第百話
「ラララーラ、ラーララー、ラララーラーラーララー♪」
「ねえさんご機嫌だな」
空を駆けるゴンドラの甲板で歌を口ずさむシーリスにエミリーが声を掛けた。サーシャが哀しげと評した歌も、エミリーには楽しげに聞こえたらしい。
シーリスがノルトと合流してから八十日ばかりが経ち、その間にシーリスから魔法の手解きを受けているエミリーはシーリスを「ねえさん」と呼ぶようになっている。シーリスとしてはもぞ痒く感じられるその呼び方だが、エミリーが敬意を籠めているのが判るので好きにさせている。
二人はノルトの小型ゴンドラで食料の買い出しに向かう途中だ。シーリスの速さなら森の北に在る町に日帰りで往復できるので、ノルトが発掘を切り上げなければならなくなっただろう食糧問題が解決した。だから今も発掘を継続していて、今日の買い出しでまた延長することになる。ただ、今回の操縦はシーリスではない。
「こうしてゆっくり景色を眺めて飛ぶのもいいものよね」
「かーっ! ねえさんに掛かっちゃ、あたしが必死に飛ばしてるゴンドラもゆっくりかー」
エミリーが酸っぱそうな顔をする。本気で嘆いていたりしないのは、表情に笑いが含まれていることで明らかだ。実力差がありすぎて、比べる気にもならないのである。
そんなエミリーにシーリスが魔法の手解きし始めたのは合流した翌々日からだった。
「早速だけど、魔法を見せちゃくれねぇか?」
「いいわよ」
始まりはそんな軽いやり取りだ。
「で、何が見たいの?」
「そりゃ、傀儡だぜ」
「いいけど、その前に、貴女って流れは見えるの?」
これは魔力の流れのことを指す。ここで「何が?」と尋ね返すようなら見えないのと同義だ。
「おう、そこは問題ねぇぜ」
「じゃあ、行きましょうか」
シーリスは発掘済みの記録を読む予定にしていたが、一日中読み続ける訳でもない。読むのを趣味にしているでなし、そこまでの集中力が続かないのだ。精々半日程度。だから先に多少の時間を費やしても予定が多少前後するだけのことなのだ。
行き先は発掘現場。と言っても直ぐ近くだ。調査及び発掘は大きく凹んだ城跡を囲む城壁跡の両側を、内側には狭く外側には広く順に進めている。ゴンドラの停泊場所からは次第に遠ざかる格好だ。昨日までもかなり遠くなっていたが、新たにシーリスの乗る中型ゴンドラを停泊させる際に現行位置付近に停泊場所を確保した。そして発掘現場ならゴーレムを生成に使った土砂の分だけ掘り進めることにもなり、生成したゴーレムを直ぐさま作業させられる。
シーリスはエミリーに小さなゴーレムの生成と解除を取り敢えず三度繰り返して見せ、その後には人の大きさ程度のゴーレムを生成して発掘作業に従事させた。
ゴーレムの魔法を修得できるかどうかはエミリー次第だ。ゴーレムはシーリスの固有魔法だから解析されていない。それ故に手早く修得できる方法が無い。これを修得するには、まずシーリスが生成と解除を繰り返して見せる。これで見えた魔力の流れを真似てエミリーが練習し、ぼんやりとしてイメージが定まらない部分が浮かび上がったらまたシーリスが魔法を使って見せる。後はエミリーがひたすら練習し、不明瞭な部分が見える都度シーリスが魔法を使って見せるのを繰り返すだけである。
「やっぱ全然発動しねぇな」
早速試したエミリーはぼやいた。魔力の収束が感じられただけで地面の土さえピクリとも動かなかった。
「一発で成功されても困るわよ」
固有魔法でも能動的に発動させるものなら真似しやすくはある。しかしそれにも限度と言うものが有り、一発で成功させられるようなら天才どころか化け物の域だ。勿論、シーリスから見ても化け物である。
「そうなんだけどな……」
判っていても上手く行くことを期待するものだ。そして失敗すると少しがっかりする。こればかりはどうしようもない。
シーリスの見立てではエミリーがゴーレムを使えるようになる可能性は高い。少なくとも魔力が足りないようなことは無さそうだ。
「とにかく頑張ってみることね」
「おう」
応えは酷く軽いものだったが、それからのエミリーは極めて熱心に魔法の練習をする。発掘作業があるので一日中とは行かないが、炊事をマリアンが引き受けたことで空いた時間や夜の時間など、使える時間を全て注ぎ込む熱の入れようだ。
それは結果を結び、四日目には手の平サイズのゴーレムを生成して見せた。この時は片腕を上げさせただけで崩壊してしまったが、確かに成功したのだ。
「驚いたわ」
見せられたシーリスも目を真ん丸に見開くほどだ。その様子にエミリーは不敵に顔を綻ばせる。
「どんなもんだい。まあ、まだまだなんだけどな」
起動させられたことが誇らしくても実用には程遠いので、喜びも半分だ。気合を入れ直さなければならない。ゴーレムの維持に今はまだ大量に消費してしまう魔力を減らすなど、課題は多い。しかしここまで来れば、後はもう自分なりの効率化を追及するだけだ。
「折角だから、他の魔法も憶えてみない?」
エミリーの魔法の才能は本物だ。このままにしておくのは惜しいとシーリスは考える。便利な道具が出来たことで廃れた魔法や、権力者が独占して埋もれてしまった魔法も憶えれば、魔法士としての幅が広がる。具体的には水筒の存在で廃れた創水、浮遊器で廃れた移動、軍用として囲い込まれた探査と言ったものだ。
「何でも来いだぜ」
エミリーのやる気も充実していた。
そうしてシーリスが思い付く限りの魔法をエミリーに教え、今日の買い出しはムービングの実地試験のようなものを兼ねている。さしものエミリーでもゴンドラを安定して飛ばせるようになるまでには時間が掛かったのだ。
シーリスは自らの未熟を嘆くように答えたエミリーを微笑ましそうに見やる。
「そう言う意味じゃないわよ。確かに飛ぶのもゆっくりだけど」
「ぐはっ! あたしのライフはもうゼロだぜ……」
「もう、自分で言い出したんじゃないの」
シーリスは呆れたとばかりに息を漏らすようにして言った。
「でも自信を持っていいわよ。わたしが居なくなったら貴女が世界一なのは間違いないわ」
エミリーは短い期間で便利な魔法の道具類を必要としなくなっている。勿論これは道具を否定するものではない。ゴンドラの操縦のようにフローターを併用することでより高いパフォーマンスを発揮できるものは積極的に利用する。それでも道具が無ければどうにもならないのと、道具が無くてもどうにかなるのでは大きな差を生む。
「ねえさん抜きの世界一なんて無意味じゃねぇか。だいたい、『居なくなったら』なんて縁起でもねぇ」
エミリーが口をへの字に曲げて不満を露わにするが、そんな一本気なところがシーリスには愛おしくもある。
「それもそうね」
シーリスはエミリーに同意を返したが、軽口を叩いたのでも自分を高みに置いて上から目線で言ったのでもない。ある予感が有った。
自分に残された時間は少ない。
漠然とそう感じていた。そしてまた漠然と自分の中から何かが消えかけているように感じている。
いつからかは判らない。二十日ほど前に気付いた時にはそうだったのだ。




