衣笠真理亜の真実
「動くな」
無人航空機に気を取られていた俺たちは、背後から迫っていた水無月さんに気づくことができなかった。
「アキラくん、助けに来たよ」
俺は狂ったお前を助けてやりたいよ。
「……どうして、ココがわかったの?」
家の塀を乗り越えてやって来たらしい水無月さんは、スタンガンを衣笠の首筋に当てたまま平然と応える。
「わかってなかったよ?」
「どーゆー意味?」
水無月さんは、ニッコリと笑った。
「ハッタリ。
尾行されてるのはわかってたから、手鏡で後ろにいる追手を確認しつつ、その都度反応を見て進む方向を決めてただけ」
将来の夢は、スパイかな?
「だとしても、正確な位置は――」
「お兄ちゃんから離れろ、サイコパス女」
走ってきたらしい淑蓮が曲がり角から姿を現し、俺を目視するや否や、満面の笑みをたたえて駆けてくる。
「お兄ちゃん! 私、頑張ったよ! 褒めて! 抱っこして、チューして!! 結婚して!! 私、何されてもいいから!! お兄ちゃんになら、殺されても本望だから!!」
「淑蓮ちゃん、ストップ」
水無月さんの呼びかけに、妹は足を止めて舌打ちで応える。
「なんですか? 位置情報を伝えてあげたの、誰だと思ってるんですか?」
「あの無人航空機、お前のかよ。面白そうだから、今度貸して」
「お兄ちゃんになら、あげるよあげる! 私の全部、あげる!!」
やったー! 妹の臓器、売り払うぞー!
「電話で言ってた『見つけた』は、あたしと桐谷を外に誘き寄せるための嘘か……アハハ、やるじゃん」
「アキラくん、衣笠真理亜、どうする? とりあえず、溶かす?」
衣笠真理亜を片栗粉みたいに扱うな。
「あと、ゆいの忠告を聞かなかったアキラくんはお仕置きだよ? 一週間は、ゆいの体液以外、口にできないと思ってね?
あ、コレじゃご褒美か……ごめんね、アキラくん」
体液は最高のスパイス!!
「先輩に言っておきますけどー、またお兄ちゃんを連れ去るようなら、こちらにも考えがありますよぉ?」
「え? 淑蓮ちゃんに、なにができるの?」
通報。
「貴女を殺せる」
ダメだわ。思考回路が殺意と直結してるわ。
「でも、その前に、主犯の末路を決めないとダメですよね。お兄ちゃんを攫っておいてお咎めなしとか、誰も赦したりしませんよ」
俺は、普通に赦してるぞ!
「……同意だね」
水無月さんの眼光が日光の下で怪しく輝き、寸分の躊躇いもなく、スタンガンの出力を最大まで上げる。
最早、抵抗する気はないのか、衣笠は諦めたように目を閉じて――俺は、水無月さんの手を掴んだ。
「アキラくん? 良い子だから、手、離して?」
眼の死に方がスゲぇ!!
「ゆい。コイツは、主犯じゃありません。真犯人は別にいる」
「誰?」
短い問いかけに対し、俺は真っ直ぐに、さっきまでいた家の中を指差す。
「犯人は、この中にいる!!」
この調子で時間稼いで、水無月さんから逃げよっと!
「俺が今から、そのクソ野郎を呼んできますよ!! 待ってて下さ――」
「アキラくんは、待て。
アナタ、呼んできてくれる?」
早速、計画が破綻したぜ!!
指された衣笠はスタンガンの恐怖から解放され、唯々諾々と水無月さんの命に従って敷居を跨いだ。
「アキラくん!!」
衣笠真理亜が消えた瞬間、水無月さんに背後から抱きしめられ、興奮で息を荒げる彼女に首を舐め回される。
「好き……アキラくん……愛してる……んっ……アキラくん……アキラくん……!」
ちゅっ、ちゅっ、とリップ音を鳴らしながら、犬歯で俺の血管を食い破り、水無月さんは漏れ出た血液を美味しそうに啜った。
「ぁあ……! お、美味しいよ、アキラくんの命……! ご飯にかけて、食べたいくらい……!」
アキラは、うごくふりかけにランクアップした!(効果音)。
「お、お兄ちゃんに触るな……! さ、さわ、触るな……!」
このままでは、妹が人ではなくなってしまう!
「ん~? なぁ~に~?」
スタンガンで牽制しながら、ニコニコとしている水無月さんは、俺の全身を両手で弄り首元を舌でちろちろと舐める。
「お兄ちゃんに――」
「アキラ様に触るなァ!!」
玄関から飛び出してきた黒髪の少女は、勢い良く頭から水無月さんに突っ込み、俺の血を貪っていた吸血鬼と団子になって転がる。
「……はぁ?」
マウントをとられた水無月さんは、冷静かつ的確な判断力で拘束から抜け出し、動物を思わせる俊敏さで少女を下に敷き返す。
何時もフードで頭をすっぽりと覆っていた彼女は、最初のタックルで豊かな黒髪を曝け出し、怒りで彩られているであろう顔面を長過ぎる前髪で覆い隠していた。
「その黒髪……アキラくんの下駄箱に入ってた……お前か……!」
黒色のローブの下で、胸を弾ませている彼女は、威嚇するかのように大声を上げ、水無月さんは躊躇なく黒髪を右手で掴む。
「この黒髪、全部、抜いてあげるね? アキラくんにお痛するような髪、この世界にいらないもんね?」
長髪を掴まれたアキラ教の教主は、必死になって抵抗する。が、藻掻く手を両足で固定され、髪を思い切り引っ張られ――
「……やっぱりか」
〝黒髪〟が外れて――衣笠真理亜が、白日の下に晒された。




