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魔王へのレクイエム  作者: 浜柔
第二章 魔王は古に在り
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第二十四話

 ノルトとサーシャはドレッドとクインクトの足音が遠ざかるのを待った。ノルトは口も若干への字に曲げ、目を若干細めて。サーシャは口を一文字に引き結び、大きく見開いた眼を左右に揺らして。

 その二人の様子を見るだけのマリアンには、ノルトについては判らなくても、サーシャが何かを誤魔化したがっているのは判った。食事のように特別に指導されている場面を除けは、サーシャは意外と顔に出やすい。勢い、大した話ではなさそうだと感じて気楽に構える。実際にはそこそこ大した話なのだが。

「そ、それで話と言うのはっ?」

 足音が聞こえなくなったのを見計らって、サーシャが上擦り気味の声で尋ねた。まだ今朝の話だと思っているので「殺すなら早く殺せ」の気分なのだ。

「少し言い(にく)いのですが……」

 この期に及んでノルトは言い淀む。サーシャの方は焦らされて(なぶ)られている気分だ。

「もう、ズバンと言っちゃってください。ズバンと!」

「ズバン?」

 予想だにしなかった言葉にノルトが目を(しばたた)かせてサーシャを見ると、サーシャは少し怯んだようにしつつ顔をほんのりと赤らめた。

「と、とにかくです。焦らすのは止めてください」

「そ、そうですね……」

 サーシャが何を動揺しているのかさっぱりのノルトだが、話をしなければ始まらないのは確かだ。下腹に力を入れて大きく息を吸う。

「姫様にはお世話になっていて少し心苦しいのですが、ボクとクインクトは二人だけで別の遺跡の調査に向かわせていただきます」

 サーシャは目を瞬かせつつ小首を傾げる。「あれ? 違う話です?」と。しかしノルトの話の内容を呑み込むにつれて目と口が大きく開いてゆく。誰から見ても驚愕の表情だ。その横ではマリアンも似たような表情をしている。

「なっ、なななな、何を言っているのですか!?」

 ノルトの援助なんて伊達や酔狂でやってない。なんて言う場面ではあるのだが、伊達や酔狂で援助をしていたからその言葉は出ない。しかし、だからこそ受け入れ(がた)い。

 サーシャはパンと叩くようにテーブルに手を突いて立ち上がる。

「ドレッドですか? ドレッドですね? それならこの遺跡から帰り次第、お父様に何とか代わりの者を頼みます」

 単に解任しては名誉の問題になって面倒になるが、異動であればその限りでない。しかし、ドレッド本人が望んでいるのでもない異動の願いが届く可能性は低い。それが解っていても異動に(すが)るしか無い。

「そうではありません。いや、そうではあるのですが、そうではないのです」

 ノルトはしどろもどろだ。

「何を言っているのか解りません!」

「そうですね。今のはボク自身でもそう思います」

 頭を掻きつつ苦笑を浮かべる。そしてゆっくりと整理するように言葉を紡ぐ。

「ドレッドさんが面倒だから出て行きたくなったのは事実なのですが、これから行こうと思っている場所に姫様をお連れする訳には参りません。だから、ドレッドさんが居なくてもやっぱりお別れしなければならないのです」

「どこに行こうと言うのです?」

「魔の森です」

 ノルトは表情を引き締めた。

「魔王の真実を掴むのなら、ログリア帝国の遺跡に行かなければならないのです」

「魔の森などと! ログリア帝国の遺跡ならナペーラ王国にも在るではありませんか。ビンツ王国にだって……」

「どちらもログリア帝国としては地方ですから、期待薄でしょう」

「でも! ビンツ王国の公用語はログリア語ではありませんか! それで地方だったと言うのですか!?」

「ビンツ王国の公用語はログリアを名乗っていますが、精々古ログリア語の方言だと思われるのです。むしろナペーラ語の方が古ログリア語に近いものです。いずれにしても、ログリア帝国の首都だったと思われる場所は魔の森の真っ只中です」

「危険なのでしょう?」

「はい」

「どうしてもノルトが行く必要があるのですか?」

「ボクの研究ですからボクが行かなくてはなりません」

 一瞬(おのの)くような表情をしたサーシャは、力無く椅子に腰を下ろした。

「もう決めてしまったのですか?」

「はい」

「止めても無駄なのですか?」

「はい」

 サーシャは奥歯を噛み締める。

「解りました。好きにしなさい」

「ありがとうございます」

 ノルトは立ち上がり、腰を折る。

「今までありがとうございました」

 サーシャは何も返さない。声を出してしまえば嗚咽になりそうだったから。

 ノルトはリビングを後にした。見送ったマリアンが何か閃いたとばかりに腰を上げる。

「姫様、お先に甲板にいらしてくださいませ」

「甲板ですか?」

「お見送りはしなければなりませんでしょう?」

 その言葉にサーシャはハッとする。

「そうですね。そういたします」

「それではわたしは準備がございますので、後ほど参ります」

「準備?」

 何の準備か尋ねようとした時にはマリアンはもうリビングを出て行った後だった。


「よう、浮かない顔だな」

 こっそりとリビングの近くに戻っていたクインクトがリビングを出たノルトに話し掛けた。

「そんな顔をしてますか」

 ノルトは溜め息を吐いた。

「哀しい顔をさせてしまいました」

「まあ、それはしょうがないな」

「そうなんですけどね……」

「そんなに姫さんが心配なら止めてもいいんだぞ?」

「いえ、それはあり得ません」

「だったらもっとしゃんとしろ」

「そうですね……」

 言われてしゃんとできるなら苦労は無い。

「まあ、いいさ。準備は終わってる」

「解りました。行きましょう」

 二人は甲板へと向かった。


 心を落ち着かせるのに暫く掛かってしまったサーシャも甲板に向かう。すると、甲板から降りて来たらしいマリアンと擦れ違った。後で甲板に行くのではなかったのか。

「姫様、彼らはもう出発の準備を整えていたようです」

「もうですか?」

「お急ぎを」

 それだけ言うと、マリアンは部屋の方へと走った。そんなマリアンを(いぶか)しみつつも、サーシャは甲板へと急ぐ。

 甲板に出た時にはもう、ノルトのゴンドラは浮上していた。

「ノルト!」

 小型ゴンドラの甲板上のノルトは声に気付いて下を見る。

「姫様! お元気で!」

 ゴンドラは動き出し、離れて行く。

 それを見送る甲板では、マリアンが大荷物を抱えて現れる。

「姫様、姫様さえお望みなら、わたし達も参りましょう」

 夜逃げのような風情のマリアンに、その手が有ったのかと言わんばかりにサーシャの目が見開かれる。

「ドレッドが来る前にお急ぎを」

「はい!」

 サーシャとマリアンは甲板の後ろに走る。サーシャはそのまま小型ゴンドラに乗り込む。マリアンは荷物を投げ込んで、もやい綱を外してから乗り込む。その頃にはサーシャが浮遊器(フローター)を起動して待機させていた。操作はマリアンが引き継ぐ。

「さあ、号令を」

「はい! 出発進行ーっ!」

「オーライ!」

 晴れやかな表情の二人を乗せて、小型ゴンドラは浮上した。


 一方、ドレッドはゴンドラの外で鍛練に励んでいたところで飛び去る小型ゴンドラを目撃した。ノルトのものだ。何事が起きたのかと、急いで甲板へと向かう。着いた時には二艘目の小型ゴンドラが浮上した後だ。

 一体誰がと自問するが、選択肢など無い。

「サーシャ様なのですか!?」

 その声に気付いたサーシャが小型ゴンドラの縁から首を出す。

「ドレッド、ごめんなさい! 私には貴方を解任できません! だから私の方が出て行きます!」

「サーシャ様!?」

「そのゴンドラのこと、お願いしますね!」

「サーシャ様! お待ちください!」

「待てません!」

 首を引っ込め、帆を張って、送風機(ブロワー)を起動する。ブロワーには反動が無いので帆に当てることで船が進む。

 小型ゴンドラはゆっくりと前進を始めた。

「サーシャ様! お戻りください!」

 ドレッドのその言葉にはもう返事を返さず、サーシャとマリアンは旅立った。


「あっ、しまった! 地図を忘れた!」

 出発した後でそんなことを言うノルトだ。

「そんなことだろうと思ってな。描き写しておいたぜ。船室を見てみな」

「本当ですか!?」

 ノルトは蹴躓きながらも船室に急ぐ。そして叫んだ。

「凄い! やっぱり持つべきものは良き友ですね!」

「はっはー」

 にやけるクインクトである。

 そしてまた甲板に出て来たノルトにクインクトは尋ねる。

「これからどこに行くんだ?」

「そうですね。取り敢えずはナペーラ王国でも目指しましょうか」

「了解」

 船首を微妙に変えて、ゴンドラは飛んで行く。


 サーシャとマリアンはと言うと、とっくにノルトとクインクトのゴンドラを見失っていた。しかしどこか吹っ切れたサーシャの気分は軽い。

「きっと追い付いてみせます!」

 まだ二人は気付いていないが、このゴンドラの船室には模写された一枚の地図が貼り付けられている。クインクトの仕業であった。


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