衣笠由羅の追憶②
衣笠由羅 ⇔ 衣笠真理亜(衣笠由羅のイマジナリーフレンド)
衣笠麻莉愛(本編では、マリアと呼称)：現実に存在する、衣笠由羅の後輩。衣笠由羅のイマジナリーフレンドと同姓同名。
「あたし、衣笠麻莉愛です！」
「え……？」
由羅の前に現れた一学年下の女の子は、彼女に勢い良くお辞儀をしてそう言った。
「由羅先輩と同じ名字なんですよ！ 奇遇ですよね！」
「ま、マリア……？」
頭を下げていた女の子は、不安そうに顔を曇らせ目線を上げる。
「どうしましたか？ 同じ名字、あんまり嬉しくなかったですか？」
「い、いえ、ぼ、ボク……そ、その……」
「安心しろ。その女はまともだ」
相も変わらず携帯ゲームをプレイしている彰は、異様とも言える由羅の部屋の中で物怖じせずにリラックスしていた。
「ソイツが、お前の二つ目の願い――『友だちが欲しい』を叶えて下さるそうだ。良かったな」
「あの、由羅先輩」
ゲームに夢中になっている彰を横目で見ながら、こっそりとマリアは由羅へと耳打ちをする。
「悪いことは言わないですから、あんなヤツとは、関わり合いにならないほうがいいですよ」
心底からそう思っているのか、彰を見つめる彼女の表情には、ハッキリと〝嫌悪〟が刻まれていた。
「正直言って、アイツはクズです。自分の身の保身のためならなんでもしますし、学校行事で外に出ればのべつ幕なしに女性に声をかける……しかも、あの歳で、女性のヒモになりたいとか言ってるんですよ？ 頭、おかしくありませんか？」
「聞こえてるぞ……えーと、名前、なんだっけ？」
「マリアです！」
「あぁ、すまん、憶える気はない。
お前の趣味を口外されたくなかったら、口に気をつけたほうが身のためだぞ」
さっと顔色が変わり、マリアは「じょ、冗談ですよぉ」と引きつった笑顔を浮かべる。
「じ、実はあたし、ココだけの話、めちゃくちゃスプラッタ映画が好きで」
棚に飾られているカエルのホルマリン漬けを眺め、年下の少女はうっとりとして両手を組んだ。
「特に腸ですよね……『死霊のはらわた』とかロメロのゾンビシリーズとか、そう言うのホント好きで……あ、でも！ 飽くまでも映画ですからね！ 現実で見たいと思ったこと、一度もありません！」
「だ、大丈夫……ぼ、ボクも……そ、そう言うの好きだよ……」
「ほ、本当ですか！？」
感激したらしいマリアに両手を掴まれ、由羅は驚いて身を竦める。
「アイツに弱みを握られてから、ずーっと、都合の良い使い走りで！ 趣味が合う女の子なんて一度も見かけたことないし、孤独で泣いちゃいそうだったんですよ！ ようやく味方ができた！ 嬉しい！」
「そうか、俺に感謝しろよ」
殺意の篭った視線を向けられて尚、桐谷彰は超然としていて、不意に由羅へと目を向ける。
「で、だ、衣笠由羅……こうして数日、張り付いた結果、俺はお前には〝将来性がない〟と判断した」
綺麗な瞳――何か人を惹きつけるような目をした彼は、携帯ゲームを鞄に仕舞って立ち上がる。
「両親がかなりの金持ちだと踏んでいたが、そうでもないみたいだしな。俺を養えるだけの地力がないお前に興味はない」
「は、はぁ！？ あんた、頭オカシイんじゃ――」
「由羅」
一度だけ、桐谷彰は名前を呼んだ。
「あとひとつの願い事……よく考えて決めろ。１０００円分の借りは、ソレでチャラだ」
マリアの罵倒の嵐を聞き流しながら、後腐れなく去っていく彼の背中を見つめ、衣笠由羅は初めて体験する〝恋心〟に胸を高鳴らせていた。
「ぼ、ボク……あ、アキラくんが……す、好きみたい……」
「え、嘘！？ ホント！？」
由羅にだけ視える友人――衣笠真理亜は、嬉しそうに歓声を上げた。
「じゃあさ、告るしかないじゃん！ 話に出てきた、あたしと同じ名前のマリアちゃんにも手伝って貰って、恋を成就させようよ！」
「で、でも……ぼ、ボクみたいなのが告白しても……ま、真理亜とは違って……め、迷惑だろうし……」
「大丈夫だって！ 由羅は真理亜なんだから！」
朗らかに笑んだ彼女は、由羅の恋心を祝福していた。
「頑張って、由羅！ 絶対、上手くいくから！」
気負っていた恋心が楽になったのを感じ、由羅は心のなかで、そっと最後の願い事をつぶやく。
――ボクを好きになって下さい
「き、桐谷彰に告白するぅ！？ 正気ですかぁ！？」
顔を真っ赤にした由羅はこくこくと頷き、呆れ返った様子のマリアは嘆息を吐いてから自室へと招き入れてくれた。
「あたしには理解できないけど、由羅先輩の頼みなら断れません。先輩、なんだか見ていてほっとけないし」
それから、マリアは電話をかけ「行きましょう」と立ち上がった。
「え、ど、どこへ……？」
「美容院ですよ。まずはその髪、どうにかしなきゃ」
マリアによる衣笠由羅の〝改造〟は一日にも及び、すっかり日が暮れた後、メイクアーティストは渾身の出来栄えを見て「完璧」とつぶやいた。
明るい髪色、整った長さの髪の毛、生来の可愛らしい顔立ちに施されたナチュラルメイク、つけ爪にはマニキュアが塗られ、マリアに借りた裾の短いバルーンワンピースは、美麗な肢体の魅力を引き立てている。
「真理亜だ……」
鏡に映った由羅は、憧れの〝真理亜そのもの〟だった。
「ココまで素体が良いとは、思いませんでしたよ。正直言って、コレで落ちない男がいるとは考えられま――先輩？」
「ぼ、ボクは真理亜だ……真理亜が言ってたことは、本当だった……ボクは、真理亜だったんだ……」
「由羅先輩？」
その瞬間――彼女は、〝切り替わった〟。
「……由羅じゃないよ」
「え？」
「真理亜」
彼女は、微笑んだ。
「あたしは、衣笠真理亜だよ」
初めての恋心に頬を染めながら、真理亜は鏡に映った自分自身を眺め、嬉しそうに手を振った。
