40話
「敵勢現れました!」
船首で見張りをしていた兵がそう声を上げた。
「火矢を撃ちかけよ!」
通康の命令に応じるように先鋒の関船から無数の火矢が放たれる。
「小早隊前進! かぎ爪でとりつくのだ!」
即座に通康は関船の後方に位置していた小早隊に前進を命じる。
火矢で動揺させ、小早で楔を打つ。
「関船隊前進! 炮烙を投げ込みつつ中列を蹂躙せよ!」
かぎ爪で小早が敵の先鋒集団に取り付ている間に関船がさらに前進、敵の中列を蹂躙する。
「さぁ! 武忠どうする!」
通康は敵を試すようにそう叫んだ。
「落ち着け、おちつくのだ」
武忠は目の前の現状を目にして、そう呟いていた。
戦は焦ったほうの負けだと常木に教わったではないか。
大丈夫だ。
「我等ならば必ず勝てる!」
武忠は声を上げると采配を振り上げる。
「前列は落ち着いて敵の小早を蹴散らせい! 後列の安宅船隊は中列を援護せよ!」
ここで、混乱したり焦ってはならない。
敵の大将通康は狡猾だ。
「落ち着いて対処するのだ!」
「敵中列に増援。また、小早隊が壊乱状態」
通康の元に冷静な報告がもたらされた。
「流石は本隊か、他の隊とは違う」
通康は嬉しそうに笑みを浮かべた。
河野軍のほとんどの隊は流言や火計を仕掛ければ混乱に陥った。
「関船隊を後退させろ! 小早隊と関船隊でもって敵前列を攻撃する!」
通康が命令を下すと太鼓が4度打ち鳴らされた。
関船隊後退の合図であった。
「紅の狼煙を上げよ」
通康は静かに命じた。
「敵の関船隊が撤退致しました!」
武忠の元に、喜ばしい報告がもたらされた。
笑みを浮かべると武忠は再度采配を振り上げる。
「全軍前進! この期に乗じ敵を叩き返す!」
采配を振り下ろすと同時にそう叫んだ。
敵が交代した。
この勢いに乗じて戦果を拡大するほかない。
「両舷前へ!! 通康の首を頂く!」
「敵勢、迫っておりまする!」
前線からの切羽詰まった報告。
通康は静かに笑みを浮かべた。
「敵の勢いは?」
静かにそう尋ねると兵は「怒涛の如く」と答えた。
「すばらしい」
通康は静かに呟いた。
「小早隊も後退、本陣の左右に横隊を形成せよ」
その意図は簡単であった
横隊の中央に敵を集中させ、左翼の隊をすぐさまに前進させ包囲させる。
「武忠は戦下手だ。必ず引っかかる」
通康は眼前から迫る敵の軍勢を見てニヤリと笑った。
武忠の戦下手は河野家全体が知るところだ。
常木とかいう軍師もいるらしいが、どうやら彼は後方から奇襲をかけた赤松門右衛門への対処に追われているらしい。
「ここでこの戦に終止符を打つ!」
通康の咆哮に兵たちもまた「応!」と応じた
「進め! 進めぇ!!」
武忠は兵を鼓舞しながら自らが先陣を切って突き進んでいた。
「敵は弱兵にこざいまするな!」
隣にいた将が嬉しそうに笑う。
この戦始まって初めての快進撃だ。
これ以降、戦況が好転するやもしれない。
「敵は横陣! 敵の大将は中央にございまする!!」
兵はそう報告した。
まさか、武忠は自らの耳を疑うと同時に敵の陣形をみた。
「好機! このまま――」
そこまで口にしたところで、武忠は口をつぐんだ。
これは敵の罠ではないか?
あまりにも自分が有利な時は敵の罠であると疑え。
確かにそう言われたではないか。
「とまれ! 敵の罠だ! こちらも横隊を取り射撃戦へ移行する!」
武忠の脳は冷えていた。
冷静であった。
「敵勢、停止いたしました」
武忠を待ち構えていた通康の元へ報告がもたらされる。
報告を聞いた通康は少しばかり残念そうな顔をした。
「さすがは、戦下手かな」
通康はそう嘲わらった。
功を焦り中央に突撃しなかったことは評価できる。
だが――。
「まだまだ、だな」
通康はそう笑みを浮かべて、采配を振り上げた。
「戦というのは、大胆不敵で冷静なものが勝つ」
通康は采配を振り下ろした。
そして、水面を揺らさんばかりの大声で軍勢に命令を下す。
「皆の衆! 我に続けぇ!! 武忠を討つ!」
通康の言葉に兵たちは歓声を上げた。
「殿に続け!」
「武忠を討ち取ってみせん!!」
兵たちの声に通康は微笑むと前を睨みつけ、さらなる命令を下す。
「両舷前へ!」
「敵勢! こちらに向かってきまする!」
見張りをしていた兵が悲鳴を上げた。
武忠はハッと兵の方を見た。
そこにはこちらに先頭を向けて突撃してくる敵の軍勢。
「ッ! 両翼の隊を前進させ敵を包囲させよ!! 勝機は我等にあり!」
武忠はハッと冷静になると鋭く命じた。
彼の命令に兵たちの状況を理解していた。
「おぉっ!!」と皆が歓声を上げると猛烈な速度で両翼の隊は前進した。
横隊の中央に突撃するのは下策だと常木が言っていたではないか。
中央で押しとどめ、その隙に両翼から包囲する――。
敵が先ほどまで仕掛けようとしていた策ではないか。
村上通康はボケたのかと武忠は疑った。
「……しまった!」
だが、すぐに敵の意図に気が付いた。
こちらの横隊は中央から両翼まで均等な厚さをしている。
「これでは、包囲するよりも早く中央が食い破られる!」
武忠は思わず声を上げた。
「前進中止! 中央に集まれ!!」
武忠は必死になって命じたが、もはや命令は伝わらない。
士気が上がりすぎている。
敵を殺そうと皆が必死になっている。
これでは武忠の命令がいかに正しかろうと聞くことはない。
ただ、両翼の隊は敵を包囲しようと動くのみだ
「えぇい!! 皆の衆! 覚悟せよ!」
武忠は太刀を引き抜くと、兵たちにそう告げた。
こうなった以上、後方から常木が援軍に来るのを待つしかない。
「弓隊! 放て!!」
「弓隊! 応射せよ! 敵に負けるなよ!」
通康は楽し気に声を上げる。
敵が彼の弄した策に見事嵌ったのだ。
これ以上面白いことはないだろう。
「殿! 我等の出番はまだですか!」
ある部隊の兵がそう声を上げた。
通康はニカッと笑うとこう答えた。
「まだまて! わしは安吉殿を信じているからな!」
彼の返答に兵は「おう!」と答えた。
兵が持つのは火縄銃であった。
それも、大三島で製造される木製ストックを持つタイプのものであった。
「殿ォ! まだ近づきますか!」
水夫の長が表情を引き攣らせながら通康に尋ねた。
「おうともさ! なんなら船首をぶつけてくれるわ!」
通康の返答に水夫の長は表情を引き攣らせて笑みを浮かべると船内にいる水夫たちに「まだまだぁ!!」と声をかけた。
「やったらぁ!!」
船内の水夫からそんな声が返ってきた。
通康はその声を聞いて頼もしさと焦燥感を得た。
これ以上、無理はさせれぬな。
「皆の衆! 目指すは武忠の首ただ一つぞ!!」
「敵が突っ込んできまする!」
弓兵の一人が悲鳴に近い声を上げた。
武忠は内心舌打するとすぐさま後ろに振り返った。
「槍隊! 構え!」
白兵戦になれば船上の戦に長けている村上家の兵に蹂躙される。
故に船に乗り移られる前に槍で突き殺す。
武忠はそういう算段であった。
「弓隊の前で隊列を形成せよ!」
「応!」
彼の命令に応じた槍隊はすぐさま船首に走っていき、弓隊の前で槍を構える。
武忠もそれに続き、指揮を執ろうとする。
「敵の大将! 見つけたり!!!」
その瞬間、前方から声がした。
声の方を見ると、敵の船に乗る兵の顔がくっきり見える距離まで近づいていた。
武忠の足は震えた。
今すぐにでも逃げだしてしまいたかった。
だが、彼を慕ってここに立っている兵がいる以上そんな無責任なことはできなかった。
「我こそ木城武忠! 討ち取って手柄とせよ!」
天に太刀を掲げると周囲は歓声に包まれた。
前方からはひときわ大きな安宅船が武忠を殺そうと迫って来る。
「見事なり! 拙者は村上通康!」
安宅船から帰ってきた声に武忠の心は一瞬浮ついた。
敵の大将が目の前にいる。
これは好機だ。
「皆の衆! 敵の大将は目の前ぞ! 乗り込め!」
功を焦った武忠はそう命じた。
わざわざ自ら船を近づけた。
一瞬、静寂が通康と武忠の間に訪れる。
武忠は甲板の上から、通康はそれよりもやや高い指揮台から武忠を見下ろしている
それぞれの甲板には両者の槍隊が連なっている。
「掛かれ!」
先に仕掛けたのは武忠であった。
槍隊がドッと通康の船に乗り込もうと駆けだす。
その瞬間、通康は「放てぇぃ!!」と声を上げた。
直後、通康の指揮台に6名ほどの兵が現れた。
彼らが武忠に向けて銃口を向け、引き金を引くと、周囲は轟音に包まれた。




