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魔王へのレクイエム  作者: 浜柔
第八章 勇者の名の下に
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第九十八話

『襲撃から逃れた二人は追っ手を避けるように旅を続けたようです。その途中で何度かヘライトスに向けて手紙を出したようですが、届いたのは一通だけでした』

『危険な……』

『はい。手紙を誰かに託したとしても殆どの場合には依頼料だけを持ち逃げされるのがオチでしょう。それに追っ手が掛かっているような身では、その手紙から居場所を特定されかねません』


 アルルとハヤトは東に向かい、海に出ると北上した。最終的に目指すのは広大な湾を挟んだ対岸のズンダ地方。海路では追っ手に見付かった場合に逃げ場が無いため、湾を回り込むように陸路を行く。

 ズンダ地方はログリア帝国の版図でありながら開発が遅れており、それも理由として自治区とされている。半ば切り捨てられたような場所だ。追っ手の手が緩むのも期待できる。

 勿論途中で落ち着ける場所が見付かるならそれでも良かった。だが、でっち上げの罪状での手配書も回されていて、一所に留まることができない。泊まった宿の主に密告されて逃げ出したこともあり、それ以降は一つの町や村に二日と滞在しないようにした。経路も追っ手の目を眩ませるために蛇行し、真っ直ぐ進んだ場合に三倍する距離となった。

 アルルがヘライトスに向けて手紙を出したのはこの旅の途中だ。毎回少なくない額の金銭を渡して旅商人などに委託した。全部で五通。しかし届いたのは一通のみだった。届かなかったある手紙は委託した相手に破り捨てられ、あるいは紛失し、ある手紙は委託した相手が途中で命を落としたことで運ばれなかった。


『ハヤトの住む家を襲撃したのもハヤトの手配書を発行したのも騎士団長ワーグの仕業です。このワーグは平民に対して粗暴な振る舞いを繰り返していたようで、ヘライトスはそれを白日の下に晒してワーグの失脚を狙いました』


 ヘライトスはハヤトの手配書が出回っていることを知り、その出所(でどころ)を突き止めた。騎士団長ワーグだ。手配理由はとある殺人事件の犯人だとするものだが、無論ハヤトがそんな事件を起こす筈もない。真犯人はワーグである。

 ヘライトスが更にワーグについて調べると、以前から平民に対して無体を働きを繰り返していたことも判った。ワーグについて耳を澄ませば聞こえる噂話だった。そしてそれを元にしてワーグの行動を調べ、その出先に足を運んで聞き込みをすることで確信を得る。ワーグは暴行に留まらず、幾度も殺害に至っている。発覚していなかったのは隠蔽したからだ。法律は貴族が平民を傷付けるのを禁じているが、権力と暴力にものを言わせればうやむやにしてしまうこともまた可能だったのである。

 確信は得た。しかしそれだけではワーグの告発はできない。決定的な証拠が無い。

 ヘライトスが手をこまねいていたある日、妻と子をワーグに殺されたと言い募る男の噂を耳にする。その二日後にはその男が殺されたことを耳にする。更にその二日後、一つの記憶結晶が届けられた。

 映っていたのはワーグと一人の男だ。男がワーグを問い質すと、ワーグが自らの犯行の決定的な証言をした後で男を斬り殺した。

 この記憶結晶は男が協力者と共にワーグを告発するための証拠として命を賭して得たものだったのだ。これを携え、ヘライトスは皇帝に奏上。遂にワーグは捕縛された。

 余罪が追及され、数々の犯行が発覚。ハヤトが行ったとされていた犯行もワーグによるものと断定された。これによってハヤトの手配書も取り下げられる。後日、ワーグは処刑された。

 ワーグと関係の深かった貴族は誰もワーグを助けようとしなかった。ここで口出しすれば懐を探られるからだろう。

 また、反伝説派の実行部隊の長だったワーグの処刑により派閥内が混乱。周囲からの監視の目も厳しくなったことから、ハヤトの暗殺は中断された。


『ワーグが処刑され、ハヤトに暗殺者が差し向けられることも無くなったからか、ハヤトとアルルはベネーに落ち着きます』

『得策とは思えぬ也』

『そうですね。何か理由が有ったのでしょう』


 ハヤトとアルルが定住したのは路銀が尽きたためであった。帝都を旅立つ時にヘライトスから多額の金銭を預かっていたものの、ロマノでの暮らしを始める際に多くの出費をし、そしてまた収入の当ての無いまま旅を続けていた。尽きない方が不思議と言うものだ。

 その町がベネーだったのは偶々である。手配書が掲示されていなかったから滞在を決めたのだが、手配書が取り下げられて最初に着いたそこそこ大きな町がベネーだった。

 ベネーでの暮らしは順風満帆とは行かなかった。ハヤトが未だ言葉に不自由しているのと、追っ手の可能性を考えると外を歩くのには不安が付きまとう。だから働きに出るのはアルルだけ。すると周囲の目はアルルには好意的でも、ハヤトに対しては冷ややかになる。アルルの紐と言う訳だ。あからさまな非難の声を耳にして、ハヤトは耳を塞いで蹲った。これではもう外に出るどころではない。これまで以上にアルルに依存することになる。


『その後、ハヤトは勇者としてノーラの町に行きます。アルルも同行しています』

『勇者の振りかや?』

『そうなります。何か事情が有ったとしか思えません』


 ハヤトとアルルの生活は苦しかった。路銀を稼ぐどころか、日々の生活にも窮する始末だ。日に日に疲れてゆくアルルの姿に、ハヤトの心も千々に乱れた。

 そこに帝都から交渉人が訪ねて来た。取り引きをしたいと言う。もしも騎士が高圧的に迫って来たのなら話も聞かず逃げたことだろう。だがその交渉人は物腰静かだったため、話を聞いてみることにした。

 交渉人の要求はハヤトが勇者を名乗ってノーラの町に滞在すること。求められる義務はそれだけだ。訓練や式典の参加なども求められない。そして対価は支度金、滞在費用と多額の金銭。支度金だけでも今のアルルの収入の二年分にもなる。

 これだけならハヤトにとってあまりに都合が良い。だから当然の如く裏が有る。ノーラは想定されるラインク王国の進行経路に程近い場所に在る町だ。そこにラインク王国に対抗するために召喚された勇者が滞在すればどうなるか。ラインク王国は注目するだろう。

 即ち囮。ログリア帝国はラインク王国の目をハヤトに向けさせた隙に後背を突いて起死回生の逆撃を加える計画を立てていた。

 ハヤトとアルルはその意図を見抜き、アルルはハヤトに拒絶するように言う。だが、ハヤトは取り引きを受け入れた。アルルが疲れてゆくのをもう見ていられなかったのだ。

 ハヤトはアルルが居なければ生きて行けない状況にある。しかいこのままでは早晩アルルが倒れてしまう。それでは共倒れだ。ハヤトは死ぬ時までアルルを道連れにしたくはなかった。自らの命は諦めてもアルルの命は諦めたくなかった。これまでの間にそれだけの厚意をアルルから与えられていたからだ。

 ハヤトはアルルが自分に抱く思いは憐憫と慈愛だと理解している。ハヤトのアルルへの恋愛感情とは異なるものだ。だからハヤトはその思いを口にしていないし、この先もしない。関係が壊れてしまいかねないのが怖ろしければ、依存している相手に恋を語れるほど器用でもない。決定的な思いを包み隠しつつアルルにはこの町に残るように言った。

 だが、アルルは聞き入れなかった。ハヤトに同行すると言って譲らない。

 折れたのは結局ハヤトであった。


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