第三十二話
外交官ロイエンには女の泣き顔をしげしげと眺めるような趣味は無く、泣き止むのを悠長に待ち続ける気の長さにも持ち合わせが無い。だからこの時間を使って行うのは聞き取りなのだ。文官に拝み倒されて足を運びはしたが、ここで何が行われたのか、はっきりとは判っていない。これが判らないままでは何の判断も下せはしない。幸いなことに最も身分が高くて面倒を起こしがちな二人が拘束されて猿轡を噛まされている。邪魔に入られないよう、そのままにする方針を採る。後で文句を言われても、状況がはっきりしなかったので現状維持したのだと言い訳も可能だ。
ところが聞き取り結果が芳しくない。語られた内容が、ほぼルセアが呼び出されるまでの経緯に留まる。時間的に余裕が無かったのではなく、それ以上については誰も口を開かなかったためだ。どこか怯えを含んだ表情から、原因が周りの耳、特に拘束されている二人の耳にあることは明白。しかし今この場では一人一人を別室に呼んだりはできない。二人の拘束を解く努力を全くしない言い訳の根拠を失ってしまうことになる。
結果的に耳新しかったのは、最後に聞き取りをしたルセアの話だけだ。女の名前がシーリスだと言うこと、ここに立ち並ぶ異質な何かがシーリスの魔法による傀儡だと言うこと、ルセアの話すログリア語をシーリスがズンダ語と呼んだこと。尤も、ゴーレムがシーリスの魔法だと言うことは、目の前の状況から容易に想像できたことではあるか。
第三皇子らが拘束されている理由は、ルセアを含めて誰も話さない。後からどんな不利益を被せてくるか判らない本人を前にしては口籠もりもするだろう。予想するのはシーリスが第三皇子に無礼な振る舞いをして、それを騎士が咎め立てようとして返り討ちに遭ったと言うものだ。その予想に至ったのはシーリスが少々横柄に見えたからだった。ただ、別の可能性を考えても、第三皇子が理不尽な要求をしてシーリスが拒否した手順が最初に来るだけで、大きな違いにはならない。彼らのやらかすことは大体いつも同じなのだ。
『取り乱したるを詫び申す』
そうこうしている内にシーリスも落ち着いた。しかし。
『魔王に何か因縁が有るのか?』
ロイエンがそう尋ねた途端、また目にうるっと大粒の涙を浮かべる。
『悪かった! 今のは私が悪かったから泣くのを止めろ』
何かを押さえるように広げた両手を小刻みに振るわせながらロイエンは言った。美人の涙はこれほどまでに破壊力が有るのかと、少しずれた感想を抱きながらだ。
そんな、酷く冷静に見えていた男の慌てふためく様を見て、シーリスは目を瞬かせて小さく噴き出す。涙も引っ込んだようであった。
まだしていなかった自己紹介をロイエン、シーリス、ルセアだけで手早く済ませた後、ロイエンはシーリスにも事の経緯を聞き取る。何のしがらみも無いシーリスの言葉は明快だ。第三皇子らを拘束した経緯については予想より悪い形であった。彼らへの処遇については皇帝の裁可を仰がなければならないと考える。
一通り状況を掴んだところで、ロイエンは場所を換えるために一旦この場を後にする。皆にはこの場に留まるように言い置いて、この場をシーリスに預けてのことだ。会って直ぐの相手を信頼もできないのだが、第三皇子らには不信ばかり。マイナスよりもゼロの方がマシだ。それに、最も腕力に優れるシーリスを他の誰も抑えられやしないのだから、選択肢など元々無かったとも言える。
「やっかいなことになったものだ」
建物を出たロイエンは独りごちる。しかし、今までにない刺激であり、少し心が浮き立っている。もう日付も変わろうとする頃合いながら、足取りが軽い。
まず向かうのは皇帝の許。第三皇子を放置してはまた何かをしでかしそうなため、抑えて貰わなければならない。五百年前の世界から今の世界に現れたと思われる女の処遇も皇帝でなければ決められないだろう。
勿論、客観的には全てが虚構の可能性も拭えていない。だからその断りも付けながらであるのだが。




