすぎない。

 いくら武忠が無類のお人よしで人心を掌握していようと士気の脆さを隠すことはできない。

 士気が崩壊した部隊はどうなるか。

 陸上では兵が逃散するだけだが、海上ではどうなるか。

「戦え! 逃げるなぁ!!」

 河野軍の将がそう叫び声を上げる。

 海上戦では将から兵の末端まで、全員が意思を併せなければ成立しない。

 一人でも乱れれば船は進まず、戦が成り立たない。

「嫌だぁ!! 鬼老殿が殺されたんじゃ負けに決まってらぁ!!」

 将の言葉に兵はそう反論した。

「貴様ぁ! ここで叩き切ってやる!」

 激高した将は太刀を引き抜く。

 だが、太刀が兵に振り下ろされることはなかった。

「うわぁぁ!!」

 周囲にいた兵が将に襲い掛かったのである。

 逃げられないのなら将を殺して無理やりにでも逃げる。

 それが、この時代多発した海戦模様であった。

「大将首を上げたものには我が家から恩賞を与えよう!!」

 通康が様子見を決め込む河野軍の兵たちに向けて声を上げた。

 彼の言葉が、河野軍を崩壊させる最後の言葉であった。

 今まで通康たちに向けられていた殺意は瞬く間に各々の船を率いる将に向けられた。

「さぁ、木城武忠。どうする」

 地獄絵図を作り出した張本人である通康は不敵な笑みを浮かべた。



「田沖勢、足軽が混乱し……。同士討ちを始めておりまする」

 その報告を聞いた武忠は真っ先に自責の念に囚われた。

「やはり、戦には向かぬか」

 武忠は涙を流しながらそう呟いた。

 彼の領民は戦には向かないと武忠自身が理解していた。

 だが、道宣に命令され渋々軍勢を出した。

「誰が悪いわけでもない。しいて言えばこの時代が悪いのだ」

 武忠は小さく零すと天を恨むようににらみつけた。

「あれが、通康の船か」

 混乱する田沖勢のなかで、秩序を保ち隊列を乱さない軍勢があった。

 それが来島勢であった。

「我が名は! 木城武忠!! 裏切り者、村上通康を成敗しに参った!!」

 武忠はそう声を上げると通康の軍勢へと突撃していった。

「某こそ村上通康! 裏切りとは片腹痛い! 一門衆の通直殿を殺害しておいてよく言うわ!」

 お互いにそれぞれの正当性を主張した。

 いわば通過儀礼だ。

 もはや形骸化していたが、あえて二人はこの無駄な行為に応じた。

 通康と武忠に直接、交友はない。

 しかしながら何度か河野軍として戦場で轡を並べていた。

「いざ! 参らん!」

「応!!」

 二人はそう声を掛け合うとそれぞれの軍勢が激突した。



「武忠様の背後を襲わせるな!」

 常木はそう叫ぶと自らの手勢と左翼の隊に攻撃を命じ続ける。

 数的有利は河野軍にある。

 さらに、敵は河野軍の中央に向かって突撃したため、左翼隊によって側面から攻撃される形となり、陣形的にも不利だ。

「兵の質だけでここまで来よるか!」

 有利条件が二つそろっていても、敵の軍勢は前進を続けていた。

「左翼隊は一旦後退! 中央へ移動せよ!」

 この状況を鑑みて常木は敵の軍勢を包囲し、各個撃破することから中央で押しとどめることに戦術を移行した。

 その為に側面から攻撃を仕掛けている左翼隊をいったん後退させ、中央に移動させようとした。

「左翼隊の後方に村上通康が軍勢! 左翼隊は孤立致しました!」

 その報告に常木は目を見開いた。

 やられた。

 敵の目標は中央の武忠の首だけではなかった。

 敵はこちらの動きをすべて読んでいた。

 こちらが魚鱗から鶴翼に移行することも、後方からの奇襲にたいして左翼隊を投入することも。

 全て、敵の手中にあったわけだ。

「左翼隊と連絡はとれるか」

 常木の問いに連絡を報告した兵は首を振った。

 左翼隊と常木の部隊は隣接しておらず、その間にはわずかな隙があった。

 そこを赤松の軍勢と通康の軍勢に分断された。

「撤退するぞ。武忠殿と合流する」

 常木はこの戦で勝利を掴むのをあきらめた。

 これ以上戦っても敵の術中にある。

 ならば、被害の増えぬうちに手を引くのが賢い選択だ。

 軍勢はすでに後退の用意を開始していた。

 その流れに逆らうようにある報告がもたらされた。


「武忠様が通康の軍勢へ突撃しておりまする!」

 

 この報告に常木は眩暈がした。

 それもそうだ、武忠からすれば左翼隊の位置など知る由もない。

 後方の出来事はすべて常木に一任していたからだ。

 故に、もはや左翼隊が孤立して包囲されていることなど知らないままだ。

「武忠様を呼び戻せ! もはや我等に数の利も陣形の利もない!」

 左翼隊が壊滅すれば数の上では五分。

 だが、敵には勢いがある。

 もはや覆すことなど不可能だ。

 しかし、撤退すると言って素直に武忠が聞くだろうか。

「……。いや、諸君。突撃しよう」

 常木はそう言った。

 周りの兵たちも、将も目を見開いてぽかんとしている。

「常木殿! いかがなされたのですか!」

 将の一人がそう声を上げた。

 普通で考えれば撤退するのに敵に突撃する阿呆はいない。

 だが、この場合は策の一つとして確立することができる。

 大将を救うためとなれば将も兵も士気が上がる。

「武忠様を救うのだ!」

 常木はそう雄たけびを上げた。

 常木の言葉に兵たちは動揺した。

「武忠様はどこにおられるのですか!」

 兵の問いに常木は苦虫をかみつぶしたような顔をする。

「敵の大将と交戦している」

 その返答に兵たちは沸いた。

 大将同士の戦いとなれば兵たちはそりゃ、沸き立つ。

 だが、常木は気が気でなかった。

 武忠は戦上手ではないし武勇に優れているわけでもない。

 そんな彼が河野家家老であった来島通康と戦えばどうなるか。

 日の目を見るよりも明らかだろう。

「皆の衆! 今こそ奮起せよ!」

 将の一人がそう声を上げた。

 兵たちは彼の言葉に「応!」と応じる。


「目指すは敵の大将、村上通康!!」

 

 常木は采配を振り下ろすとそう雄たけびを上げた。



 


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