第二十三話
サーシャの大型ゴンドラの甲板には、それの五分の一ほどの全長の小型ゴンドラ二艘が搭載されている。その内の一艘は標準装備で、緊急時の脱出用と連絡用を兼ねたものだ。もう一艘はオプション扱いのノルトの所有物で、表向きは同じ用途になっている。
小型ゴンドラと言っても、大型に比べれば小型と言うだけのことで、一般的には標準の大きさである。二人程度なら身体を伸ばして寝られるため、長距離を旅することも可能だ。個人営業の商人にもよく使われる。
ノルトはその自らが所有するゴンドラに書籍を詰めたカバンを載せるなどして出発準備を行った。
そう、準備はした。しかし今直ぐの出発にはならない。徹夜作業をしたことに加え、朝に出会したサーシャの突拍子もない行動にがっつり気を削がれてしまったことで随分と冷静になっている。すると「流石に姫様にも黙って出て行くような不義理はできませんね」と、至極真っ当な考えにも及ぶ訳だ。
冷静になったから出発を取り止めるかと言えばそうでもない。冷静に考えたら考えたで、「ここでサーシャと別れるべきだ」との結論が導き出されるのだ。次に行こうとしているのは魔の森で、そこには多くの魔物が徘徊するなどして危険も多い。そんな場所に王女を連れては行けない。
ノルトがこのことをサーシャと正面から話さなければと考えつつ、大型ゴンドラの船内に戻った時にはもう朝食の時間だった。話は食後にしようと、まずは食卓に着く。人は何かと物事を先延ばしにするものなのだ。
朝食のリビングはまた沈黙の帳が降りたようにしている。昨晩と違うのは、いつもならそれを気にするサーシャが今朝の失態を引き摺っていて、積極的に沈黙を貫いていることであった。
ノルトは今後の予定に頭を巡らせている。直近と短期的なものが主だ。直近はサーシャと話を付けること。ドレッドが傍にいては面倒になりそうだから、どうやってドレッド抜きにするかと言ったことも含まれる。短期的にはどこにどのルートで行くか。そして思案に耽るあまり、無表情にもなっている。
一方、ノルトが考え事をしているとは知らないマリアンは、その無表情な顔をチラチラと覗う。自分の味覚は別におかしくなどなっていないと結論付けたので、今までのノルトがただのお世辞で「美味しい」と言っていたのか見極めようと試みている。そしてもしもお世辞だったなら本気で「美味しい」と言わせたい。
それと言うのも、サーシャやドレッドは特に事情が無い限り、料理の味について表情にも声にも出さない。そう育てられてしまっているのだ。だから料理に感想が貰えないのは当たり前だとも思っていた。ところが初めての遺跡調査の折、ノルトに「美味しい」と言われて妙にウキウキした気分になった。繰り返される度に日常になってしまったが。それが昨晩、その言葉が無かっただけで喪失感を覚えたのだ。今までが充実していたことにも気付かされた。失くしてしまえば酷く寂しく、また充実感を得たい訳である。
因みに残るクインクトは食事中、稀にニヤリと笑うことがある。若干手の動きが速くなるので料理を気に入ったからに相違ない。それを見た時はしてやったりと思うマリアンだが、稀なために日頃の充実感には繋がっていない。
結局、朝食の間中ノルトの表情は動かず、マリアンは心の中でさめざめと泣いた。そして決意も新たに料理に打ち込む決心をするのであった。
そもそも料理人ではないし、色々勘違いもしているのだけど。
そんなこんなと沈黙の中で朝食が終わる。ここで初めてノルトが口を開いた。
「姫様、お話したいことが有ります。少しお時間を頂けませんか?」
「は、はいっ!」
なぜかサーシャの声が裏返った。いや、なぜかも何もなく、今朝のことについての話だと直感したからだ。勿論、勘違いである。
「できれば二人だけでお願いしたいのですが」
「そ、そうですねっ!」
今朝のことだと思っているサーシャに否やはない。ところが客観的には違う。
「サーシャ様、いけません! その男と二人だけなどと。せめて自分を同席させてください」
「ええっ!?」
ドレッドの進言にサーシャは素っ頓狂な声を上げた。考えればドレッドの進言が尤もだと判るのだが、ノルトの話が今朝のことだとすればドレッドに知られるのは非常にまずい。
「そ、その必要はありませんっ!」
「そうは参りません」
参らなくてもドレッドが同席すれば、ややこしくなるに決まっている。だから半ば目を回しながら必死に考える。
「そ、それならマリアンを同席させましょう! ねっ!? ノルトもそれでいいですよね?」
マリアンなら知られてもぎりぎりセーフと考えた。
「それで構いません」
ノルトにはどうしてサーシャがドレッドを同席させたくないのか判らないが、ドレッドに居て欲しくないのは同じである。マリアンなら妥協点だ。
「そう言うことですから、ドレッド。貴方は今日の準備に取り掛かってください」
「あ、そのことなんだけど、今日の発掘は止めないか? 昨日の雨でぬかるんでるからな」
クインクトが割り込んだ。外はぬかるんでいるのは本当だ。雨は夜の内に上がったものの、かなり降ったために地面が全く乾いていない。でも本当は発掘作業をしている場合ではなくなる予定だからの進言である。
「そうですか? そうですね。そうしましょう」
サーシャはパンと手の平を合わせる。とにかくボロが出ない内にこの場を纏めたい一心から同意したのだ。
「ドレッドは自室で待機するか、船外で自由行動にいたしましょう」
「畏まりました」
今一つ納得しかねるように首を傾げつつも、ドレッドは了承した。訝しくは思っても、特に拒む要素が見当たらなかったためだ。
「そんじゃ、俺も席を外すぜ。ほら、旦那も」
そして話が纏まったのを見計らったクインクトがドレッドを促しつつ、あるいは追い出しつつリビングから出て行った。




