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魔王へのレクイエム  作者: 浜柔
第八章 勇者の名の下に
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第九十六話

 サーシャは全員を招待した。直視すれば動揺を隠せなくなるからと言って、リリナとオリエを招待しないなんてことはないのだ。しかしそうするとノルトの小型ゴンドラを空にすることになる。こんな場所で、何が侵入するか判ったものではないのだから放置はできない。だから一旦、小型ゴンドラをシーリスの乗る中型ゴンドラの横に移動させることになった。並べて停泊させれば、シーリスの傀儡(ゴーレム)で両方を警護できる。サーシャは勿論、シーリスもノルトに合流する腹づもりをしていたので中型ゴンドラの方を移動させた方が二度手間にならずに済んだかも知れないが、今のままでは中型ゴンドラを停泊させられるスペースが無かった。

 風が強くなかったこともあり、直接乗り移れるように小型ゴンドラを浮かばせたまま二隻の甲板の高さを合わせて接近する。

 ここまで来るとゴーレムの様子もよく見える。ノルト達五人は目を瞠った。シーリスが簡単に説明すると、エミリーに至っては「すげぇ」を連呼する。

「なあ、あれをあたしにも教えてくれねぇか?」

 目を輝かせてエミリーが願い出るが、シーリスは眉尻を下げた。

「あれはわたしの固有魔法だから教えるのは無理よ」

「そっかぁ……」

 エミリーは肩を落とした。固有魔法は体系的に学ぶものではなく、その持ち主が使えるから使える類のものである。使い手本人にもどうやって憶えたか判らないものを教えることは不可能だ。

 それでも魔力の流れを感じられるなら見た目を真似ることはできる。特訓と極端な性能劣化と過大な魔力消費とを引き替えにしてだ。特に最初期がそうなる。一度発動できれば徐々に効率良く発動できるようになって魔力消費を減らすことも可能だが、最初期ばかりはそうも行かない。そのため、余程魔力を豊富に持ち合わせていなければ真似ようとするだけ徒労に終わる。

 ただ、エミリーに限れば魔力に不足は無さそうだと、シーリスには感じられる。

「何度か使って見せるくらいならいいわよ」

「お! ありがてぇ! よろしく頼むぜ!」

「そうね。じゃあ明日にでも」

 満面の笑みを浮かべるエミリーを見て、シーリスはついついそう答えた。

 小型ゴンドラが停止したところでクインクトを残し、六人が中型ゴンドラに乗り移る。残ったクインクトは小型ゴンドラを着陸させてから中型ゴンドラに飛び乗る。中型ゴンドラの甲板は背丈の倍ほどの高さになるが、クインクトなら指先さえ届けばそれを支えに容易く登ることも可能だ。浮遊器(フローター)を使うまでもない。

 サーシャがマリアンを呼ぼうと、入り口のドアを開けようとしたところにそのマリアンが出て来た。物音に気付いて様子を覗いに来たのだ。

『姫様、お帰りなさいませ』

『マリアン、丁度良いところに。ノルトが無事に見付かりました。ついては同行者も含めた五人の皆さんを昼食に招待したので用意を頼みます』

『かしこまりました』

 マリアンもここまではまだ笑顔である。ところがそこから五人を確認しようと視線を移し、リリナとオリエを見た瞬間に目が死んだ。

『わー、変態だー』

 とても平板な声であった。


 マリアンが昼食用にと下準備していた料理はいつもの倍の十人分。ノルトとクインクトに会えたならサーシャが食事に招くのを見越していた。分量は会えなかった時に半分を夕食に回すことを考えてである。

 ただ、下拵えを済ませているだけなので、仕上げるにはまだ多少の時間が掛かる。

『準備ができるまでリビングでお待ちください』

「あたしも手伝うぜ。お客さんでもねぇしな」

 サーシャからクインクトを介して伝えられた時、エミリーはそう申し出た。曲がりなりにも雇われの身だとの意識が働いている。

 しかしそれをクインクトを介して聞いたサーシャは困惑するばかりだ。マリアンはナペーラ語を話せず、エミリーはライナーダ語を話せない。会話ができなければ作業を頼むこともできないだろう。

 クインクトもそれを察してサーシャに問い、察した通りの答えを得た。

「言葉が通じないから止めた方がいい」

「言葉? あー、そっか。それじゃ、邪魔になるだけだな。何か作って持ってくれば良かったぜ……」

 クインクトに言われてノルトとサーシャの会話が判らなかったのを思い出し、エミリーはぼやいた。

「言葉が通じねぇのは不便だな」

「でも、ボクやクインクトが通訳できる分、彼より随分マシでしょう」

 口を挟んだのは横で聞いていたノルト。そのノルトの言葉に食い付いたのはシーリスだった。先刻にもノルトが言い掛けていたのを思い出していた。

「彼?」

「この遺跡で発見した記録に、ある少年のことが書かれていたのです」

 話は途中で、シーリスも続きが気になるところだったが、立ち話を続けるのも何だからと、皆をリビングに案内する。

 リビングに入ると、そこで待っていたロイエンが呆然とリリナとオリエを凝視し、そんなロイエンの目を「見ちゃいけません」とルセアが塞いでドタバタしたのはご愛敬だろう。

 リビングで腰を落ち着けてから、ノルトは遺跡で発見したヘライトスの記録について掻い摘んで語った。ログリア帝国が召喚魔法で呼び出したハヤトと言う少年に起きた悲劇についてだ。ただ、流れのままナペーラ語で話し始めてしまったせいで二度手間になった。エミリーに指摘されるまでサーシャが疑問符を浮かべながら見ていたのに気付かなかったのだ。「ほんとに不便ですね」と苦笑いをした。

『詳しい話は食事の後にしましょう。少し長くなりますから』

 ノルトはそう締め括ったが、詳細を語ると食事が台無しになると考えてのことである。

 頃合いも良く、食事の仕度も調った。テーブルに並べられてゆく料理。今回ばかりは品数が倍のため、余計に豪華だ。その代わりと言っては何だが、一人分の分量は半分だ。でも構いはしない。リリナ、オリエは勿論、エミリーも目を輝かす。高級レストランも斯くやの盛り付けに感嘆の溜め息まで漏れる。それと言うのも、日頃食べているエミリーの料理が味はともかく盛りつけが大雑把なのである。

「すげぇ、すげぇ」

「食べるのが勿体ないほどですわね」

「しかしこの香りでは食べずに堪えるのは無理だ」

 身を乗り出して話す様子をノルトとクインクトがサーシャとマリアンに伝えると、二人はほっこりと微笑んだ。

 間もなく料理も運び終わり、マリアンがテーブルから一歩離れて待機する。

『準備も整ったことですし、皆さん、ゆっくり賞味ください』

 サーシャの言葉に合わせてマリアンが一礼し、給仕を始める。昼食でもあり、食後に話をするつもりもあって乾杯は省略だ。

「うめぇ」

 エミリーが唸るように一言漏らしただけで、エミリー、オリエ、リリナの三人は黙々と食事を進める。エミリーは段々と前屈みに顔を皿に近づける。オリエは姿勢こそ崩さないものの、段々と手と顎の動きが速くなる。リリナは段々と一口が大きくなり、咀嚼する口の動きが淫靡になる。最後にはそれぞれ半分の距離、倍の速さ、倍の一口であった。

 黙っていたのは食事に夢中になっていただけでなく、ノルトとサーシャの会話がライナーダ語だったためでもある。聞いても判らないために早々に会話を放棄した。

 ノルトとサーシャが話していたのはお互いの近況。ノルトが主に「どうして」の部分を、サーシャが主に「何を」の部分を気にしていた違いはあるものの、近況と言う面では大きな違いは無い。それを食事に差し障らない範囲で話していた訳だ。

「美味しかったですわ」

「うむ。まるで高級レストランのようだった」

「くそぅ。教えて貰いたいくらいなんだけどなぁ」

 エミリーが悔しく思うのはマリアンと直接話せないことだ。誰かに通訳を頼むのはその相手の時間を奪うことになるし、微妙なニュアンスが伝わらなかったりもする。何よりまどろっこい。

「ライナーダ語を憶えようかな……」

 そう考えてみたものの、憶えるのには時間が掛かる。遺跡の調査に後何日掛かるか判らないが、言葉を憶えるよりも短い筈だ。だから(かぶり)を振って努力目標に留めた。


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