水無月結(ヤンデレ)は夢を見る
わたしが通っていた幼稚園の先生は、アキラくんを監禁して逮捕された。
『モモ先生』と呼ばれていた彼女は、どこにでもいそうな優しげな先生で、特にアキラくん一人を贔屓しているような態度を見せたことはなかった。
アキラくんがいなくなって世間がざわつく前、彼女はわたしと〝わたしの親友〟に対してこう言った。
「愛情を示すのに、手段なんて選んじゃダメだよ」
モモ先生は、アキラくんを取り合って引っ張りっこをしていた、わたしと彼女を眺めて微笑んでいた。
「愛にね、際限なんてないの。だから、手段を選ぶような愛情なんて、そんなものは〝本物〟じゃないんだよ?」
「どぅゆーこと?」
わたしの親友は海外生まれで、綺麗な白金の髪をもっており、その長く美しいソレをふわりと掻き上げなら尋ねた。
「ねぇ、ゆいちゃんは、アキラくんとずーっと一緒にいたい?」
わたしは、こくりと頷いた。
「そっか」
その時――確かに、先生の瞳には〝狂気〟が渦巻いていた。
「それなら、誰にも渡さないように、アキラくんを〝監禁〟しないとね?」
「かんきん?」
「……本当に彼が好きなら」
モモ先生の笑顔は、どこか哀しそうだった。
「いずれ、わかるよ」
先生が逮捕されたのは、それから少し経った後のことで、彼女が犯した決定的なミスは『アキラくんが風邪を引いて、病院へと連れて行った』ことだった。
全国的なニュースになった誘拐事件は連日テレビを賑わせていて、大勢の記者たちはアキラくんの口にマイクを突きつけ『怖かったかい? 怖かったよね?』と、視聴者の同情を引き出すようなコメントを吐かせようとした。
「ぜんぜん、こわくなかったよ?」
だけど、アキラくんはあっけからんと言った。
「モモせんせい、すごくやさしいもん。なんで、みんな、モモせんせいのことをわるくいうの? いっしょにくらして、すごくたのしかったよ? おかあさんよりりょうりがおいしいし、おやつもくれたし、なにもひどいことしなかったよ?」
世間的には、アキラくんは洗脳状態に陥っていて、ストックホルム症候群の表れにより、犯人のことを悪く言えないのだと決定づけられた。
「……彼は特別でした」
特殊性癖をもった変態として、モモ先生は社会から弾圧され、様々な人から質問を受けた。
「わたしがどれだけの愛情を示しても、彼はどこか〝余裕そう〟に受け止めていました。笑っていました。彼ならば裏切らないと思ったし、唯一、一生を添い遂げられるとも思いました。彼しかいないと思いましたし、今でもそう思っています」
雑誌にも掲載された先生の言葉は、わたしの心に深く根付いている。
「年齢差なんて問題じゃない。愛情を示すのに、手段を選ぶ必要なんてありません。
ただ――」
わたしには、先生の煌めく涙が視えた。
「彼と一緒にいたかったんです。少しでも長く、それがおかしいことだと言われても、一緒にいたかったんです。
そう思うのは、何かおかしなことなんですか?」
そして、わたしは、幼稚園でアキラくんを引っ張っている。
「将来、アキラくんは、フィーが監禁するの~」
「ゆいが監禁するの~」
わたしとわたしの親友が示していた〝愛情〟は、ものの見事に問題視されて『絶対にそんなことしちゃいけません!』と顔面蒼白な先生に怒られた。
「ゆい。あなたは、第二婦人よ。フィーは必ず帰ってくる、忘れないで」
わたしの親友は、その言葉を残して海外へと飛び――そして、わたしは、今でも彼のことを愛している。
「……懐かしい夢だな」
目覚めたわたしは、朝日を浴びながら微笑する。
「アキラくん、絶対に憶えてないよね?」
昨日まで、彼がこの家の中にいた……その事実を再確認し、わたしは歓喜で身震いする自分を抱いた。
「好き……アキラくん、好きだよ……アキラくんが、ゆいとのこと憶えてなくても……好き、好きなの……」
彼の芳香が残るシャツを鼻に当て、わたしはぎゅっと抱き締める。
「愛して、アキラくん……ゆいだけを愛して……他の女なんて視ないで……そしたら、ゆいは……」
――愛情を示すのに、手段なんて選んじゃダメだよ
「アキラくんと一緒にいられるように――〝なんでも〟してみせるから」
枕元に立てかけている彼の写真にキスをして、わたしは『水無月結』として制服を纏った。
「……で、お前は誰?」
憂鬱な朝の通学路に立ち塞がっているのは、一人の見知らぬ女の子だった。
リボンを緩めて開いた胸元に、白く艶めく太ももを露出させているミニスカート、耳には銀色のピアスをつけていて、爪は薄青色のマニキュアで彩られている。
「――話したでしょ?」
如何にもギャルっぽい彼女は、自分の片腕を掴みながら、顔を伏せてボソボソと話した。
「え?」
「昨日……電話したでしょ……?」
頬を紅潮させた女の子は、大きな声で言い放つ。
「あたしが! あんたの! ストーカー!!」
「……は?」
恥ずかしそうに、彼女は真っ赤な顔を両手で覆った。