第六十二話
男はシーリスに向けて誰何する。
「てめぇ、何もんだ!?」
「お主のような無頼漢へと名乗る名など持たぬ」
「偉そうに……」
「お主に比ぶれば誰しもが偉かろうのう」
「てめぇ……」
視線で殺せるなら殺してやりたいとばかりに男が睨むが、シーリスはどこ吹く風だ。魔王と言う名の絶望を目の当たりにした経験を持つ身には、目の前の小者など心の僅かな漣にもなりはしない。男など無視してサーシャとマリアンを見やる。
「大事無き也や?」
「は、はい! 危ないところをありがとうござましす!」
サーシャは若干噛んだ。口を押さえて顔を赤らめる姿が愛らしく、シーリスはクスッと噴き出して微笑む。その笑顔にサーシャも緊張が解れたように微笑んだ。
「まずは此奴を外へ連れ出したりぬ」
シーリスは男を囲んだままで障壁を動かし始めた。後ろのバリアに押された男がつんのめる。
「うわっ!」
前のバリアに手を突くが、その遠ざかるバリアでは十分な支えにならず、膝を突いてしまう。そのまま膝を擦って引き摺られた。
「いて! いてぇ! 引き摺んな! 止めろ!」
男が叫ぶが、シーリスには無頼漢に対する慈悲は無い。
「わっしはお主のような無頼の者のために戦うてはおらぬ也」
「いて! 何を訳の解らねぇことを! いてっ!」
男は堪らず、必死に立ち上がってバリアの動きに合わせて歩く。階段で蹴躓き、足をバリアと階段の間に挟まれて悲鳴を上げたりしながら死にものぐるいで昇る。甲板には未だ男の仲間が気を失ったまま転がっている。腕の一本があり得ない位置であり得ない方向に曲がっているのはご愛敬であろうか。
「糞が。こんな所で伸されやがって、使えねぇ野郎だ」
自分のことを棚に上げて仲間を罵る男。こんな男は消し炭にしてしまいたいシーリスだ。召喚される前ならきっとそうしている。魔王と対峙する前に与えられた役割もそう言ったものだったのだ。
しかし、召喚されて来た今の時代では安易にそうする訳にも行かない。
「わっしがこの者ともう一人を抑えたる故、お主らで警邏の者を呼びたもうや」
シーリスが一緒に甲板に上がっていたサーシャ達に要請した。
しかしマリアンは躊躇う。目の前の女性にサーシャを任せて良いものか判断できないのだ。
「ひ、姫様……?」
「マリアン、行ってください」
伺うように声を掛けるマリアンに、サーシャはきっぱりと告げた。
「かしこまりました。直ぐに戻って参ります」
本来ならカバンを吊す浮遊器を使って甲板から地面に降りる。不用心になるので階段はしごを掛けないようにしているのだ。駆け出しながら「それまでどうかご無事で」と心の中で付け加えた。
『シーリスざー(シーリスさーん)』
マリアンと入れ替わるようにしてルセアの声が降り注ぐ。シーリスの乗っていたゴンドラがゆっくり下降している。シーリスが手を振ってやると、ルセアはぶんぶんと振り回すように手を振り返した。
暫くして着地したゴンドラから外交官のロイエンも顔を覗かせる。ゴンドラを操縦していたために、ここまで顔を出そうにも出せなかったのだ。
「何かする時は一言断ってからにして欲しいのだがね」
左肘を摩りながらぶつぶつと文句を言うロイエン。急降下の影響で転倒、打撲を負ったので文句を付けずにいられなかったのである。
「緊急也」
「はあ……。仕方がない」
甲板の様子を見て、何か面倒事が起きているのを察してロイエンは溜め息を吐く。
「さて、何が起こったのか説明してくれたまえ」




