第八十一話
雨上がりの空は抜けるようで、絶好の航行日和だ。船室の入り口からマストまでロープを張り、そのロープに命綱を括り付けて甲板に出たら浮遊器を起動、風の様子を窺いながら高く高く昇って行く。地平線が丸く弧を描いて見えたら停止。甲板の縁から眼下を望む。
入り口から甲板に出たノルトはへっぴり腰で左舷に向かう。一歩踏み出したところで突風が吹いてゴンドラが揺れたため、バランスを崩して舷側まで転がった。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「何とか」
操縦のために最初から甲板に居るクインクトは小揺るぎもしていなかった。
続けてリリナも甲板に出て、やはりへっぴり腰で右舷に向かう。移動は問題無かったが、一目眼下を望んだ途端。
「無理無理ムリムリムリムリムリムリ」
うんこ座りにしゃがみ込んだ。そこだけ重力が強くなっているかのような重量感を醸し出す。何かがムリムリと出そうな勢いではあっても、実際に何かが出たりはしない。
エミリーは入り口から顔を覗かせて直ぐに引っ込める。
「こりゃ、あたしも遠慮したいな」
「二人とも情けない」
オリエはスタスタと右舷まで歩くと、ひょいっとリリナを抱え上げる。
「ひゃあああ!」
必死に手摺りを握り締めるリリナ。
「こら。手摺りを離さないと危ないだろう」
「そうはおっしゃいましてもぉ」
引けば益々ぎゅっと手摺りを握り締めるリリナ。仕方がないのでオリエは少し押してみた。
「ひゃあああ!」
縁からはみ出させたりはしないが、覿面、リリナは手摺りから手を放してオリエの首に抱き付いた。
オリエは赤ん坊をあやすようにリリナの背中を叩く。
「おーよしよしよし」
「ば、馬鹿にしないでください!」
そう言いながらも、オリエにしがみついた腕に益々力を籠めるリリナ。たわわな四つのおっぱいが押し付け合わされて大変なことになるが、見ているのはクインクトだけなので多分セーフである。
ぐすぐすとしゃくり上げ始めたリリナを、オリエは船内まで運ぶ。船内に入ったらリリナも落ち着いた。
「魔の森の木はあれだけ高いんだ。木の上すれすれを飛ぶのも、ここまで高く飛ぶのもそう変わらないだろう?」
「き、気分の問題です!」
「ああ。こう高いと背筋がぞくっと来ちまう」
エミリーがリリナに同意した。
「そう言うものか?」
オリエは小首を傾げるが、理解できるものでもない。
「仕方がない。二人は船内に居てくれ」
「言われなくてもそうしますわ」
「あたしもだ」
オリエは苦笑しつつ、また右舷に向かった。
この時にはもうノルトは眼下に遺跡を探している。
「ゴンドラが高く飛べるのは理屈で解っていましたけど、実際にこの高さまで来ると確かに少し怖いですね」
「落ちたらまあ、間違いなくお陀仏だな」
あっけらかんと言うクインクトに、ノルトは恨めしげな視線を向けた。
「ノルト殿、あれがそうではないか?」
オリエが何かを見つけた。ノルトはへっぴり腰で右舷に移動する。よたよたと手摺りに掴まってオリエの指差す先を見る。
遠くで周りに比べて木がまばらな森が円形に広がっている。目的の場所かはまだ確定も否定もできない。
「とにかくあそこに向かいましょう」
ノルトの合図でクインクトが帆を張り、送風機を起動する。帆の角度を調整して向きを変えたら、発進して目的地へと進む。進みながら徐々に高度も下げる。森の木々の一本一本の区別が付くようになると、怪鳥が飛び交うのも見える。
「そろそろ怪鳥の準備をしてくれ」
「しょうがねぇな……」
クインクトの要請でエミリーが恐る恐る甲板に出る。左右を見渡して息を吐く。
「こんくらいの高さなら何てことねぇな」
エミリーはあっさりいつもの調子に戻った。ならば怖れるものも無い。
「おらおらおら! 死ね死ね死ねぇ!」
\どっかん/\どっかん/
怪鳥の襲撃も何のその、ゴンドラは目的の地点に辿り着く。
「帝都かは断定できませんが、遺跡には間違いありませんね」
木々の隙間から焼け爛れた地面が見え、その中には崩れた塀と思しき痕跡も見えた。




