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<第三章>・現れた協力者

『顔あげて、司。』

それでも司は顔をあげない。彼女は、変なところで頑固者だ。

けれど正直、そんな司を見て「通常運転だな」と感じる余裕があるくらいには、蓮はもうその頑固さに慣れてしまっていた。


『話してくれてありがとな。』

すると蓮は、ソファから降りて地面にしゃがみこみ、下からニッと明るく笑う。


『蓮、本当に……』

『だからもういいってば。』

優しく微笑み、蓮は再度、ソファを叩く素振りを見せる。

さすがにもう、司も抵抗はしないようだ。


『蓮は座らないの?』

促されるまま腰掛けた司は、フローリングに座り自分を見上げる悪魔を不思議に思い、そう尋ねた。

すると、

『なんかさ…この方が落ち着くんだよな。』

と、蓮は明後日の方向を向いて答えた。

それはまるで……契約を結んだ次の晩、司の自室にて「蓮」と名が決まったあの日のような。自身のベッドに座る司と、律儀にも床に座ると言って譲らない悪魔の、奇妙で不思議なあの構図を彷彿とさせていた。


『それより司。

俺別に……不快になんて思ってないよ?ってか、めちゃくちゃ嬉しかったんだけど。』


『え……』


『だってさ、俺と離れるの寂しい……って、なにそれ。めちゃくちゃかわ……あ、いやっ、』


『川?草じゃなくて?』


『え、草?

あーいや……そういうことじゃなくてだな、ってかなんで俺が司の気持ち笑わなきゃなんねーんだよ……って、まぁ、あれで、それだ、』


『どれだよ』


『えっと、だから、その、あれで…』


『うん、一回落ち着こうか。』


『はい……』

高低差のせいか、司の位置からは丁度蓮のつむじしか見えず、その表情はさっぱりだが、何故か蓮の耳は真っ赤に染まっていた。


『落ち着いた?』

『おう…おかげさまで。

まぁとにかくだな、それだけ俺のこと、大切に思ってくれてんだろ?って、そう言いたかったわけだ。』

『なるほど。』

なんとも締まりが悪いが、ある意味これが本来の二人の会話でもある。


『それに俺、これでも結構待ってたんだぜ?』

『何を?』

すると蓮は、首だけ軽く司の方を振り返り、くしゃっとその目を細めて言った。

『司が、司の口から───俺に、自分の話をしてくれんの。』

『………っ。』


蓮のその温かで柔らかい眼差しに、彼女の震えは幾分かまだ()()になる。

と同時に、蓮の発する「待ってた」という言葉に、微かな違和感を覚えた司。

何故なら、共に過ごしたこの一ヶ月よりももっと前から────気のせいかもしれないが、そんなニュアンスが蓮の言葉から感じられ、不思議に思わざる負えなかったのだ。


『俺はオーラは見えるけど、司みたいに相手の気持ちを悟れるわけじゃないからさ。

だからずっと知りたかった。司の負のオーラの原因が何なのか。』


相手のことを心の底から心配する蓮の気持ちは、その優しい声色に乗って、頑なだった司の心をじんわりと溶かしていく。


『でもこういうのって、俺から聞くのはなんか違うじゃん?

だから司が、もうそろそろ話してもいいかなーって思ってくれる時まで待ってようって、そう思ってたんだよね。』

『………はぁー』

『どうしたの、司?』

『……蓮ってさ、ほんとに人が良いよね。』

『え、今更?』

そう言って悪戯っぽく笑う横顔を見ていると、司の口元は意図せず弧を描いてしまう。


『後さ、司は溜め込みすぎ。

なんでもっと吐き出さないかなぁ。』


司のオーラがここまで肥大化したのは、紛れもなく彼女が、あらゆることを我慢し続けたせいにある。


『こんなに大きな負のオーラを背負ってんのに、この一ヶ月、あんたは一度も「辛い」とも「しんどい」とも「寂しい」とも溢さなかった。

もちろん、司が強いのは分かってる。でも………』


ふいに言葉が途切れた。蓮の背中が微かに震える。

司は、蓮と同じく地面に座り込み、その広い背中に声をかけた。


『なんで君が泣いてんの?』


蓮の目から一粒零れ落ちたその滴は、床に到達することなく勝手に姿を消していく。


『分かんねぇ…。でも、俺がもし司なら……やっぱり……寂しいな…って、思ったっつーか……』


蓮の発言に軽く衝撃を受けた司は、目を大きく見開いたまま尋ねた。

『私の境遇は、寂しい………の?』


何故か疑問形で返してくる司に、蓮は呆れたように答える。


『寂しくねーのかよ、司は。

愛してほしい人から愛されなくて、平気なのかよ…?』


『平気じゃ、ない、けど……』

平気ではない。何度も愛されたいと思った。独りはもううんざりだとも。誰かが傍にいてくれたらと思った。だから正確には、司とて一度たりとも「寂しい」と思ったことがないわけではない。

けれど。


『私は……愛しては貰えなかったけど、衣食住は与えられて、両親も、なんだかんだ言って養育の義務は果たしてくれていて……

世の中には、もっと……虐待を受けたり、身の安全すら保障されていない人達がいて、だから……私なんかが、寂しいなんて、そんなの、贅沢な、話で……』


『いい加減にしろよ…っ』

涙を拭い、珍しく尖った言葉を発した蓮。

びくり、と司の肩が僅かに動いた。


『蓮……?』


『お前と同じ境遇の奴が館に来たら、お前何て言うんだよ?

「あなたの境遇はまだマシ。世の中もっと辛い思いしている人はたくさんいて、そんな悩みは贅沢だ。」つって追い返すのか?』


『それは……』


『司ならきっと、「人の痛みや辛さは、周りと比べられるもんじゃない。自分が辛いって思ったなら辛いって言っていいし、寂しいなら寂しいって言葉にしていい。」って、相手の痛みを認めてやるんだろ?

だったらなんで……自分の痛みには見て見ぬふりするんだよ?』


普段は温厚な蓮が彼女に向けた、初めての怒り。

それはとても静かなものではあったけれど、蓮と目があった司は、メデューサに睨まれたが如く動けなくなった。


コツ、コツ、

頭上で響く針音だけが、目の前の出来事を我関せずと時を刻む。


長い長い沈黙を得て、蓮は、司の顔から少し逸れたところでその視線を止めた。一連の動作を追うように、司も自身の手の甲を見つめる。

すると。


『………震え、止まったか?』


『え?』


『だから……手、震えてただろ。』

口調はぶっきらぼうなのに響きは優しい。そのギャップに思わず、司の全身から力が抜けた。

『……と、止まってる、けど…』

体の震えはもうとっくに収まっていたが、微かに残っていた指先の震動は、蓮の“怒り”という衝撃を見たことによって止まっていた。というより、体が、しばしの間震えることを忘れていたみたいで。


『良かった……』


へにゃり、とソファにもたれかかる悪魔に、司は目の前の情報を一気に整理して尋ねた。


『まさかこのために……全部演技だったの?』

『さすがにそこまで器用じゃないって。』

苦笑いで答える蓮。

その声はもう、いつもの穏やかな蓮そのものだった。


『俺が司に怒ってんのは事実。

だって司……見てるこっちが心配になるくらい自分を大事にしないしさ。』


うっ…と罰が悪そうに眉を潜める司に、蓮は続けた。

『けどよ、どんだけ腹立ってても、目の前で震えられてたらそっちの方が気になるだろ、普通。

何とかしてやりたいけど、手ぇ握るとか、そういう物理的な方法は俺出来ないし。』


『だから……怒ったの?』

『まぁ……。でも悪かった、大きな声出して。』

そう言って申し訳なさそうに頭を掻く相棒に、司はふっと優しい笑みを漏らした。


『……ほんとよく見てるよね、蓮は。』

感心のあまり本音が溢れた。

些細なことに気づく──それは、出会った当初からそうだった。

依頼主を守るため、投げられた障害物を避けなかったこと。志垣真実の行方を調べるため、徹夜でパソコンにかじりついてたこと。悪魔にしか出来ない仕事を察した時にはすぐさま手を貸し、微かな手の震えにも目敏く気付く。


『そりゃそうだろ。

俺は、司の傍にいるだけのお荷物にはなりたくねーんだよ。』

『そっかぁ…

にしても蓮、ほんと私のこと好きだよねぇ…』

『・・・は!?』

『たかだか一晩一緒にいなかっただけで戻ってくるとか……いくらなんでも早すぎでしょ?』

『う、うるせぇ…』

ふふ、と意地の悪い笑みを浮かべる彼女もまた、もういつもの神路司である。

けれど、また悪魔をからかって遊んでいる彼女とて、先ほどまで蓮の不在を落胆していた身。まぁ、そんな事実は口が裂けても言わないのだろうが、似た者同士なのは言うまでもない。


『誰かの傍にいるのって、もっと難しいことだって思ってた。』

唐突に放たれた言葉に、蓮は内心首をかしげる。


『私が望んでた、家族や、兄弟みたいな……性別を越えた愛情や安心感ってのは、私の両親がくれない以上、もう誰からも得られないものだって、勝手にそう思ってたから。』

少しばかり輝いた瞳に、蓮は、ふと一昨日通りかかった保育園の園児達の顔を思い出す。


『で?俺は司にその安心感とやらを与えられていると。』

『そう。

──なんでかな、蓮の隣は居心地がよくって。』


男として意識していない。と遠回しに言われたような気がしないでもないが、それはそれ、と蓮は苦笑する。


『なぁ司。』

ん?と司は首を傾ける。


『例え今後、司が、他の誰からも求められていない……そう感じてしまうことがあったとしても、これだけは、忘れないでいて欲しいんだ。』

いつもの穏やかな雰囲気を纏っているというのに、蓮のその真剣な瞳は、司の心を掴んで離さなかった。


『契約を結べるなら……誰でも良かったわけじゃない。司じゃなきゃダメな理由が俺にはある。』


『私じゃなきゃ、いけない理由……』


『そう。ま、詳しいことは言えねーけど……』


仕方ない───と諦めていた心の隙間を、いとも簡単に埋めてくる目の前の悪魔に、司は返す言葉を失った。


『俺にとって司は………』


『わ、私にとって蓮は、』


両目を固くつむり、司は急いで言葉の続きを断ち切った。そうでもしなければ、司を見つめる蓮の目が酷く優しく………いや、優しさとはまた違う、司がまだ触れたことのない未知の温かさを感じ取ってしまい、下手すれば泣きそうだったからだ。


『司にとって俺は……相棒、だろ?』

聞こえてくる苦笑も、その声色も、全部が優しすぎて恨めしくなる。存在そのものが(まる)っこく、体に拒否反応を起こさせない。

まるで────。


『……太陽』


『え?』


『北風と太陽の、太陽、みたいな。』


触れて欲しくないことには一切触れてこない、でも何故か、一緒にいると聞いて欲しくなる──。

北風のように力ずく、無理矢理心を開かせようとするんじゃない。太陽のように寄り添って、自分が心を開くまで辛抱強く隣にいてくれる。あったかくて眩しい、司の太陽。


『俺が、司の、太陽……?』


うん、と頷くと、蓮はふはっと吹き出した。


『いくらなんでも…美化しすぎじゃね?』


『ちょっと思った。』


『おい』


速攻で発言を取り消され複雑な顔をする悪魔に、今度は司がフッと吹き出す。


『冗談だって。本気でそう思ってる……時もあるよ?』


『…断言できてない上に疑問系ですよ、司さん。』


『あらやだ、私ったらつい本音が……』


『テメェ、俺をからかいてーだけだろ?』


『あ、バレた?』


まぶたの裏まで迫っていた涙も引っ込み、司はいつもの調子で笑い出す。その様子を見て、安堵からか眉尻を下げて微笑む蓮。

タイミングよく、時計が三時になるのを告げた。


『明日もどーせ、朝早くから動くんだろ?』

遠回しに早く寝ろと示唆する蓮に、司のオーラが一瞬翳りを見せる。けれど本人は、『まぁね』と答えてスクッとその場から立ち上がり、言った。


『蓮。帰ってきてくれてありがとね。』


その笑顔に嘘はない。でも、司のオーラはまだ背後で濃く揺らめいたままだ。

ようやく、彼女の口から負のオーラの原因を聞き出せたこともあって、少しくらいオーラの威力が弱まってはいないか…と思った蓮だったが、そう簡単にはいかないらしい。

少しだけ複雑な胸中を押し隠し、彼はいつも通り笑った。


『こっちこそ…たくさん話してくれてありがとな。

じゃ、おやすみ。司。』

『おやすみ。』


自室へと消えるその背中を、蓮は暫しの間見つめ続けた。




★☆★☆★☆★☆★



『君が……神路さん?』


朝七時。誰もいない公園のベンチに腰かける司の背後に人が立ち、そう声をかけた。


『はい、そうで───』

『振り返らないで。』

指示に従い、司は背中越しで相手と会話する。


『ある人に頼まれてね。思ったより小さな依頼人でびっくりだ。』


『……それはどうも。』

完全に男だと分かるが、微妙に低くもなく高くもない声色。よほど自分の能力に自信があるのか、それとも既に司のことも掌握してるつもりなのか、その声はとても楽しげだ。


『はいこれ。』

言葉みじかに、後ろから茶封筒がニョキっと出てくる。


『ありがとうございます。』

と言って受け取ろうとしたところ、サッとそれが消えた。


『……報酬、ですか?』

『話が早いね。』

『……いくらですか?』

『んー女子高生からお金は頂けないかなー。』

じゃあ、と司は語彙を強める。

『……情報交換。』

『さすが。調べ通りの人物だ。』


やっぱり調べられてたか。という感想は胸にしまい、司はなるほどなと納得した。


『私から何の情報が欲しいんですか?』

『何だと思う?』

いちいち疑問系で返されては、話が進まないというものだ。

が、こういうときは感情を先に出した方が負けなので、司は平静を装い答えを出していく。


『この間ウチの学校で起きた事件の真相……とかですか?』

すると男は、フフっと笑って一蹴する。

『違う。違う。

あんな安っぽい話に興味はないね。』

『じゃあ……』

『───ロートスの実。』

ビクッと、司の肩が数ミリ上がる。


『その様子だと知っているようだね?』

嘘をついても仕方がないので、司は出来るだけ正直に答えた。

『知ってはいますが……名前だけです。』

『だろうね。それも調べはついてる。』

『じゃあなんで……』

『未来の、取引をしないか?』


そう言うと、男はようやく司の前に姿を現した。とは言ってもフードを深く被っているので、司からは顔が一切見えない。


『未来の取引……?』

『そう。今の君達じゃ本星の首は取れない。それに、』

比喩が抽象的すぎてイマイチ内容がつかめない。

それでも男は話をやめる気はないらしく、司の隣にドカっと座ると、続きを語った。


『君はそのうち、アイツに捨てられる……きっと、ね?』

なんだかねちっこい声質に司は軽く嫌悪感を覚え、サッとその場から立ち上がった。


『何をおっしゃりたいのか分かりませんが、

───私は誰かの所有物じゃない。』


ザアァっと、木々に止まっていた鳥達が一斉に飛び立つ。


『……まぁそう。意固地にならずに。

世の中、何事にも対価は必要だからね。』


いつのまにか隣に立っていた男は、そう言ってポンと司の肩を叩くと、そのままどこかへと消えていった。

……ベンチに残されたのは、一枚の茶封筒。


一応交渉は成立したのか…と肩を軽く払うと、司はそれを手に歩き出した。

お久しぶりです!

受験期から脱しましたので、また細々と続けていこうと思っております。

よろしくお願い致します!

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