第三十四話
一方、シーリスはロイエンの戻りを腰を落ち着けて待つ。傀儡を椅子に変形させて座るので、文字通りにだ。リクライニング仕様なので眠ることもできる。同様の椅子はルセアの分だけを用意した。ルセアはその椅子に恐る恐る指先で触ってはぴゃっと手を引っ込める動作を何度もやってから漸く安心したように座った。他の連中のことなど知らない。
ロイエンからはっきりとは聞かされていないが、戻るまでにかなりの時間を要すると見込んでいる。宮廷とは何かにつけて時間が掛かるものと、ラインク王国で思い知らされた経験からの推測だ。わざとやっているとしか思えないほどに同じことを繰り返し、そして繰り返させられる。無駄に手間が掛かるようにして仕事を増やしている、あるいは仕事をしている気になっているように見えたものだった。
事の起こりはシーリスが魔王討伐を目指す勇者パーティーへの加入を強制されたこと。加入しなければ生まれ育った町を攻め滅ぼすと、つまり町の人々を人質に脅迫されてのもので、甚だ不本意ながら従うしかなかった。元々ログリア帝国市民だった者の信用度などそれくらいのものだったからだが、そんなやり口のラインク王国には恨みさえ抱いたシーリスだ。
ところが、そんな手を使った相手に、何を血迷ったか国王が会うと言い出したらしく、謁見するように命令された。元ログリア帝国領内からラインク王国王都までは山を越えなければならないし、魔王の居城とは正反対の方角。何の意味が有るのかと理解の範疇を大きく超えていた。いや、権威を示したいのだとは判っている。そんな権威の示し方の意味が判らないのだ。
遠路遙々辿り着いてみれば、事ある毎に「お前は誰だ?」「どこから来た?」「何をしに来た?」と訊かれる。「そっちから呼び出した癖にいい加減にして!」と心の中では幾度となく叫んだ。その時に叫んでしまえたなら少しは気も晴れただろうが、人質にされた町の人々のことを思うとできなかった。多少の理不尽には沈黙あるのみなのだ。国王への謁見ともなれば、手枷足枷で拘束されて槍を突き付けられて、まるで囚人の扱いである。
国王はと言うと、周囲に何重にも障壁を張り巡らせて万全の体制で臨んでいた。シーリスが多少暴れても国王に害が及ばないようにしているつもりだ。シーリスが本気を出せばどこまで通用するか怪しいものではあったが。
そんな国王に、シーリスは「そんなに怖いなら謁見なんてしなければいいのに」と何度口に出そうと思ったか判らない。怯えた姿を見せたのでは権威は失墜こそしても、示すことにはならないだろう。
そんなシーリスにとっての二年前の出来事だった。
そうまでして守ったつもりの町とその町の人々は、シーリス達が魔王の逆鱗に触れたためにシーリスの目の前であっさりと滅ぼされると言う、皮肉で、目も当てられない結果となってしまった。
滅ぼされたのはシーリスにとってほんの数日前のこと。あまりのショックで記憶が曖昧になっていても、何かと思い起こされて心を苛まれる。すると、知らず涙が零れたりもする。
そんなシーリスを見るルセアは気遣わしげだ。勝ち気な態度を取っていながら不意に消え入りそうなほど儚げになるシーリスは、目を離している隙に本当に消えてしまいそうに思えるのだ。悪い人ではないし、どこか気に掛かる。傷ましさも有って、自分に何かできないものかと思案する。
ぐぐぅぅぅ。
その思いとは裏腹に、ルセアの腹が盛大に鳴った。昼頃呼び出されてから飲まず食わずで日付が変わっているのだ。腹も鳴ろうと言うものだ。
余程響いたのだろう。シーリスがきょとんとルセアを凝視する。その顔には今し方まで有った儚さが微塵も感じられない。
ルセアはその顔を見て、思わず微笑んでしまう。するとシーリスが「この娘は何を笑っているのかしら」と表情で語る。それに応えるように、ルセアは空腹を訴えるように腹を摩りながら首を少し揺らす。シーリスは納得するように頷いた。
ぐぐぅぅぅ。
また盛大な腹の虫の泣き声。ルセアではない。誰のものかとルセアが見回すと、シーリスが顔を赤らめていた。
ルセアは破顔する。するとシーリスが少し拗ねたようにしながらも微笑んだ。
そしてルセアは思うのだ。お腹が空くのは生きている証だと。そして満腹になればきっと元気が出ると。




