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魔王へのレクイエム  作者: 浜柔
第六章 勇者として
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第七十九話

「おーし、みんな十分食ったな?」

 エプロン姿でコンロの前に立つエミリーが、トングをカチカチ言わせながら問い掛けた。

「はい。十分戴きました」

「上手かったぞ」

「お腹一杯だわん」

「わたしもだ」

 銘々の返事に満足したエミリーはこっくりと頷く。

「んじゃ、後はあたしだけだな」

 皆の食べる勢いが落ち着いた頃から少しずつ焼いた肉を抓んでいたがまだ空きっ腹だ。

「へへへ、あたしスペシャルだぜ」

 にやけつつ黄色いペーストを焼けた肉に塗るエミリー。香ばしい匂いが湧き上がる。リリナとオリエには見過ごせない。

「ちょっと何ですの? あたしスペシャルってのは?」

「うむ、聞き捨てならん。それは何を塗っている? さっきまでは無かっただろう」

「あたしはマスタードが好きなんだよ」

 エミリーは嫌そうに答えた。

「そんな! 一人だけずるいですわ!」

「何だよ。散々塩とタレで焼いてやっただろ。こんくらいいいじゃねぇか」

「いいや。良くない」

「そうですわ。あたくし達にも焼いていただきますわん」

「お前らなぁ……」

 エミリーは腰に手を当てて、心底呆れた顔をする。

「そんだけ腹をぽっこりさせてて、まだ食うのかよ?」

 リリナとオリエが自身の腹に目をやると、確かに大きく膨らんでいる。折角のスタイルも台無しだ。そこらの男が目にしたなら劣情も冷めるに違いない。

「これ以上食ったら、全身がぽっこりしちまうぞ?」

 呆然とエミリーを凝視した後、「ぐぬぬ」と拳を握り締めて悔しがるリリナとオリエ。悔し涙を流しながら食欲を堪えた。

 くつくつと笑いながら決着まで見ていたクインクトはノルトに尋ねる。

「目的地はそろそろ近いんだろ?」

「その筈ですけど、こう見渡す限りの森じゃ、見つかるかどうか……」

 鬱蒼とした森の木々の梢は地上に降りれば遙か上に有る。魔の森の上に出ただけでは地面が真下しか見えない。少し距離を置いたら木々が密集しているかまばらかさえも判らない始末。

「明日からは思い切ってぐんと高く飛んでみるか」

 高空は風が強くてゴンドラが揺れるので危険だ。ノルトなど、落ちたら一溜まりもない。しかしそうも言っていられない。

「そうするしかありませんね……」

 ノルトも同意したが、そんな決断を嘲笑うように既に上空では風が強まっていた。


 日が暮れる頃にはコンロやテーブルを片付け終え、ゴンドラの両舷の少し離れた位置で焚き火を起こす。光に集まる虫なら火に飛び込み、夜行性の魔物なら光を避けるのを期待している。ゴンドラに引き上げたら鳴子(アラーム)を起動する。アラームは魔法で蜘蛛の巣を張るようなもので、何かが巣に引っ掛かったらそこで音が鳴る。警戒用の道具だ。これには二種類有り、真ん中が抜けた円盤状に広がるものは地上からの、半球状に広がるものは空からの侵入者を検知する。焚き火が離れた位置なのは、アラームの外に置くためである。

 見張りのクインクトを残して皆が寝静まり、何事も無く夜が過ぎるかと思われた。ところが夜半過ぎには上空で強まっていた風が呼んだ雨雲が雨を降らせ始める。雨は瞬く間に強くなり、弱まりつつあった焚き火をあっと言う間に消してしまう。外で見張っていたクインクトも船内に一時避難だ。

『参ったね、こりゃ』

 ライナーダ語で独りごちながら、クインクトは船室の入り口から見えない空を見上げる。

 カンカンカン。

 バタバタと雨が地面や船体を叩く中、この時を待っていたかのように右舷でアラームが鳴った。

 クインクトは雨の中に飛び出し、照明灯(ランプ)を灯して侵入者を確認する。熊形の大型魔物だ。一度はアラームの音にびっくりしたらしいが、音だけで実害が無いと判るとのそのそと近付いて来る。

『参ったね、こりゃ』

 ゴンドラを飛び降り、魔物に駆け寄って剣を一閃。魔物の首は胴体と生き別れた。

 カンカンカン。

 今度は左舷。バタバタとした雨音で聞こえ難くはあったが、アラームがまた鳴った。十頭ほどの犬形の魔物の群れだ。クインクトはこれも危なげなく首を刈り取る。

 カンカンカン。

『勘弁してくれよ……』

 魔物は次々と現れ、夜が明けるまでにクインクトが倒した数は四十を超えた。

 風雨は益々強まっている。


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